「妹がな、写真を見せてくれたんだわ」
「へぇ。なんのっすか?」
「遊園地……デートのだよっ! クソがぁあぁあ!」
今日はテーブルを拭いている。いつもより丁寧に。明日は貸し切りの予定が入っている。
「荒れるわけだぁ。結局デートだったんすねー。ご愁傷様です」
軽く会釈みたいに頭を下げておいた。
「おまえがっ、見つけられていればこんなことにはっ……クソ、使えねぇ後輩だぜ」
「人の厚意を。先輩の指示がわるいんすよ指示が」
「おいそれ残しといていいぞ。後で一緒にやるから」
「了解です」
清掃の指示はしっかりなんだけどなぁ。俺は頑固な汚れに「顔を洗って待ってろよ」と告げて次のテーブルの掃除に移った。
「どうせ本気で探しちゃいないだろうが。てかオレへの土産は? 土産はどうした土産は」
「あるわけないじゃないですか。……妹さんからのお土産は?」
「土産の話はやめよう」
「ぶはっ、マジか!? だっさ! おいおいお兄ちゃん先輩さぁ、妹ちゃんに慕われてるんじゃなかったんですかぁ? えぇ? お土産も貰えないのに、勘違いしちゃってたんですかぁ? ぷふー」
「おいやめろオレが一生メスガキに興奮できなくなるだろが」
「すんなや最初から」
知らんけど。先輩の諸事情とかどうでもよすぎる。
「大体っすよ、見つけられてたところで何をどうすることも出来るわけないじゃないですか」
「よくそんなことに貴重な一日を使ったよなぁおまえ」
「いやいや、ついでだし。先輩の妹さんのこと、は、……見つかったら嬉しいなの努力目標でしたから」
三大一般苗字美人と合流したからほんと超テキトーにしか探していない。
「努力ねぇ」
「ま、遅まきながら事実が判明してよかったんじゃないですか?」
「いいわけねぇだろっつってんだよ」
「いやいや。もしですよ、先輩、もしも妹さんが……彼氏だと言って男を紹介してきたらどう思います?」
「おまえはオレを殺す気か? そんな想像してみろ、吐血した後真っ白になって燃え尽きるわ」
「紹介、外でだといいですね」
後始末的観点で。
先輩は長めに息を吐き出して、ものすごい勢いで汚れをキュッキュキュッキュといじめだした。
「わかってんだよっ」
「ならいいですけど」
先輩がどう思おうと何をしようと、その日はいつか訪れる。知らないままよりは先んじて情報を得ていた方が、幾分かはマシだろう。たぶん。
「おらおらおらっ」
と、ある意味じゃ健全な鬱憤の発散をする先輩を見て、俺も負けじと手を動かした。
「おらおらおらおらっ」
「おらおらおらおらおらぁっ!」
掃除は心の精進だ。
「ところで何か忘れて……あ、写真ってどんなんだったんですか? 相手の男の顔は?」
「わからねぇよ。SNSに上げてるのと同じ手元とか風景、建物とか、あと食いもん飲みもんの写真しか見せてくれなかったんだよっ、わるいか!?」
「めっちゃ警戒されてるしワラ」
まぁ仕方なかろう。俺だって先輩が兄だったらウザすぎる。ウザいばかりでも、ないだろうが。
俺と先輩は、大変綺麗に出来ましたで賞、を貰った。まかない10%増量。
明けて朝のホームルーム前、俺はいつものように自席でソシャゲにinしていた。楽しい楽しいオープンワールドゲー。今日も今日とて日課をこなす。
「明日アプデだって?」
「そうだけど……もしやついに始める」
「つもりはねぇ」
朝一から吉田に心を弄ばれた俺は目元の雫をはらりと拭う。出ろ、涙……出んか。
「ひどいわ。期待させるようなことを言ってっ。あなたっていつもそうっ」
「それは乗る気にならない」
固い拒絶だった。
「はじめるなら今! だぞ? ガチで」
「興味ないんだって。それよりサンタ、おまえこの前の日曜、なにしてたんだ?」
瞬間、俺と吉田の頭脳戦がはじまった。
「日曜か……スパ銭、わるかったな行けなくなって。なにやってたかってバイトだよ、言ってあったろ?」
「そうそうスパ銭、結局山田と二人で行くことになってさ。いや別にいいんだけど。他の連中も来られなくなったんだよなぁ」
「へぇ。……みんな忙しいのか、そんなに。あと来る予定って誰だったっけ?」
「あぁ、それな、隣のクラスの佐々木と山口だよ」
「おいっ。俺はその二人と話したこともねぇぞ!」
「まぁスパ銭だし? いいかなって」
「テキトーだなー」
「ま、来られなかったわけだけど」
「全員そろってたら危うく初手裸の付き合いだったわけか。やめろそれ。もうやるなよ普通に困るわ」
「そうか? そう言うならやめるけど、いいと思うがなぁ、裸の付き合い」
