「妹がな、化粧したいとか言い出したんだわ」
「へぇ。いいじゃないですか」
「いいわけあるかよ」
「いやほんとになんでっすか。化粧くらい普通でしょ。どうせあれでしょ? ファンデ使ってみようかな~とかめちゃくちゃ薄い口紅塗ってみようかなとかそういうあれでしょ?」
「え、なんでわかんの? こわ」
「マジでかよ……どうせ先輩のことだから妹さんにはすっぴんで充分かわいいから化粧なんて必要ない! とかなんとか言ってさせてなかったんでしょ」
「だってすっぴんで十二分にかわいいんだぞ? 化粧する意味がねぇ」
「意味と理由が出来たってこのまえ言ってたじゃないですか」
「?」
「くそ、顔がいいから……首傾げないでくださいよ。好きな人、出来たんでしょ? そりゃ化粧やメイクに興味も出ますよ」
「は? ぶっ飛ばすぞ?」
「なんで。ぶっ飛ばすならその妹さんの恋の相手にしてくださいねー。とにかく、好きな人によく見られたい綺麗に見られたいなんて当たり前なんだから、先輩のわがままで妹さんの恋路を邪魔するってのは、それはやっぱよくないと思いますよ」
「ガチ説教じゃねぇか」
「たまにはいいこと言っておかないといけないかと思いまして」
「本音は?」
「先輩の妹さんに興味がない」
「っし、いっぺん殴り合うか」
「あるわけないじゃないですか、興味。俺からしたらマージの他人ですよ? てか興味持ったら持ったで殴り合いでしょどうせ」
「そりゃ当たり前だろうが」
「だる。で、どうすんですか? 化粧認めるんですか認めないんですかてか、そんな権限先輩になくね? これはマジで。妹さんの自由でしょ」
「わかってんよ。認めないとか言ってねぇだろ」
「あー……たしかに」
「早とちりめが」
「うざ」
「はっ。……でもなぁ、化粧して欲しくはねぇんだよなぁ」
「それ、そんなにですか?」
「だっておまえよぉ、オレが妹のほっぺにキスした時に触れるのがゴミみたいなファンデーションの粉になるんだぞ?」
「……とりあえず、化粧品会社に謝りましょ?」
「ごめんなさい」
先輩は食洗器に頭下げてた。仮想化粧品会社本社ビル。
明けて朝のホームルーム前、俺はいつものように自席でソシャゲにinしていた。楽しい楽しいオープンワールドゲー。今日も今日とて日課をこなす。
「サンタくーん、おれはどうしたらいい?」
「なにが?」
吉田が端折りすぎてわけわからないことを言いながら俺の席にやってきた。
「今日の昼飯。学食or購買?」
「学食」
「その心は?」
「俺も学食だから一緒に食おうぜ」
「サンタ! おまえってやつはっ!」
感極まった吉田と固く抱き合う、わけがない。誰が男と抱き合うか。吉田がバッと手を広げたのに俺も椅子に座ったまま同じ格好を返して、以上。
「この行き場のない広げた腕をどうしようか」
吉田の疑問に解を齎すため、俺はスススっと腕を回転させて、胸の前にクロスする。
「変身っ」
「……変身っ」
「なにをしているんですか……?」
三人目がご登場したから俺も吉田も変身ポーズのままでそちらを向く。鈴木さんは心底困惑した顔で立っていた。美人はどんな顔も美人だから世の中は不公平だ。
「変身ごっこ」
「男の子の嗜み」
お、いいね吉田、それ今度俺も使うわ、男の子の嗜み。
「ごっこ、ですか……その変なポーズが……?」
「待て待て待て。え、鈴木さん知らない? 仮面ドライバー」
「A号」
「B号」
俺がB(ビートル)号だ。ちなみに吉田のAはアニマル。更にちなむと腕の回転とポーズは左右対称である。
「すみません、知らないです」
俺と吉田はポーズを解く。知らない人相手にネタ振りは失礼だからね。
「す、好きなんですか? その……仮面、ドライバー? というのを」
「どうなの吉田? フィギュアとか揃えてたタイプ?」
「実はめっちゃ集めてる」
「マジか。今度見に行っていいか?」
「いいぞ。いつ来る?」
「今日の放課後」
「おけ」
「よしっ」
「……よしっ、じゃないです。サンタ君、今日の放課後、説明会ですよ?」
「あ、そうだった。てか鈴木さんなんか吉田に用でもあった? ごめんな。持ってっちゃっていいからこれ」
