第14話
方針の転換を伝えたバルボは悩んでいた。
大方針として、これまでのような各社のそれぞれの機体の生産はこれを容認せず、機種を絞って各社の分担協力による少品種多量生産へと転換することは伝えた。
もちろん、これは各社の経営に大なる影響を及ぼす。量産機種に選定されれば経営は拡大するが、選定されなければ他社の機体を分担生産する・下手をすれば部品の生産下請けに伍することになる。
これは航空機メーカーにとって新機種の開発がたいへんな賭けになったことを意味していた。分担生産を担当する・もしくは下請け、ということになれば新機種開発のために投じた費用はほとんど回収の目処が立たなくなる。
そのダメージを幾分かでも和らげる措置として、バルボは競争試作に参加するメーカー試作機の購入価格をこれまでより大幅に引き上げるなどの対策を取るつもりではあったが、それでも「選ばれなかったメーカー」の経営に打撃が大きいことは庇いきれない。分担生産の比率や下請けの比率などの調整をして工場の稼働率に配慮したとしても、「選ばれたメーカー」ただ一社を除くすべてにとって痛みのある生産政策の転換であることは自覚している。
それでもこの方針転換なしに、来る戦争の消耗戦を乗り切ることはできない。
バルボには強い確信があった。だからこそ、場を移して戦闘機メーカー三社だけをあつめた説明でも強調する。
「R計画における諸君らの成果そのものには不満はない。
いずれも空軍の要求した性能を満たしている。
間違っていたのは空軍の、俺の将来戦への見立てだった。
見通しが甘かった。早急に立て直さなければならない。
面倒だが祖国の存亡がかかっている。RX計画に協力してくれるか」
同じ説明の繰り返しに鼻白む者も居たが、少数だった。
メーカー各社も英独の動員体制について相応に情報を収集している。ドイツはとくに極端だが、イギリスとてバルボが提案したような生産体制に移行して飛行機生産を伸ばしている。
そうした政策を取らず、地域ごとの航空メーカーの整理・統合をしたはずのフランスでは、実態は小規模の各メーカーがバラバラのまま生産するのを許し、生産数の増大が見込めずに停滞しているのも知っていた(ここまでではないが、イタリアはこれに近い)。
言い換えると、バルボはこう問うている。
イタリアは……フランスになりたいのか、ドイツ・イギリスになりたいのか? と。
反発する感情はもちろんあったが、三社の誰もがフランスはゴメンだと思っていた。行政の拙さもあるが、各社の独立心のあまりの強さ故に乱立しているというのは外から見ればよく分かる。バルボは日本を引き合いに出しているが、メーカーの脳裏に過ぎるのは犇めきちまちまと生産して戦時対応できてないフランス航空の姿だった。
ああなるのはゴメンだがしかし。
「英仏との戦争は避けられないのですか」
航空技師であるとともにレッジャーネ社の副社長でもあるアントニオ・アレシオが鎮痛な面持ちで訊ねた。バルボは頷き短く言った。
「おそらく。近いうちに」
その言葉に、特に経営者たち、そして経営に近しい者たちはうめき声をあげた。ドイツとの付き合いも悪くない。だがイギリスとことを構えればその利益は即座に吹き飛ぶ。誰もがそのことを知悉しているのに止められない。
「ドイツを止める機会は喪われた。統領の停戦仲介もにべもなく拒絶された。
英独相互の我が国への圧は強まるばかりだ。
ドイツは早晩フランスに侵攻する。
そうなったとき……どちらの圧に屈するかは分かるだろう」
バルボの答えに、メーカーを代表してアントニオは言った。
「我々が何をすべきか、ご命令ください、閣下。どれを作ればよいのか、ご指示を」
バルボは頷く。
「諸君の協力に感謝する。
* * *
生産分担についてはそれぞれに詳細な指示を与えるとして、個別の交渉となった。
最初に呼ばれたのはフィアット社の面々。
自社の機体が選ばれたことが意外な表情を浮かべているジュゼッペ技師にバルボは言う。
「早急に、すぐに使える機体が必要だ。CR.42は直ちに製造を中止しろ。
マッキのC.200は運動性に問題を抱えていてまだ解決に時間がかかる。
レッジャーネのRe2000は性能はいちばんだが生産性に難があるし分担生産しても伸びしろが薄い、だから」
