「先輩、俺が舐めてました、さーせん」

『わかりゃいいんだよわかりゃ。で、見つかりそうか?』

 スマホ越しの声に苦笑を零す。

「無理っす。三人組で青い髪の熊耳カチューシャの女子とか、いま俺の前に何人いると思います? 三千万人」

「どっから出てきた三千万」

「宇宙の真理から。他に特徴とかないんですか?」

『今日だとわかんねぇよ』

「使えねぇシスコンだなぁほんと。服装だけでも覚えててくれればもうちょい楽だったんですけどねぇ」

『うるせぇな』

 朝に妹さんに同行して遊園地に行くことを拒絶された先輩(当たり前)は、そのショックで妹さんの今日の服装を綺麗さっぱり忘れたというのだ。

 いま俺は、遊園地で先輩の妹さん探しをしている。

「ま、気紛れなんで。期待せずにいてください」

『んだよ、おまえが言い出したことだろ』

「うるせ。まさかこんなことになるとは思ってなかったんすよ」

『だろうな。……さんきゅな』

 先輩の殊勝な言葉を最後に通話を切る。

 駅で思い立った俺は、バイトに勤しむ先輩に了承をとり、代わって妹さんの様子を確認するために遊園地にやって来ていた。

 まぁまぁ。言いたいことはわかる。スニーキングじゃねぇかと、ストーカーじゃないかと、そう思われても仕方ない。別に俺もね、一日中監視するとかそういうことを考えてるんじゃないんだ。たった一つ、確認できればそれでいいんだ。

 妹さんは本当に女子三人組で遊園地に遊びに行ったのか?

 これだけ。

 これだけ確認出来たらもう、即時に退園してもいいと思っている。

 以前に先輩に言った「(遊園地で遊ぶ予定は)デートに予定変更かもですね」が事実でないとわかればそれ以上はない。

 二人きりのデート、或いは男子を交えたグループへの変更が発生したのか否か。そんな俺的どうでもいい真実をバイトのシフトを変えてまで追い求めた先輩への、ちょっとしたサービスなのだ。

 もちろん本気で目を皿にして探すのでもない。気楽に園内を見て回って、見つかれば良し見つからなくても良し。

 そういうわけで外見上の特徴を訊いた結果が、三人組で青い髪の熊耳カチューシャ、というわけだった。

 三人組はまぁもしかしたら違うかもしれない。青い髪と熊耳カチューシャはイベントの何か。というわけで、俺の前には今、ファンタジーな髪色と耳を持つ女の子が大量発生しているわけである。

 例えば、佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、とかね。

 三人組で青い髪で熊耳カチューシャ。奇しくも先輩の妹さんと同じ状態の三人がみんなして俺の方を見ていた。

「いつからいたの?」

 俺の問いかけには鈴木さんが答えてくれた。

「いまです。十秒前くらいでしょうか。なんだかサンタ君、いつもと雰囲気が違う感じで……新鮮でした」

「あ、ね! なんかすごく、気安い感じ? 吉田とかと話してる時ともまた違う……フランクさみたいな。なんかちょっと、うん、鈴木さんが言うように新鮮な感じで見ちゃってた。あはは」

 佐藤さんはいつもと同じはにかみ方だが、青い髪のせいか印象が全然違う。単に虚構感があるだけかもしれないが。

「電話の相手は、誰?」

 高橋さんは遠慮もなく通話先を訊ねてきた。「バイトの先輩」とだけ答えて俺は凭れていた外灯から背中を離した。

 ちなみに俺も青髪熊耳。地獄かな?


 ただの偶然でも美少女三人に男一人という組み合わせである以上、俺はある程度の覚悟を決めていた。なんだあの野郎、とそういう視線に晒される覚悟ね。

 ところがだ。入園して二時間。昼食を取る段になって尚、そういった視線は数えるほどしか受けていない。

「遊園地って実はものすごく民度高い?」

「失礼」

 髪の毛が入る余地もないレベルで高橋さんに指摘された。

 食事処のテラス席で俺たちは思い思いに料理を楽しんでいる。

 俺は高橋さんと目を合わせて「わるかった」と謝罪する。言い方大事。

「お客さん、遊園地に来てる人たち、ほんとにすごい楽しんでるなってそう思ってな」

「当たり前じゃん?」

 佐藤さんは、なに言ってんだコイツ、とばかりに眉間に小さな皺を作った。それでこそ佐藤さんだ。いつまでもそのままの佐藤さんでいて欲しい。

 お高い……高級店にあって佐藤さんは一番高いデザートと二番目に高いデザートを両取りしている。会話の合間に「おいし~」と頬に手を当てる二つのデザートは、鈴木さんと高橋さんからの献上品である。なにか深い闇を見たのかもしれないと俺は見なかった振りをしたよね。

「サンタ君も、楽しんでますか? 楽しめていますか?」

 鈴木さんがどこか探るような目で問い掛けてくる。探るというか、願うというか、そうあれかし、みたいな。グループに楽しんでない奴がいると雰囲気盛り上がりきらないからなぁ。

「もち、もち」

 ちょい気後れはあるけども。言わないけども。

「俺の格好を見て楽しんでないと思う奴はいないだろー」

「感情は、表面からは推し量れないこともあります」

「しまった笑顔が足りなかったか。見てこの俺の満面の笑顔」

「あ、あやしいー」

「不審者の半歩手前」

 佐藤さんと高橋さんには不評だった。

「ふふ。ありがとうございます」

 鈴木さんには好評だったので今度こそ満面半歩手前くらいに笑えたと思う。

 食べるもの食べたらあまり長居は出来ない。昼時の店内は人だかりであるし、列を成すお腹を空かせた人たちも見えている。

 さっさと席を空けた俺たちは、またアトラクション巡りに園内をあちらへこちらへ。まず間違いなく最短とか最適とかそういうルートではない。それでいいのだと思う。

 思うというか俺が、員数外にも関わらず、入園直後には地図を片手にあれこれルート提案をしたらめちゃくちゃ渋い顔で拒否られた。完璧なルートを辿っていれば、きっともう遊園地に用はなかったはずだ。あ、いやパレードとかは夜だから別としてね。

 ジェットコースターとかの定番乗り物系に、キャラクターコンセプトの建物だとか、いくつかのアトラクションは三回やらされる羽目にあいつつ夕方には一息ついた。

 俺の体力が赤色点滅してるから。

「げ、元気だなぁ三人とも。高橋さんなんか、運動苦手なのになんでそんな元気なの」

「体力は、普通にある」

「あー……そうだったな」

 ぐったりとベンチに座った俺は辺りを見回す。それっぽい人はなし。

「そういうサンタはスタミナないなぁ」

 佐藤さんがにこにこと笑顔で見下ろしてくる。

「遊園地とかあんま来ないからな。この場のスリップダメージが俺を精神面から体力を奪っていった結果だ」

「スリップ? ですか?」

 鈴木さんはクエスチョンマークを頭の上に浮かべている。

「まぁ……気にしないで」

 説明は放棄、疲れてるから。それを佐藤さんと高橋さんには睨まれたが。高橋さんが代わりに説明してくれるので助かる。

 というか、男の俺一人がベンチに座って、女子三人が立ったまま取り囲んでるの、すごく心が痛いのですが。誰か座りません? 俺の隣空いてますよ? 二人掛けだから左隣だけですけど。

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