第5話


 次の日、私は朝から大忙しだった。とはいえ、私が何かをするのではなく、私が色々されただけだったけど。

 泥まみれのまま竜に差し出すわけにもいかない私を村の女性陣が綺麗にしてくれた。男の人に裸を見られたくはなかったので、村の人達の配慮は嬉しかった。感謝する話でもないけど。

 生け贄でしかない私に、お風呂のような上等なものを使うはずもなく、冷たい水でゴシゴシと洗われただけだけど、それでも身体が清潔になったことはありがたい。

 ボロボロだったスーツも、用意してもらった服に着替えた。ちょっとドイツの民族衣装であるディアンドルに似ている服は、所々にほつれ直しがされていたけれど、それでも服という体裁をなんとか取り留めていた私のスーツよりは何倍も見目が良かった。


 逃がさないように常に三人以上が私の傍で待機していたけれど、いつまで経っても逃げるどころが抵抗すら見せない私に、女性陣も気味が悪い目で見てきた。

 別に死にたいわけじゃない。だけど、ここで抵抗したってどうしろというのか。格闘技を習っていたわけでもない小娘が一人で出来ることなんて何もない。それよりも、抵抗なんかして殴られでもしたらそれこそ損じゃないか。どうせ生け贄として死ぬ運命なんだとしたらそれまでは少しでも平穏に生きていたい。


「いいかい、あんた」


「逃げませんよ」


「うぅん……それは、ありがたいんだけど……じゃなくて! このあと、あんたを竜の所に連れて行くからね。逃げ……ないのは分かったから、大人しくしているんだよ」


「竜が出てきたら私はどうすればいいのでしょう?」


「知らないよ……竜が出てきたら、その、なんだ」


「食べられる時の作法とかあるのでしょうか」


「知らないって……気味が悪いね、あんた」


「すいません……」


「ああ、もう……なんなんだろうね……!」


 あれしろこれしろと怒鳴るくせに、黙々と仕事をこなせば可愛げのない女だと罵られてきた身としては、村人たちの対応はまったく気にもならなかった。恫喝されないことが嬉しいだなんて、私はもうどこまでもおかしくなっているんだろうな。

 どうしようもないことは受け入れるしかないんだ。抵抗したって、自分を見せたって意味がないんだから。やればやるだけ、疲れるだけだ。


 ※※※


「ここでじっとしていな。……すぐに竜が来る」


「はい」


「逃げても無駄だからな」


「はい」


「……悪いとは思っている」


「大丈夫です。なんというか……はい」


 五人の猟師と一緒に山のなかへ入っていった。

 二時間ほど歩き続けて、山の中腹にある大きな洞窟の前で、私は解放された。腕を縛っていた縄も解かれたので逃げようと思えば逃げることができるだろう。だけど、猟師のおじさんの言うとおり、きっと、たぶん、無駄なんだろうな。


 逃げていく猟師の背中に、恨みがないと言えば嘘になる。だけど、村の人達は不必要に暴力を振るってきたわけじゃないし、気にしてくれる素振りをしてくれた人も居たし、やっぱり自分が可愛いのは仕方がないんだろう。

 私には、自分が可愛いという感覚がもう分からない。言葉では分かるんだけど、どうしてもその選択肢を取っていいのかと悩んでしまう。悩むから、一歩遅れて、いつも色々押しつけられる。もう、どうしようもない。


 死んだらどうしよう。

 の後、最初に浮かぶ言葉が仕事の引き継ぎできていない、だ。これが私。


 もしも生まれ変わったら、もっと自分が大好きな自分になりたい。でも、自分が大好きな私は私と言えるのだろうか。生まれ変わっているんだからそもそも私ではないのか。


「随分と」


 その声は、洞窟の奥から響いてきた。にもかかわらず、まるで耳元で囁かれたかのように重く私のおなかにのし掛かった。


「胆力のある娘だ」

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