「妹がな、上の空なんだわ」

「へぇ。考え事ですか。ぼーっとしてるのかぽーっとしてるのかどっちです?」

「違いがわからん」

「ただの考え事ならぼーっと。色ボケならぽーっと」

「ボケ、だと。……てめぇいま妹のことをボケと言いやがったか?」

「わぁわぁどうどう」

 備品の棚卸中、般若の面でにじり寄ってくる先輩を手で制する。

「言ってません言ってません。色、色っぽい、話ならぽーっとです。ほら、妹さんの恋が関係してそうかしてなさそうかって、それだけですから! 言葉の綾っす!」

「ちっ、まぁ許そう」

「どーも」

 ふぅ。予備の椅子が三脚、仕切りが二セットetcetc。

「なら、ぽーっとだ。クソボケがよぉ」

「……なんか進展でもあったんじゃないですか?」

 先輩の動きが止まった。

「そ、そうなのかなぁ、やっぱそうなのかなぁ。あぁあああ。そ、そんな、そんなの……あ、ああ……世界の終わりだ」

 棚にずりずり擦れて崩れ落ちていく先輩を俺は心底冷めた目で見下ろしたよね。自分で自分が冷めた目してるってわかるもの。

「オレはもう生きていけねぇ」

「介錯」

 丁度良く手近にあった箒の柄を適当に床に叩く。

「がくっ」

 無常かな。先輩はここに果て申した。

「……それでな、オレは訊いたんだよ、泣く泣く」

 普通に立ち上がるじゃん。介錯。

「介錯すな。どうしたんだって、そりゃもう優しく訊いたさ……訊いたとこな……言ったんだ、呟くように、お、オレの方をっ、見ることもなくっ」

 なんだろ、最近この人本格的に壊れてきてない? 迫真すぎて怖いわぁ。

「上の空でっ「かっこよかったぁ……」ってよぉ! ギリギリギリギリ」

「歯軋りは歯に悪いですもんね」

 だからって口で言ってもって感じだけど。あとその「キーッ!」って噛んでる赤い布どっから出しました? ねぇそれ備品ちゃいます? 巻き添えはごめんだぞおい。

 まったく本当に、と呆れて俺はぼーっと天井を見上げた。


「話はまだ終わってねぇ」

「うっそ、完全に終わった気でいましたよいま俺」

「おまえに、頼みがある」

「いやですっ」

「おまえにしか出来ないことだ」

「ないないないっ、俺にしか出来ないこととかこの世に一個もない」

「そう卑屈になるなよ」

「可哀想な人を見る目をするなよ」

「実際、おまえにしか出来ないことってあんのか?」

「そこ深堀する? 先輩もしかして勢いだけで話してません?」

「お互い様だと思うが」

「イグザクトリー」

 そろそろ棚卸も終わる。雑用以外じゃこんな雑談は不可能だ。

「頼みはあるぞ。明日のシフト代わってくれ」

「アイス一個」

「承知」

 禄でもないこと考えてるのだろうが、まぁ俺には関係ない。どんまい妹さん。


 そういうことになって翌日、日曜日。

 俺は前日に吉田にスパ銭のキャンセルを連絡してある。バイトの方でどうしても人手が必要だから。完全な嘘ではない。

「おはようございまーす。よろしくおねがい先輩? え、なんでいんの?」

「ついてくんなって言われた……ぜっっったいに来るな! って……」

「当たり前でしょ、え、ばか?」

「なんとでも言え。オレは妹に……嫌われた」

「てんちょー! この先輩今日使えないかもですけど俺が入りましょうかー!?」

 いちおう確認したら、本当に使えなかったら叩きだして解雇とのことだった。俺の見立てじゃ五分五分で今日で先輩とお別れだな。

「送別会はしますから。じゃ、先輩、よろです」

「おう。悪かったな。連絡も。朝一だったがすればよかったな」

「うわほんとに弱ってんじゃないですか。いいすよいいっす。おかげで今日はのんびり出来るってことで、これはこれでま、悪くないっすよ」

「おまえたまに良い奴だよなぁ」

 たまには余計なんだよなぁ、と思いつつ、俺は店長に襟首掴まれてずるずると連れていかれる先輩を見送った。

 昨日見たな似たような場面。


「さてと」

 どうしたものか。先輩にはああ言ったものの、のんびりというより暇だ。

 店の前でぼーっと空を見上げ、俺はスマホを取り出した。

 いや、今からスパ銭行くのもな。てかまぁ約束していた時刻にはまだなってないから全然元の予定に復帰は出来るんだけど。

「スパ銭って気分でも、ねぇからなぁ」

 一回やめたからなんかもうそういう気分ではなくなってしまった。あるよね、そういうの。

 とりあえず駅の方に向かいながら考える。買い物、特に欲しいものなし。映画、特に見たいものなし。カラオケ、ボウリング、ビリヤード、漫喫、等々、特にやりたいことなし。

 よし帰ってゲームしよう。

「あれ? サンタ?」

 どでかいハブ駅の構内に入ったところで、後ろから俺のあだ名が聞こえた。

「佐藤さん。おはよう」

「おはよっ。え、どしたの、スーパー銭湯は? あ、これから行く感じ?」

 俺が回答を考えている間に佐藤さんは小首を傾げる。

 遊園地モードなのか、非常に可愛らしい感じの私服だ。ポップというかキュートというか。鞄なんかにもキャラクターのアイテムをふんだんに付けまくっている。

 金茶の髪もなんだかくるくる巻いているし、こうなるともう外見は完全にギャルだな。ウェーイでパーリィまである。

 ピン、と閃いた。

「佐藤さん、俺も遊園地行くわ、今日」

「は? え……えぇぇええ!? え、く、来るの? 遊園地? きょきょ今日!?」

「そうそう。もし園内で会ってもそういうわけだから、お互い無視な。知らないまま急に会うとかよりマシだろ?」

「……一人で行く気?」

「大丈夫だ、俺はカップルを魂ごと透明にして視界に入れない特殊な瞳術を持っている」

「一人ってことだよね?」

「うんそうだけど」

 佐藤さんは陽キャすぎる提案をした。

「一緒に行こっか、ね、サンタ」

 有無を言わさぬ迫力に俺は屈した。

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