「これ扱いか」
「別に……ありません、用なんて。……済みました」
俺は鈴木さんに顔を向けたまま吉田に寄る。
「なんか怒ってらっしゃらない? なにしたんだよ吉田。とりま謝っとけよ」
「おれはな、原因はおまえだと思うぞ」
俺たちが責任を押し付け合うのを、鈴木さんはちょっぴり頬を膨らませて見ていた。薄いファンデーションのおかげかいつにも増して迫力がなかった。
他クラスとも合同の説明会が行われる教室に足を踏み入れて、俺はすぐに違和感を覚えた。
時刻的におそらくは最後の到着で、既に多くの生徒が集まっている。その内訳に、違和感があった。
「あ、サンタ! こっちこっち!」
佐藤さんの大きな手招きに応じて教室の一角、我がクラスの班長が集まる一角の一席に適当に腰を下ろした。
「なんでそっち行くの?」
「なんでって、空いてたから。別に座席指定じゃないよな?」
「じゃないけどっ。アタシの隣も空いてるじゃんてか、叩いたのに、こう」
佐藤さんは先ほどもそうしたように右隣の空席をポンポンと叩いてみせた。
「えーやだよ。そこ狭いし」
教室の奥の方の、整然と並べられた長机の列たちの、最前列の一つ後ろ。の佐藤さんの隣の隣には他クラスの女生徒がもう座っている。つまり佐藤さんの示した場所に座ると両サイド女子になる。なら空席の目立つ最前列を選びたくもなろうというものだ。
「連帯感のないやつぅ」
「心はいつでも一心同体だからいいんだよ」
「そんなこと、あったことないじゃん。べぇー」
佐藤さんはべっと舌を出す。それ、ほんとかわいいからやめて欲しい。
あとあんまり会話したくない。いや佐藤さんが嫌なのではなく。
違和感の正体が関係している。
そう、なにを隠そう、いまこの教室内に、男子が俺一人なのである。おかげで無駄に注目を集めている。正直、佐藤さんに呼ばれなかったら教室間違えたと思って入室即退室するところだった。
ツンツン、と背中に何かが当たった。
「サンタ、そこちょっと邪魔」
「お、そうか、わるいわるい」
そう言って席を一つ奥側にずらす。
―――――
俺。
高橋さん。鈴木さん。佐藤さん。
―――――
これが。
―――――
俺。
高橋さん。鈴木さん。佐藤さん。
―――――
こう。
小柄な高橋さんの真ん前ではたしかに少々、邪魔だった。会話はしにくくなるから佐藤さんと鈴木さんは不満そうだ。視界良好になった高橋さんが満足そうだから許して欲しい。
ついでだしもう一個ずれて窓際に寄っておいた。高橋さんの左側も他クラスの生徒で埋まってるしね。そちらにも多少の配慮だ。
さらに会話、職業体験に関する相談なんかだが、そういうことをしにくくなったから、満足顔は消えて不満顔が三つになった。
「なんかな。今日は機嫌悪そうだったんだよな」
「へぇ。店長がですか?」
「いや妹が」
「へぇ。店長見ました?」
「たしか今日は休みだったはずだぞ」
「そうでしたっけ」
本日も皮むき作業に精を出す。そろそろピーラーの武器熟練度がMAXになると思う。
「家に帰って来てすぐ、てか帰ってきた時点で唇尖らせててな。かわいいのなんのって」
「これ悩み相談か惚気話かどっちですか?」
「布教」
「あ、すみませんうち、宗教はちょっと。祖父の代からの言い伝えでして。すみません」
「どうも好きな……好きな相手がな、とんだクソボケ野郎みたいでな」
「はぁ」
「ちっともわかってくれないってプリプリしてた。いやぁ、かわいかったなぁ」
「惚気の方かぁ。具体的にはどういう風にクソボケ野郎なんですか?」
「お、興味あるか? 一緒にクソボケ野郎を呪おうぜ」
「あ……興味ないですぅ。やっぱなんでもないですぅ」
「なんかなぁ……伝わらないって嘆いてたなぁ。呪い呪い呪い呪い呪い」
「斬新な呪詛っすねぇ。効果ないでしょそれ。あいた」
呆れて手元が疎かだった俺はピーラーにほんの1mm叱られた。
「手ぇ洗ってきます」
「おう」
絆創膏を貼るのはバイトをはじめて二回目だ。地味にショック。
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