「妹がな、遊園地に行くって言うんだわ」
「へぇ。楽しそうっすね。ご友人と?」
「らしい。今度の日曜日に行くんだと」
モップを床に這わせながら俺は理解する。こりゃ女の子同士でだな、と。なにせ先輩が全く全然、平静だから。
「日曜、雨じゃなかったでしたっけ?」
「は? なんでそんなこと言うのおまえ、妹が出掛けるんだぞ? 晴れにしろよ」
「んん? 頭おかしくなっちゃったのかな?」
「クソボケがよぉ」
「えええ、なんで急にそんなご機嫌急降下なんですか? 爆撃しないでいただきたい」
「ナンパされたらどうしよう」
「はは、それは割と真っ当な心配っすね」
「なぁ、ガチな質問なんだが、ナンパってどんな手口を使うんだ?」
「さぁ? 普通に声掛けるか、落とし物を利用したりとか聞きますね、あと知人を装ってあ、違ったかぁ、でも折角だから、みたいな。そういうイメージですね」
「いやイメージではなく。おまえはどんな手口でナンパするのかと」
「意味がよく分からないっす」
「だっておまえナンパ野郎だろ?」
「とんだ誤解だな! 俺がいつナンパしましたかいつ!」
「こないだお客さんの女子大生と楽しそうに話してたろ」
「ナンパのハードルひっく! あれ、ただ他にどんな料理がおすすめか訊かれただけですよ」
会計時に「美味しかった」「今度また来ます」とかの中での会話だ。
「んでシフトも訊かれてたろ」
「そりゃ俺がおすすめしたんすからね」
「そこ普通は繋がんねぇんだよなぁクソボケ」
「いやいや繋がるでしょ。めっちゃ緊密に繋がりますって。服買いに行って、今度出る新作もいいですよって言われたら、また行く時もその店員さんが居てくれた方がいいでしょ」
「いや別に」
「ふぅ、先輩と俺じゃ生きてる世界が違うわ」
「ほんとにな。いやおまえの話はどうでもいいんだよ」
「違う世界でよかったっすね。さすがの俺も手が出るとこでした」
「なんだやんのか」
「おうおう吝かじゃねぇぞ先輩さんよぉ」
直後に店長にガッツリ怒られた。閉店作業中にお喋りくらいは許されてもアホな喧嘩は両成敗だ。いやしないけどね、喧嘩。プラフですよプラフ。
明けて朝のホームルーム前、俺はいつものように自席でソシャゲにinしていた。楽しい楽しいオープンワールドゲー。今日も今日とて日課をこなす。
「日曜空いてるかサンタ」
「空いてるぞ」
吉田が唐突に訊ねてくることはままあるので、俺は間髪入れず応じた。
「スパ銭行こうぜ」
「俺も丁度そう思ってたとこ」
「うそこそ」
「マジマジ」
マジで別に思ってなかった。
「じゃあ日曜にスパ銭つうことで。んじゃそんだけだから」
「おいおい、てマジかおい、行っちまった……それで高橋さんは何をしてるんだ?」
吉田が去った後に、というか来る直前には高橋さんは近くに居たんだけど。何かこう、手を伸ばしかけて硬直している。目の前で好きな人の予定を取られたみたいな顔が、申し訳ないけど愛らしいですな。
「……なんでもない……いい」
それだけ言って高橋さんは踵を返した。俺も自分の後ろを振り返る。クラスメイトがいっぱい。誰に用があったのかは永遠の謎になりそうだった。
「あそうだ。高橋さん!」
俺は思い出して高橋さんの背中を呼び止める。
「金曜の打ち上げ、行けそうだわ」
職業体験の後、班長同士でお疲れ様会をしようと言っていた。言い出したのは佐藤さん。鈴木さんも高橋さんも乗り気だったのだが、俺はバイトの都合が微妙だったのだ。確認したら全然余裕だったけど。記憶って曖昧ね。
しかしお疲れ様というほど疲れることはないだろうに、女子って好きだよねぇ、集まるの。
「ほ、ほんとっ!? や……ん、わかった。二人にも伝えとく」
「いいよ自分で」
「伝えとく」
「あ、じゃあおねがいしゃす」
この後に会う機会、って別にクラスメイトだし会うのも話すのもいくらでも出来るんだけど、まぁなんにせよ伝えておいてくれるというならお願いしておこう。
ところで女子三人にプラス俺っていうのはなんとも気が重い。折角の機会だし空気読んだけど胃が痛いまである。なにせ女子三人は、三人が三人とも超の付く人気者なのだ。
佐藤さんは、所謂ギャルっぽいタイプ。ぽいだけでギャハハとも笑わないし濃い茶色してないしガード緩くもないけど。……ガードは緩くなってくれてもいいんだけどなぁ。
金に近い茶色の髪を日替わりで肩に流したり結わいたり盛ったり、アクセなんかも色々ととっかえひっかえで。これ以上なく女子高生を楽しんでるって感じだ。最近はメイクも覚えだしたらしく、とはいえそこは遅いデビューなので友人たちにレクチャーされているのをたまに見かける。
あとスタイルがいい。モデル体型ってやつ。実際に読者モデルだかモデルのバイトだかしているらしいしな。
鈴木さんは、それはもうTHE・清楚って感じ。黒く長い髪、物腰は柔らかく笑っても静かだ。それでいて、以前みたいに言うことは言うし不満を顔に出したりもする。完璧か?