「そりゃせめて互いを少なからず理解してからだろ普通は」
「普通は」
「おう」
「そっかぁ。佐々木と山口な、来られなくなったの、デート、なんだよなぁ、理由」
「うわぁ……ごめんなさい」
「早いじゃん」
「はいはいデートデート、遊園地にデートね。なに? ダブルデート?」
「だとさ。許せんよな。男同士の約束を前日キャンセルして遊園地とか、許せんよな」
「許してくださいよ吉田さん。デートではないわけだし」
吉田は俺の前の席の椅子に座るとトントンと俺の机を指で叩いた。
「ネタは上がってんだ。白状しろい」
見つかったのは、俺の方だったというわけだった。頭脳戦終わり。そうだね頭脳なんてなかったね。はじめから詰んでいたとか酷い話だ。
本当に偶然に、佐々木と山口は互いの彼女に請われて日曜の予定をダブルデートに変更し、その出掛け先である遊園地で知っている顔を見つけた。というわけ。
見つけた顔というのが佐藤さんと鈴木さんである。知っている、なら高橋さんもだったらしいが、この場合の知っている顔とは互いに認知し合って話すくらいはしたことがある、という意味である。ので、高橋さん、そして俺は除外。
ちな佐々木と山口の彼女さんたちに至っては佐藤さん鈴木さんと普通に友人くらいの関係らしい。
「運がなかったなサンタ」
「ちょっと覚悟はしてたよ。近場だし、なんか期間限定イベントやってるし」
「おまえのコスプレ写真あるけど見るか? 佐々木が撮ったやつ」
「それ、たぶんお祓いして消してもらった方がいいぜ。いま呪った」
吉田は全く意に介さなかった。悲しい。
「時間もそろそろないし冗談はここまでにして。一応、おれまでで情報止めてもらってるんだが……どうする?」
「俺はな、今ほど吉田が友達で良かったと思ったことはない」
「安い友情みたいだし放り捨てていいか?」
「早まるな早まるな。わかった。今度パンでも奢ってやろういや! 奢らせていただく」
「うんうん。で、なに? おれとの約束破ってってか嘘ついてまで遊園地? 佐藤さんたちと? ふっつーに羨ましくて腹立つんだが? だが?」
「それについては、俺の事情ってやつも、あってだな」
先輩の妹さんまでは触れず、俺は先日のあらましを吉田に説明した。
「やっぱ腹立つわ。パン二個奢れ」
俺はもちろん、頷いた。
「何の話してるのー?」
今日もにこにこな佐藤さんが俺の背中にタックルくれるから、奢りは三個になったのでした。
吉田に貢いでまでそうしたように、俺は佐藤さん鈴木さん高橋さんにも勿論、口止めを依頼してある。
「なんで? 意味わかんない。アタシ友達とかに言いたいっていうか、言うけど、今日のこと」
「わかる、それはもちろんよくわかる。話してくれていいんだ。ただちょっと、俺という存在を記憶から消してくれれば、それでいいんだ」
「え、やだよぉ」
「サンタ君のことだけ、秘密にということですか」
「そういうことかぁ。サンタは言うことが一々回りくどいっ」
「秘密……佐藤さん、私は、秘密にしてもいいと思うのですが、どうでしょうか。高橋さんも。少しその……よい響きではないですか? 秘密」
「……なんで?」
佐藤さんはまだ納得いかない様子だった。
「二人だけ、にはならないけど、この四人だけの秘密っていうのは、悪くない」
高橋さんは鈴木さんサイドについたし、その援護で佐藤さんも一旦の得心がいったらしい。
「それならっ、ちょっといいかもねっ。じゃあじゃあ、秘密ねっ。四人だけの秘密。サンタのことは友達には言わないでおくね!」
という感じで合意を得ていたのだが、残念極まることに四人だけの秘密などというのははじめからなかったのだった。
さて俺が三人に要求した四人だけの秘密(崩壊済み)の代償だが、なぜかゲームセンターに行くということになった。意外なことに発案は鈴木さんで「興味があります」ということらしい。お嬢様を庶民色に染めていくのって背徳感あっていいよね。
そうして吉田の昼飯代を肩代わりした日の放課後に、俺たちはゲームセンターに赴いた。高橋さんと俺が拠点にしているのとは別のところだ。
いくつかゲームをした後の休憩として、隣接のカフェで水分補給中である。
「むぅ。じゃあアタシもう友達に話してもいい?」
「話すのはノー。吉田たちにも口外しないように頼んでるからさ、頼むよ」
俺は佐藤さんに向かって手を合わせた。
「なんか……やだなぁ。秘密とか、良いかもって思ったけど……そんなに、言いたくないの? 知られたくない? アタシたちと遊園地行ったこと」