いちばん平凡なG.50がいちばん良い、と言われてジュゼッペは不本意だったが、反面ホッとしても居る。経営が傾くなどの不安はなくなったからだ。
「生産を阻害しない範囲での性能の向上は必須だ。
ひとまずは燃料を改善する」
「燃料ですか」
「日本人は戦闘機用に92オクタンの燃料を使っている。
馬力で1割弱の向上は見込めるようだ。A74(G.50のエンジン)を最優先で92オクタン仕様に改修するんだ」
ジュゼッペはそれで約90馬力の出力向上が見込めると暗算する。その余力をどう割り振るか。
「速度の増大を最優先にしてくれ。R計画機でもG.50はそれがいちばん弱かった。
まずは
それが出来るのはジュゼッペ、君たちしか居ない」
今回は名前を間違えなかったバルボと、ジュゼッペは固い握手を交わした。
* * *
「勘違いするなよ」
開口一番、バルボは言った。
「C.200がR計画で最良の戦闘機だという評価は覆らない。
だが問題も抱えている」
不意自転の解決に手間取っているマリオ・カストルディ技師は黙って聞いている。バルボの言う通りだからだ。今日見た日本機の設計も参考になりそうだし、ある程度の解決の目処は立ちつつあったがしかし、それで明日には良くなる、というほどに簡単な話ではない。その時間が今は惜しい、というのが空軍の判断なのだというのは分かる。
「G.50の生産分担については出来る範囲でかまわない。
現在のC.200の生産を縮小して充ててほしいが、完全に生産転換はしなくて良い」
「と、言いますと」
「C.202計画をとにかく早く進めてほしい。今はまだ輸入だが、エンジンはアルファロメオが生産する。エンジン生産開始と同時に戦闘機の方も作れるくらいの体制を整えたい」
暗かった面々の顔がいっぺんに晴れやかになる。ダイムラー・ベンツのDB601エンジンを積めば性能向上することは試作機で確定している。それを熟成させる機会が与えられたのだ。C.200の生産そのものは縮小を余儀なくされるが、その次の機体の生産が確約されたのは大きい。C.200の生産中の改修作業に手を取られなくなるぶん、C.202の開発に集中できるのはかえって好都合かもしれない。
「今日の戦場はG.50で引き受ける。
だが明日の戦場を戦えるのはマリオ、諸君らのC.202しかいない。
必ずや、期待に応えてみせます。
マリオはそう言ったつもりだったが、最後の方は声にならなかった。
* * *
「Re2000の生産は完全に中止とする。輸出契約の残りはメリディオナリに転換生産させる」
諸君らにはもっと大きな仕事をやってもらわねばならぬのだ、憤激して立ち上がりかけたレッジャーネ社のロベルト・ロンギ技師をなだめてバルボは言う。
「聞きましょう」と先を促すアントニオに、バルボはRe2000が先行するR計画機のいずれにも勝る優秀機であることを認めた上で、
「フィアットも、マッキも、生産能力では本邦では突出したメーカーだ。それだけに生産に集中させたい。……となれば、開発を任せられるのは君たちしかいない」
「日本で得た設計原図や構造計算書も自由に使ってくれてかまわない。
新型戦闘機は確実に
諸君らにしかできない仕事だ」
Re200M(Mは
* * *
他の戦闘機メーカーの連中も似たようなものだった。
説明が終わると挨拶もそこそこに飛び立っていく連絡機たちを見送りながら、バルボはかすかな罪悪感を覚える。
どのメーカーにも嘘は言っていないが、本当のことも一部しか伝えていない。多量生産のための分担生産を受容させつつ、経営にも配慮すればこうするしかなかった。
当面の生産機種から外れた二社には、少しずつ時期をずらし生産機種を移行していく予定は伝えたものの、いつからという確約はしていない。それを知らないフィアットは生産が続くことを期待し、レッジャーネとマッキは少しでも早く生産が切り替わることを期待しているだろう。
その時になれば、必ずまた揉める。
それは分かっていたが、バルボはひとまず目先の大仕事を終えた安堵にしばらく浸ることにした。先のことはその時に考えればいいのだ。
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