「サンタぁ、これどうしたらいいのぉ?」

「それは一旦、止めちまおうか」

 佐藤さんが泣き出しそうな顔で持ってきたノートPCの画面にわけのわからん文字列が延々と流れている。なんかリローデッドしたりレボリューションズだったりレザレクションズだったりしそうな光景だった。

 職場体験ということで、いま俺たちは、働いている。おいおいお賃金もなしにかよ、とは思わない。雑用未満の不必要作業であることは重々承知していた。

 30分前、見て回るばかりじゃつまらないだろということで実践課題として言い渡されたのが、資料作りだった。サンプルに渡された三枚の紙面を、自力で再現してコピーして量産し、かつどうやって作ったかを別に纏めて発表するという、そういう課題だ。

 その中のプログラミングのところで佐藤さんがなんか……やった。俺もようわからん。

「止まった……」

「今の見てた? 止め方はわかった?」

 わからんなりに事前説明から応用してとりあえず画面は落ち着かせた。あと佐藤さんも。お目目ぱちぱちさせてるところ悪いけど、俺は俺で別の班のことを見ている場合じゃないんだよね。

「ほら、後はサポートの人に訊いてくれ」

 佐藤さんの班の人たちが悪戦苦闘してるようにうちだって余裕はないんだ。

「うんっ、ありがとサンタっ。ありがとね」

「次は班内で解決してくれな」

「む、いいじゃんみんな仲間なんだから」

 たしかに今は全ての班が同じ室内で同じ作業をしている。課題は班単位だが、見たところ内容は共通のようだった。

「……それ、もしかしたらアリなのかもな」

 周りを見回して思う。それとサポート役として付いていてくれている社員さんを。

 俺と佐藤さんを見て、けれど何も言わない社員さんを、だ。

「いやなんでもない。早くした方がいいんじゃないか?」

「そうだね。行ってくるっ」

 資料作成の残り時間はあと半分。今から協力するには班ごとに作業が進み過ぎていると思って、俺はその可能性を口にはしなかった。


 無事に発表を終えて休憩時間になり、俺は手洗いからの帰り際に先ほどのサポート役の人を見かけた。

「どうも、さっきはありがとうございました」

「いえいえ。お疲れ様です。どうでした? この課題」

 短い挨拶の後、少し声を潜めた問い掛けはきっと正式なやり取りでは得られない感想を求めてだ。

「ぶっちゃけ難しすぎました。自分たちはそんなにプログラミングとか専門で学んでないので」

「だよねぇ。そこかなり格差ついちゃってたしね」

 普通の高校の普通の高校生なので、Cってアルファベットでしかない。そんないきなり+とか♯とかひっつけられても、そのなんだ、困る。

 そんな中で高橋さんが周りがびっくりするほどのタイピングを披露していたのを、きっとこの社員さんも思い出しているのだろう。ほんとに驚いたし若干引いたからな。

 俺が「カタカタカタ、ターン!」とかアホやってるすぐ横でガチのカタカタカタカタカタカタカタカタ。あ、耳に残ってるぅ。

「ところで、その、私はどうだったかな?」

「頼りになる美人の先輩って感じでした」

「び……もう。そういうタイプなんだ? 君」

「女は褒めとけって親父が言ってたんですよ」

「言っちゃなんだけど、君のお父さんはあんまり参考にしちゃ駄目だからね」

「わかってます。ほんとのとこで言うと……とっつきにくかったですね。緊張してるのが伝わってくるからこっちも緊張して、質問とか確認とかしにくい雰囲気はありました」

「しょ、正直だなぁ。でもそっか、そうだよねぇ。はぁ」

「まぁ俺や佐藤さんみたいなお気楽タイプなら気にしない程度だったんで大丈夫ですよきっと。それに頼りになったってのはマジなので」

「あはは、ありがと。ごめんね時間取らせちゃって。休憩時間なくなっちゃうでしょ」

「いえ。あ、最後に一個いいですか? もしかしてこの課題、班ごとにやる必要って、なかったですか?」

「へぇ」

「佐藤さんが、途中で気が付いてたみたいなんで。一応、確認しとこうかなと」

「佐藤さん……あの時……ふふ、そういうことにしておいてあげる。そうだよ、提案してくれれば……なぁんてことも、あるかもね」

 社員さんは腕時計を確認してそう言うと手を振って去っていった。

 俺は俺で部屋に戻る。その頃にはもう、本当に休憩時間は残っていなかった。

 社会人は大変そうだなと思いましたまる。


 学校に戻るバスの座席は行きと同じで、俺の隣は同じ班の男子。のはずなのだが、なぜか佐藤さんが「やっほ」と腰を下ろした。

「そんな疑うような顔しないでよ。席交換しただけ」

「そうか。山田のやつも頑張ってるから責めないでやってくれ」

「よくわかんないんだけど?」

「山田が席交換してくれって言いだしたんだろ? たしか佐藤さんの隣……まぁ、そういうことだよ」

 山田の恋路を暴露することもあるまい。察するに余りあるとはいえ、俺は一応は濁しておいた。

「席交換してって言ったのはアタシだよ」

「そうか」

 なんだ、知ってたのか。しかも助け舟まで。そこらへんはやっぱり陽キャだな佐藤さん。

「課題の時、ありがとね」

「ボタン一個押しただけで感謝されるとむず痒いんですが? あぁ、そんなことより」

 どう伝えようかと少し迷う。なにせ急なことだ。ほんとは山田とソシャゲ語りしたかったのに。

「そんなことぉ?」

「そうそう、そんなことより、課題の時に佐藤さん言ってただろ、仲間だって、班とか関係なく全員が、さ、仲間だって」

「……そんなこと言ったっけ?」

 本人にとっては大したことではなかったらしい。些細にだが機嫌を損ねるほどってどんなだよって気もするが。

「まぁ、それな、あれ、ちゃんと申し出れば採用されたかもしれないってさ」

「わかるように言ってよ」

 あぁ、イライラしていらっしゃる。

「課題の内容が同じなら全員で協力して実施してもいいでしょうか、てな。そういうことをこっちからちゃんと言い出していればそれでOKだったかもって、後でサポートの人から聞いた」

「え、なにそれっ!? ひっど、じゃあわざとわざわざ別でやらされたの? うわ、アタシ絶対あの会社には入らない」

 やばいやばいめちゃくちゃ間違えた。

「いや……いじわるとかそういうあれじゃなくてな、社会勉強っていうか、社会とか会社っていうのはそうやって考えて仕事進めなきゃいけないとかそういうあれだよ、あれ。受け身でいるなって、言ってただろ、なんかの説明の時に……そういうことだよ」

「意味わかんないし。言ってくれればいいだけじゃん。後ででもさっ。言ってくれたらよかったのに……なんでサンタから聞くわけ?」

「……それはご尤もです」

 というわけなのでサポート役をしてくれた社員のお姉さん、ごめんなさい、社員候補が一人減りました。俺は窓の外に流れる夕日に目を細めた。

「ん……こっち向いてよ」

 黄昏れる間もありゃしない。

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