「サンタ君、よければ一駅歩きませんか?」
「ごめんなさい。よろしくないので歩きません」
職業体験お疲れ様会というなんともテキトーに取って付けた感のある会の後、駅で解散になったところだ。鈴木さんも鈴木さんで元気だなと思う。大げさに手を振って別れた佐藤さんほどではないだろうが。
俺としては今日はもう帰って風呂にドボンしたい。
職業体験ではけっこう歩いたし、普段しない作業もした。帰りのバスでは陽キャの特長の喋りたがりに付き合わされたし、疲労は確実に溜まっているのだ。今日はバイト休みにしておいてよかった。
「そう、ですか。……なぜでしょうか」
言いつつ上着の袖口を掴まれる。悲し気な鈴木さんではあるが、逃がしません、的な感じなのだろうか。手首って手錠だよね。
俺はおっかなびっくり代案を提示した。
「せ、せめてどっかに腰を落ち着けるとか、にしない?」
俺の体力増進は図らなくていいから。
鈴木さんの顔にぱっと花が咲く。
「い、いいんですかっ。それなら、それなら是非。はい。是非」
なんだ鈴木さんも今になってお腹空いてきてたのか。お疲れ様会のカラオケじゃみんな食事は取ってないからな。
「だろだろ? やっぱ腹満たさないとだよな。なに食べたい?」
「そう、ですね……いえ、お任せして、よいですか?」
「ならバーガーで」
「はいっ」
結構庶民的な食べ物ちゃんと好きなんだなと思った。いや偏見ではあるんだけど。そもそも鈴木さんにそんな近寄りがたい令嬢感とかないからね。
そんなに好物だったかぁ、と俺が感心してしまうくらいにっこにこでバーガーに齧りつく鈴木さん。レアなもの見た。
「嬉しそうだな」
「ふぁ……ん、んくっ、はいっ、とても幸せですっ」
なんだこのかわいい生き物。三大欲求の一つが満たされまくってる感が顔に咲いてるよ。ぺかーって。俺より食べてるし。
「食べ終わったら帰らないとな」
「えっ」
「別になんか用があるわけじゃないんだろ? あぁいや俺にね。いい時間だし遅くなったら親御さんが心配するでしょ」
「それは、そうですが……れ、連絡はしました。少し、帰るのが遅くなると」
へぇ、って感じだ。そこまでお腹空いてたならバーガーじゃ悪かったかもしれない。と言うとバーガーに悪いか。すまん。
「ま、それでも早めに帰った方がいいでしょ」
そのあとには、鈴木さんは時折もごもごと何事か呟きつつ食べるペースが落ちた。頼み過ぎたのだとしたらそれはなんともかわいい失敗だ。
「お腹いっぱいなら俺がちょっと貰うけど」
「駄目ですっ。絶対にあげませんっ」
鈴木さんは意外と食い意地張っていた。
そして結局、一駅は歩く事になった。
「食後の運動は健康にいいんです」
ってそれ、ほんとの直後は微妙じゃないかって思うけど、鈴木さんの中では違うのだろう。歩くくらいはどっちでもいい気もする。
「よい、風ですね。心地いい」
参った。そういう雅なこと俺には無理だ。
「そうだな」
しか返せない。秋口の夜風が気持ちいいのは同意だけど、俺が言うのと鈴木さんが言うのとでは天地の差がある。俺だと、風が騒がしいな……、になっちゃうからね。
「そういえば、遊園地に行くんだって?」
「ご存知だったんですか?」
「クラス全員知ってるよ」
「そうですか。私も、サンタ君が日曜日にお忙しいのを知っています。……日曜日、一緒に遊園地に行きませんか?」
「それは文脈おかしくない?」
「いいえ。これで正しい文脈です。そして、残念な」
どうも鈴木さんと二人だと妙な空気になる時がある。飲まれているんだろうなと思う。
こういう時はとりあえずオウムみたいになっておけばいい。はず。
「鈴木さんこそ、スパ銭行かない? 楽しいぞスパ銭」
「ありがとうございます。……行きません」
「それは残念」
「別の機会にでしたら、行きますよ?」
「いや、そんな頻繁には行かないからなぁ」
一人で行くほどでもないから、吉田なり山田なりの暇次第だ。次の予定は完全に未定。鈴木さんも「そうでしょうね」と微笑を浮かべるからこの話はここでお終いだ。
鈴木さんに合わせていつもよりのんびりペースで歩くうち、自販機があったので温かい飲み物を二つ購入した。好みは知らないから訊いたけど。
ぼちぼちよく知らない駅が見えてきて、移動手段は電車にチェンジ。科学と文明最高。
「ずいぶん混んでますね」
「帰宅ラッシュだったか……離れるなよ?」
乗り込んですぐ、半ばくっつくような状態になってしまったから、俺は鈴木さんの頭の上でそう注意しておく。離れてもいいっちゃいいのだが、わざわざ離れる理由もない。鈴木さんが「はい……」と返事をして、あとの車内はお静かに過ごした。
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