勉強は勿論、スポーツも出来るし人を動かすのも上手いから、本当に完璧超人なのかもしれない。噂じゃどこぞの名家に連なるご令嬢だとか。高嶺の花ってやつですな。なので意外と告白されたりとかはないらしい。そりゃそうだ。わかっている玉砕をしたいもの好きはそういない。
体型で言うと背が高めでシルエットが美しい。見栄えじゃなくて美麗。なんだろう、そそるというやつだろうか、キモイね俺。
高橋さんは、マスコット系愛され女子。まーかわいいんだ。ふわふわタイプじゃなくて猫に近い感じ。気ままなところと一見は冷たい印象に、こう、たまに見せる笑顔なんかがいいスパイスなんすほんとに。さっきとかね。
それでいてドジっ子属性は皆無。何事も率先はしなくとも卒もない。ただし他人への要求も比例して高め。あの平坦なイントネーションで「わたしがやっとくから」と言われて目覚めちゃった男子も多いとか多くないとかいるとかいないとか。
癖が壊されるという意味じゃ、低めの身長に反して盛大に育ったものの方が強烈ではある。緩いウェーブの茶色の頭の高さが平均的男子高校生の鳩尾あたりだから、必然見下ろす形になって豊穣がすごくすごいです。
そんなわけで、三人が三人とも超の付く人気を誇っている。三大一般苗字美人の呼び名は伊達じゃない。
だから、俺としては打ち上げにあんま乗り気じゃないんだ。いらん冷やかしが目に見えているから。
「なんかなぁ……怪しいんだよなぁ」
「ええ、俺も思っていました。この人参……少し柔らかすぎる?」
「んーどれどれ。お、マジだな。店長ー! ここの人参いつのですか!?」
皮を剥くのは作業場の隅だから、そこへ野菜が種類毎詰まった箱を運ぶタイミングである。
店長から人参は一旦置いておくように言われて俺と先輩は他の野菜を持って所定の位置についた。
「で、なにが怪しいんですか?」
「妹が……おい、またその話か、みたいな目をすんな」
「またその話か」
「口にすんなっつの! 妹がな、どうも……機嫌よすぎるんだよ」
「いいことじゃないですか」
「そりゃもちろんな。俺にも優し……甘えてくれるからそこは大歓迎よ」
「あー……はい。で?」
「にこにこというよりによによしている」
「なるほど。そいつは一大事ですね」
「だろ!? あれは……言いたかねぇが、思いたくねぇが、好きな男と何かしら嬉しい出来事があったに違いない。呪い呪い呪い呪い呪い」
「うわでた謎呪詛。だからそれ気持ち悪いだけで意味ないですって。おっと」
危うくジャガイモさんが逃げ出すところだった。あぶないあぶない。
「訊かなかったんですか? 直接」
「訊いたさ。訊いたら、秘密だと。はぁあああああ……かわいかったなぁ。照れながら「お兄ちゃんには秘密」って。ふっ、おまえにはわからんだろうがな」
「ええ? そこマウントされても」
「はっはっは、悔しかろう」
「そですねー。あぁ、じゃあもしかして遊園地にその好きな男も来ることになったとかじゃないですか、たぶん。もしかしたらデートに予定変更かもですね」
「ぶっ飛ばす」
「あぁあっ、林檎がっ」
林檎一個を無駄にした先輩は店長に平謝りすることになった。え、なんで俺も巻き添え?
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