第15話
エンジンメーカーは、ある意味戦闘機メーカーよりも厄介だった。
イタリア空軍の戦略構想において、最優先すべきは爆撃機である。戦闘機はそれに比べたら優先度が劣る。しかしそのぶん統領の関心も小さくなるから、バルボが思ったとおりの改革を提案してもそれが拒絶されることはなかった。
だが、戦闘機・爆撃機・機種の別なく使われるエンジンとなると話は別だ。
エンジン生産と開発に関する改革については、統領はバルボの説明を聞いてもすぐには納得しなかった。爆撃機生産に悪影響を及ぼすような改革では困る、とも明言した。
バルボはその場では、そうしたことはないと確約してみせたものの、本音では無理だと分かっている。
それでも強行するのは自分が不興を買って更迭されるか粛清されるかするまでには成果が上がると踏んでいたため。一つの賭けだった。
バルボが自認する以上に統領に疎まれているのであればそれで終わりだし、この体制改革が失敗して生産体制の混乱が長引けばそれでも終わりだ。
それが分かっていても、あえて強行するしかない。
英国との戦争を戦うには、本邦のエンジンは非力すぎる。
* * *
フィアットとアルファロメオはそれでも簡単だった。
生産目標が高すぎると両社とも渋ったが、財政面での支援を約束したし、フィアットのA74もアルファロメオのR.A.1000も、どちらも大量採用が確定している。呑めない要求ではないはず、と見越してバルボがつよく押すと、どちらも最後は了承した。
さらにフィアットにはA74の2速過給器の追加改修を命じる。これは
実のところ、バルボがすぐに手が届く能力向上策としていちばん期待しているのはA74だ。
アルファロメオの方は、技術面ではライセンス生産に対する不安はあまりないものの、生産力には問題しか感じていなかったので、設備投資の強化を厳命すると同時に、満州国で買いつけてきた水冷エンジン生産に使える多量の工作機械をほとんどすべて譲渡した。
カネとモノ両面で支援する姿勢を見せることで、提示した過酷な生産ノルマからは逃げ切れないと思い知らせたつもりだが、相手もそこは察したらしくライセンス生産をまとめた担当者が青い顔をしている。現状の生産力の10倍にも達する強化を命令されたのだから当然だろう。
しかし、(統領の強い要請があったにせよ)高出力エンジンのライセンス生産という形でドイツに深く依存する体制にのったのはアルファロメオだ。
空冷も水冷も、自社のすべてのエンジンの生産と開発の中止を命じて、
* * *
覚悟はしていたがピアッジョの反発は大きかった。
アルファロメオとは異なり、既に大量のエンジンを供給――それも爆撃機に!――しているメーカーに対して、バルボが現行エンジンの生産の縮小・停止と、新エンジンの開発中止を命じたからだ。
特に爆撃機用エンジンのP.XIの生産縮小、将来的には中断を命じられたピアッジョの技師は色をなして反論する。
「大臣は現行の爆撃機の一体どれほどがウチのエンジンを積んでいるとお思いか」
「すぐに生産中止とは言っていない。
しかし改良型の開発は中止し、その分の余力をライセンス生産体制に回してもらいたいと言っている」
ついさっき
これをライセンス生産するのが軌道に乗るのが先か。
ピアッジョ、あるいは他のメーカーが1500馬力エンジンを量産化するのが先か。
バルボはピアッジョの自負を否定し、ライセンス生産のほうが先に戦力化出来ると判断した。そのうえでそれを少しでも前倒しできるよう、他の開発に回す余力を削って投入しろと命じている。
「アルファロメオにも空冷エンジンの生産中止を命じたようですが、それではサボイア・マルケッティSM.79のエンジンはどうするお考えか?
あちらは『直ちに』という命令だったようですが」
「フィアットのA74エンジンを回す。馬力も上昇するから性能は向上するだろう」
「しかしそれは、戦闘機生産に全力を傾けるはずだったのでは……」
「戦闘機生産と両立する算段はたててある。
エンジン生産の転換がこれからの爆撃機生産に支障をきたすことはないことは約束する」
「それはつまり」
なにかに気づきかけたピアッジョの技師を、バルボは大げさに制止してみせた。
「それから先は言わぬ方が良い。
統領に泣きつくつもりがないのであればな」
けっきょくバルボが押し切る形でピアッジョによる火星エンジンのライセンス生産の最優先は決定した。わずかな譲歩で現行エンジンの生産の縮小は後ろ倒しにしたが、18気筒エンジン開発の方は即時中止とさせた。そんなことを目論むならベースエンジンは火星の方がよほど良い。
バルボの火星への入れ込みぶりに屈辱を舐めさせられたピアッジョのせめてもの抵抗は、
* * *
最後に残ったイソッタ・フラスキーニについては空冷列型のガンマ系のエンジンを除く全ての生産の中止と新規開発の停止を命じた。
中・小型のエンジンについてはここに任せることで生産と整備とを合理化することを目論んでいたバルボだが、ガンマ系の発展型の開発を抑止することまでは踏みとどまった。
踏みとどまったというよりも、この先のイソッタ・フラスキーニの扱いや先々のことを考えると開発を継続してもらったほうが都合が良かった。必要以上に冷遇したという印象を持たれるのは拙い。
* * *
供給されるエンジンの種類が整理され、メーカーもある程度集約されることになったのは良いが、そうすることで今度は別種の問題が浮上する。
廃止する予定のエンジンを積んでいる、現行生産機種のエンジン換装を急ピッチで進めなければならない。
(それを任せられるのは彼しかいない)
翌日に回した最後の大仕事にバルボは思いを馳せる。
突貫で進めてきた改革もこれで、ようやく一区切りがつく。
明日が集大成となるだろう。
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