第7話


 そこからのことはあまり覚えていない。

 人化の魔法がいかに素晴らしいかを竜が延々と語っていたとは思う。あまりに得意げに語っていたせいで私が聞いていないことにすら気付いてはいなかった。


「では、見せてやろう。魔法の真髄をな」


 意気揚々と翼を広げた竜が白い光に包まれていく。

 巨大な体躯が、立派な四肢が、荘厳の角が、恐ろしい爪が、鋭い牙が、しなやかな尾が、どんどんと小さくなっていく。白い光が繭のように丸く、そして光が強くなる。魅入ってしまうほど美しい光景を目にして、私の心は何度も何度も揺さぶられていく。


 長いようで実際には三十秒と掛からずに、光の繭のなかから、美しい男性が姿を現わした。


 鼻筋の通った甘いマスクは、女性だけではなく男性すらも魅了してしまうほどであり、自慢げな表情からのぞき見える白い歯がさきほどの光すら及ばないほどの輝かしい光を放っている。

 眉目秀麗を地で行く彼の立ち姿に、地面に付け続けていた私の膝がひとりでに身体を持ち上げた。社畜を続けて久しく他人の顔をこれほど長く見つめていたことがない。いつもは、すぐに目をそらしてしまう私の身体が、私の意思を尊重するかのように、彼の顔を見続ける。


 それは、蛾が夜のかがり火に吸い込まれていくように。

 ごくごく自然に。

 ただただ静かに。


「どうだぁ! これぞ我のまヒョォッ!?」


 私の拳が。

 彼の顔面に突き刺さった。


「……は……?」


「……わよ……」


「貴様……いま、我を殴……」


「竜が! 人間になってんじゃないわよぉぉ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る