第3話

 1939年6月。

 バルボは極東の友好国、日本へ向けて長距離連絡飛行に出発する。

 同年3月のドイツ・ポーランド・ハンガリーによるチェコス侵攻・分割を受け、統領のドイツに追従する態度に公然と異を唱えたのが拙かった。

 統領はある程度バルボら反発する党幹部や軍首脳に譲歩する姿勢はみせたものの、それでも反発する急先鋒のバルボを許すことはなく、政権の中枢から放逐することを決意した。


 一方で海外のバルボの評価は上昇した。

 イギリスなどは統領がバルボを遠ざけるために企んだ伊日連絡大飛行に際しても、経由地での離着陸の許可を快諾したうえに一部航空ルートについては、前年のイギリス空軍によるエジプト・オーストラリア無着陸飛行の際に用いた気象情報ほかの情報を提供してくれたほどだ。

 SM.79改造長距離機の操縦桿を自ら握り飛んだ日本への往路は、バルボにとって快適そのものの旅であった。

 到着後の盛大な歓迎も悪くなかったが、吉事はそこまで。


 統領が小刻みに帰国許可を延期しているうちにイギリスとの関係は悪化の一途をたどり、復路を航空機で帰国することが絶望視された夏に戦争が始まった。


 バルボは愛機で帰国することを断念し、それに代わる手段を模索する。同時に長期滞在が確定したことから日本の当局との各種交渉・談合を進める。

 公的なものも私的なものも含め、年明けの帰国まで精力的に働き続けた。


 年明けにようやく、特別に設えた貸し切り臨時便を日本からの土産で一杯にしながら、満州国からシベリア鉄道でソ連を横断し、トルコ経由で帰国したバルボはしかし、その土産の大半を秘匿したまま今日まで過ごしてきた。

 表向きにはどうにかバルボと僅かな随員の座席のみ確保できた体で帰国したふうを装い、臨時便の貨車3台をまるまる占めていた土産については厳重に密封したままイタリアに持ち込んでいる。


 統領は某かの土産が密かに持ち込まれたことを知っているふうではあったが、帰国後のバルボの豪遊と派手にばらまいた浮世絵やら茶器やらといった土産を見て、それが密封された貨物の正体であると合点したのか、ふかく追及してこなかった。


 安堵したバルボが自身の拠点として再編したこの小さな飛行場で開梱された貨物が、大っぴらに披露できるようになったのが今日というわけだった。


 日本からの土産(武装を取り除いたキ27乙)から降り立ったバルボは、この飛行場に居る全ての人間の耳目が自分に集中していることを意識しながら言った。


「よく集まってくれた。さっそくだが、今日みなを集めた理由を話す」


 バルボは明快さと単純さを好む。それが男らしさだと思っている。

 取り巻く全ての人間がそれを当然として受け止めた。場の人間の考える男らしさは完全に一致している。バルボのそれに支配されている。

 降り立ってすぐの歓喜混じりの動揺は僅かな時間で収まり、バルボの次の言葉を静まり返って待つ。


「R計画は失敗だった。

 仕切り直す。

 統領も承認済みだ」


 分別のある大人しかいない取巻きが、ただの群衆のような動揺と悲鳴とも怒号ともつかない声をあげたのは数瞬の後だった。


 期待した言葉とちがう言葉に戸惑う者。

 統領をたおす、その決起宣言ではなかったのか?

 言葉の意味そのものに気づいて愕然とする者。

 R計画が失敗? では自分たちの戦闘機は?

 比較的落ち着いて言葉を噛み締めていたが最後のセリフに戸惑いを隠せない者。

 統領も承認済みとは一体なんなのか。R計画を失敗と認めることなのか? 


 バルボが黙ったままなのに気づいた者から、口を閉じる。外周に向かってその沈黙が広がり、ようやく動揺が収まったときにバルボは取り巻く人々の中のひとりの老人に目を向け、そして次に中年の男、メリディオナリの設計技師をじっと見つめた。


「飛べば分かる」


 それだけ言ってバルボは背にしていた飛行機に向かって歩いていく。整備兵によってスマートなキャノピーは取り外され、操縦席の後ろの外板も取り外されていた。

 機体のそばまでたどり着いたバルボが振り返る。


 メリディオナリの設計技師は帽子と上着を隣に立っていたものに預けると、バルボの元へと、自身の設計したそれと似て非なる精悍さが漂う飛行機へと駆け寄った。

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