ほんと佐藤さんは見かけに反して純粋なところがある。あと悲しそうな顔がほんっと似合わない。
「よく考えて欲しいんだけど……佐藤さんはさ、自分をどう思う? うちの学校、クラスメイトとか同じ学年の連中からどう見られてると思う?」
「超絶美少女?」
「ちょ、いや、まぁ間違ってな、ないんだけど」
すごい自己評価でてきたな。びっくりしてちょっとどもってしまった。
たしかに佐藤さんの、自分がどう見られているかの分析、として限りなく正解なんだけど、それを臆面なく言えるメンタルよ。
「超絶美少女?」
自分の顔を指差して、佐藤さんは更に持論を強化しようとする。つまり俺の同意だな。
「超絶美少女。それは間違いない」
「うぇへへへへ」
面と向かって言われるのは流石に恥ずかしいのかくねくねと身を捩る姿はさしもの超絶美少女でも若干キモイな。
上着の二の腕あたりがクイクイと引かれた。
「わたしも超絶美少女だと思う」
高橋さん? めっちゃ無理してるのが真っ赤なお顔にはっきり表れてますが……。
カフェの席は四人掛け。俺と高橋さん、佐藤さんと鈴木さんが並んで向かい合っている。俺の正面に佐藤さんね。
「無理すんな、いまさら確認しなくても高橋さんは超絶美少女だよ」
隊長殿が目を惹く存在なのは、嫌な話だが先日のナンパ事件が証明している。先日だけじゃないのが、証明し尽くしている。
「あ」
そうなると佐藤さん、高橋さんの作り出した謎空気に戸惑う者が一人。そうだね鈴木さんだね。「わ」「いぇ」「う」と目線を落ち着きなく飛び回らせて最終的に首を引っ込めて下を向いてしまった。かわいい。
「まぁ、そういうわけで、超絶美少女三人とだ、遊園地に遊びに行くなんてのはそれはもう全男子高校生垂涎のイベントなわけだ。当然、たまたまとはいえそんな機会に恵まれてしまった俺への当たりも強くなる」
めんどくさくなる。
「だから綺麗さっぱり、なかったことにしちゃえると楽だと、そういうことでやっぱこれからも出来る限り秘密で、お願いしますっ」
頭を下げた俺の上に「そういうことなら? 秘密でいいけどねっ」と「ん、秘密」が降ってくる。もう一人はどうだろうかと体勢そのままチラ見したら、赤い顔で眉を困らせていた。
「あの、そういうことですと……今日のことは、どうなるんでしょうか」
「もちろん、秘密で頼む」
秘密を守るために秘密が増える。よくあることよくあること。
泥沼だっていうのはわかってる。
「なんか、元気なくないかおまえ?」
「わかります? ナイーブモードってやつです」
「いや知らんがそんなモード。あ、躁鬱的な?」
「そこまで言うと躁鬱に失礼レベルのただの思春期の悩みですよ」
「し、しゅん……なんだなんだっ、おまえとうとう、好きな奴でも出来たのかっ!?」
「なんだそのテンション、女子か?」
「偏見だなぁおい。で、どうなんだ」
「好きな人なんてとっくに居ますよ」
「ほぉおお……なんだつまんね」
「だから急降下。爆撃じゃないからいいですけど。てかそんな気になります? 俺の恋愛事情なんて」
モップの柄に両手を組み乗せた先輩は感慨深げに言った。
「最近は、妹のことばかりでストレスが溜まっていた……いいはけ口だ」
「酒の肴かよっ」
「いいぞぉ酒は。たまには飲みに行くか?」
「未成年ぞ? こちとら未成年ぞ?」
「はっはっはっ、酒も飲めないガキめが、はっはっはっ」
てかなんで俺に好きな人が、とっくに、居るとテンションダウンなんだ? そこらへんの機微がわからない。訊く気もないが。
「おまえがなぁ、初恋とまでは言わないまでも誰かに恋したばっかとかなら、弄る余地もあるが」
「弄るな弄るな。もっと青少年の心、大事にしていきましょ?」
「無理だな。おまえがとっくにっつうなら、多少のことじゃビクともしないだろどうせ。つまんねぇなぁ」
「うーんなんて自分勝手な落ち込み方だ。合ってますけどね」
「いつからなんだ?」
「この春からですかね」
「告らねぇの?」
「え、先輩もしかして信じてます?」
「……半分は、だな」
「ははっ、いい塩梅で。先輩こそ……と思いましたけど、どうせ妹のことがぁとかそういうこと言いますよね?」
「妹がかわいすぎて自分の恋愛は考えられねぇな。後回しだよ後回し」
「シスコンだぁ」
わかりますけどねその感覚だけは。
掃除終わり。俺は先輩の分と自分の分と二つのモップを手に掃除用具庫に向かった。
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