第13話
帰国後、慌ただしく開封して無休で整備に当たった結果、演出は完璧な効果を発揮した。
バルボが感じたのと同じではないにせよ、同質の衝撃は共有されることとなった。
* * * *
「あらためて言う。
R計画は失敗だった。
異存はないだろう」
着陸後しばらくしてから格納庫に集められた人々を前に、バルボは言った。
反発する気配は見られない。
SM.81改に乗せたメンバーはいずれもリーダー格の人間だ。
キ27乙改に乗せたジョバンニは操縦資格を持つ戦闘機設計技師。
彼らはじっさいに飛んで自身が作り上げてきたものとの差を思い知らされた。
戦闘機の設計技師らはキ27乙改に。
航空機エンジンの設計技師らはSM.81改の機首に備えられた
それぞれ打ちのめされていた。
訪日前のバルボもそうだが、イタリア人ならば誰もが自分たちの航空技術はそれなりのものだと信じていた。井の中の蛙というわけではなく、欧州での各種航空レース、速度競争も、長距離競走もイタリアは精力的に参加して相応の成果を収めてきた。
自惚れではなく、欧州でも中堅どころには位置しているという自負があった。
ところが、現にいま目の前にある日本製の機体・日本製のエンジンはイタリアの水準をたしかに優越している。飛んで体感したからには、そのことを認めざるを得ない。
バルボはそうした気配を把握したうえで続ける。
「日本が我々に優越しているのは、ほんのわずかだ。諸君らも見分してわかっただろう。
日本機もエンジンも、特に我々の手に負えないような水準ではない。
――にも関わらず、我々が負けているのは」
バルボはそこで言葉を切る。ここから、R計画では踏み込めなかった領域に踏み込んでいく。反発は覚悟の上できっぱりと告げる。
「優勝劣敗の徹底が足りなかったからだ。
日本人は自身の作りうる最高峰にだけ資源を集中した。ひるがえって我々はどうか?
戦闘機だけ見ても、マッキ、レッジャーネ、フィアットに至っては二種。
その全てが採用され、就役している。競作であったにもかかわらず、だ」
ざわめきの中から「それは空軍が指示したことだ」という声が上がり、バルボはそれに応えて声を高くした。
「たしかにそのとおりだ! 我々が、いや。
このバルボ自身が急速に飛行機が必要であるとして諸君らそれぞれに生産を命じた。非常時である以上、多少の性能差は看過しても良いと判断したのは俺にほかならない。
しかし状況が変わった。もとへ、知ってしまった。
我々の戦闘機では、彼らには勝てない。
日本では、先程飛ばした戦闘機の次をすでに開発完了しつつある」
部下に命じ、黒板を引っ張り出させる。その板面いっぱいに引き伸ばされているのは、単発の戦闘機の正面・上面・側面の三方向から撮影した写真だった。
「
エンジン馬力は900馬力足らず。
最大速度520km/h で、航続距離1500km。
上昇力は6000mまで7分。
去年試乗したが、およそこのとおりの性能だった。
……現在作っているもので、これに敵う自信のある会社はあるか?」
戦闘機メーカー三社は沈黙した(参加機種の殆どの生産がすすめられたR計画にすら落ちたメリディオナリは端から相手にならない)。
沈黙する彼らを置き去りに、バルボはその矛先をエンジンメーカーに向ける。
「戦闘機が思うように性能を伸ばせないのは、エンジンにネックがある。これとて日本も同じことだ。しかし日本は
ひるがえって我が国はどうか」
フィアット、アルファロメオ、ピアッジオ、イソッタ・フラスキーニ。
いずれもがバルボの言葉と視線から目をそらした。
彼らとて開発の手を抜いているわけではない。しかしつい先ほど飛んだときに感じた文字どおりの「力の差」を思わずには居られなかった。
「これも先程と同じだ。
我々は優勝劣敗を徹底することなく、似たようなものを並行して採用してしまった。似通っていようがキチンと性能の優劣を判定して、集中して生産するエンジンを指定すべきだった」
もう一枚、バルボは命じて黒板を引っ張り出させる。説明を端折って大写しになった写真を手で指し示す。空冷エンジンを正面と背面、それと側面、三方向から写している。
「
離床出力1530馬力。
一速馬力は2000mで1410馬力、二速馬力は4100mで1350馬力だ。
……現在作っているもので、これに敵う自信のある会社はあるか?」
エンジンメーカーもまた、沈黙でもって答えるよりほかなかった。
「諸君らが間違っていたのではない。
このバルボが誤っていた。そしてそれを容れた統領が誤っていた。
まるで足りぬ目標でもって、それを上回れば良しと甘く考えていた。
あってはならぬ失態だ」
無音で衝撃が広がっていく。
バルボの統領批判は今に始まった話ではないが、自身も含めた統領の判断のミスをハッキリ指摘するのは、これまでに誰も聞いた覚えがなかった。
……バルボがここまで言えるのは、このように白状したところで、それを糾弾できるものがここには居ないという確信があったからだ。
ここにいるのはほとんどがバルボ派とは言わないまでも、反戦のためにバルボを担ごうとする一派だ。
バルボを担ぎ上げ、この戦争に引きずり込まれる前に、統領を引きずり降ろして平和を回復せんと願う者たち。
統領に対抗するのにバルボしか居ない、と思っている者たちが統領に、バルボの「失言」を注進するだろうか?
「よって、R計画は目標を更新した上で、RX計画として仕切り直す。
競争試作としたいところではあるが、そのような時間の余裕がないのは諸君らもうすうす感じているだろう。
英仏との戦争になるか否かは、統領だけが知るところだが」
自身の意見を開陳する前に、バルボはもう一度面々の表情をつぶさに確認する。土壇場で裏切るだろうなと思われる顔と、最後までついてくる顔と、ついていかざるを得ない立場の顔。
自分から離れられないのが過半数であるという確信を得て、バルボは言った。
「おそらく、近いうちに統領はドイツ側に立って参戦を決断すると俺は考えている」
息を呑む音、落胆の息を吐く音。そして次の言葉を聞き逃すまいと身構える男たちの発するかすかな軋み音。
「残された時間はわずかだ。諸君ら全員に、これから指示を与える。
これは命令だ。統領も了承済みの命令である。
……まずは戦闘機に関する方針から説明する」
声音を低く押さえてバルボは告げた。
大鉈を振るう合図、これまでの関係の清算を告げる、一種の宣戦布告の合図だった。
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