第4話


 縛られている状態が、かなり辛いということを初めて知った。体勢を変えることができないので身体は凝ってくるし、下手に身じろぎをすると縄が食い込んで痛い。そもそも縛っている縄が荒く、ゴツゴツしているからチクチクする。

 良い悪いで言えば、悪い経験であっても経験であることには違いない。この経験を活かして、いつか人の役に立てる人間に……現実逃避をするのも疲れてきた。


 さきほど奥さんに叱られていたおじさんも、私が逃げないように見張っている人達も、私の目を見ようとしない。あれは、自己嫌悪に陥ってる人間がする行動だ。


「あの……」


「な、なんだ……! 君には悪いが、逃がすわけにはいかないんだ」


「いえ、そういうわけではなく」


「ないんだ……」


 平和な日本生まれ日本育ちの私が、縄で縛られている状態で何ができるというのか。縄抜けなんてできるはずがない。漫画で読んだから! で使える技術なんて高が知れている。


「逃げたいとかではなく……できれば食べ物、せめて……水だけでも頂けませんか」


 今日もお昼休みを返上して働いていたので、最後に食事を取ったのは朝に囓ったパンだけだ。家に帰ってカップラーメンでも食べようかと思っていたのにこんな世界に来てしまって、ひどい目に会って走り続けてもう体力が限界だった。


「お願いしま、す……」


「…………ちょっと待ってろ」


「おい、いいのか?」


「いいだろ、これくらいなら。それに、元気がない生け贄を差し出すほうが問題だろう」


 生け贄。

 まさかこの単語を会話のなかで聞くことがあるとは思わなかった。しかも、生け贄が私であるとなればなおさらだ。


 一週間前、村の近くに竜が現れて、生け贄を求めたという。

 竜への生け贄は若い娘と相場が決まっている。どの家の娘が犠牲になるかを決めかねている時に、ノコノコとやってきた娘は、聞けば異世界からやって来たと素っ頓狂に話し出す。それが本当か嘘かは問題ではない。重要なのは、身寄りの居ない(ギリギリ)若い娘が村にやって来たということだった。


「美味いか?」


「おいしいです」


「そうか」


 差し出してもらったパンに齧りつく。手を縛られてるので、口だけで行う食事は行儀が悪いけれどこうするしかないんだから仕方がない。ボソボソで、固くて、味も薄いパンだけど、久しぶりの食事という最高のスパイスが粗末なパンを高級ディナーに変化させる。

 コップの水も飲ませてもらいながら、見張りの男性はこの村のことを話してくれた。おかげで、私が何に捧げられる生け贄か分かったが、分かったところでどうすることもできない。


「ちなみに、私……二十七歳なんですけど、大丈夫でしょうか」


「えっ!? んンっ! 竜は数百年以上生きるというから大丈夫だろう」


 もうちょっと若いと思われていたようだった。海外で日本人は若く見られるというけど、異世界でも適用されるようだ。そっと離れた見張りの二人が、大丈夫かな? いやぁ……てか年上かよ。と内緒話をしているのが心苦しい。この世界での適齢期は何歳くらいなんだろうか、怖くて聞きたくもない。


「竜に捧げられたむす……女性はどうなってしまうのですか」


「悪い、知らないんだ」


「無事だったって話もあれば、その場で食われたなんて話もある。……まぁ、そうだな、うん」


 いい話はなさそうだ。そもそも、いい話なら生け贄なんて言葉は使わないか。

 でも、もしも人間を食べたいのであれば生け贄なんて求めずにそのまま村を襲えばいいはずだから、すぐに食べられることは……ないといいな。


「明日の朝、君は竜のもとへ届けられる」


「それでは、その時間まで寝ていてもいいでしょうか」


「いい、んだけど……。なんか調子狂うなぁ……」


 社畜は、受け入れること、受け流すことだけは得意だから。そんなことよりも、申し訳ないが、ただただ。


「本当に寝たよ……」


 眠いのだ。

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