第4話
いかにも急ごしらえな、取ってつけたような小さな後席に潜り込みながら、バルボは前席の
「ジャンニ。
スロットルは押して『開』だ。さほど本邦のものと変わらん。
練習機のように簡単に飛べるが、自信がなくなったら言え。操縦を代わってやる」
前席に腰を下ろし、操縦桿・フットバー・計器盤を一瞥する。
なるほどシンプルでわかりやすい。それでも特に重要と思われるエンジンの回転計、筒温計・油温計の類にはイタリア語表記で紙テープがベタベタと貼りつけられている。
ジョバンニは少しだけ緊張しながら、後席のバルボの指示に従って操作し、機体を無事に離陸させて大きく息を吐く。
静かに上昇しながらゆったりとフットバーを踏み込み、操縦桿をこねる。
バルボに促されて大きな宙返りを打ったあと、ジョバンニは苦笑交じりの溜息を漏らした。まだまだ追い込める手応えがあった。
「敵いませんね。こいつは。よく出来てる」
「日本では旧式機だがな」
「は?」
「エンジンも低馬力。ひらひらとよく動くが新世代機にはかなわん。
ジャンニ、上昇してみろ」
どの舵の反応も鋭く、速度の変動にもキビキビと追従してくるのに驚いていたジョバンニは、これがそれでも旧式機だと聞いて驚きを覚えた。
しかし指示されたとおりに上昇してみればすぐに分かった。
機体は軽いが、それ以上にエンジンが非力。
4000mを超えて少し息苦しくなってきたあたりで目に見えて登る勢いが落ちている。ジョバンニの試作機なら重たさに喘ぎながらももう少し力強く上昇しているところだ。
高度を十分に取ったところで、降下しながらの曲芸機動に挑戦したジョバンニはもう一度驚くことになる。高速降下しているときにも鋭く舵を切ることが出来る。
ジョバンニがこれまでに乗ったどの飛行機よりも、高速域での機動にキレがあった。
ジョバンニの試作戦闘機にしても、最高速度はこの機体を大きく上回っている。しかし最高速度近辺ではほとんど舵の効かない彼の戦闘機と違い、バルボのこの飛行機は最高速度近辺でもよく曲がるし、旋回半径も小さくまとめていた。
格闘戦になればどちらが勝つのかは、容易に想像がついた。
ジョバンニの機体はR計画においても失敗機と見做されることの多い設計であったから、それを日本の旧式機が上回ったからといって、即座にR計画のすべての機体が否定されるわけではない。
本命であるマッキやフィアットの新戦闘機ならば、バルボのこの飛行機を空戦で圧倒することは難しくないはずだ。
ジョバンニのその心を知ってか知らずか、バルボは後席から声をかけた。
「出来れば模擬空戦もやらせたかったが、パイロットもいないし今回はお預けだな。
降りるぞ、ジャンニ」
着陸行程の大分を使って、ジョバンニとバルボは現有の戦闘機でどうやって、今操っているこの機体に対抗するかを議論した。
最高速と上昇力・上昇限界で明白にR計画の制式機すべてに劣っている機体だが、400kmh以上の高速域での機動性がどのR計画戦闘機よりも上回っている。
そのため、正面切った殴り合いならイタリア機が敗けることはないだろうが、最初の攻撃を躱されるなどして、少しでも格闘戦の気配がでてきたら概ねイタリア側が不利になる、という見立てでバルボとジョバンニの共通認識が確立する。
着陸したジョバンニとバルボの飛行機(キ27乙改造複座機)に真っ先に駆け寄ってきたのはマッキとフィアットの主任設計技師だった。
二人はエンジンが停止しきらぬうちから機体にラッタルを掛け、操縦席にくっつかんばかりに接近する。
二人が期待している答えがなにかは明白だった。
ジョバンニも試乗する前までは確信していた答えだった。
しかし、飛んでしまったらもう否定できない。
「やれそうか?」と期待するような、縋るような目で見上げてくる二人を見つめ返して、ジョバンニはゆっくりと首を横に振った。
イタリアの現有戦闘機では、格闘戦ではこの飛行機には勝てない。
ジョバンニの反応に愕然とする二人を目を細めて眺めながら、バルボは早くも安全ベルトを外し、後席から地べたへと降り立とうとしている。
「次が本命だ」
滑走路脇に引き出されていたのは、サボイア・マルケッティの見慣れた、しかしどこか決定的に違う三発機だった。
滑走路に降り立つとバルボはすぐにその飛行機の下へと駆け出していく。
意気消沈した設計技師は翼から滑り降り、あるいは操縦席からもがき出ながら、体力が溢れかえった精悍なその後姿を必死で追いかけた。
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