第48話 行ってきます

 書斎に戻ると、いつもの死神が僕を待っていた。

 死神の顔を見て、紅緋をどうにかするまで此処で働いてもらう、と言われていたのを思い出した。そういえば仮死状態だからまだ僕は生きているんだった。

「紀川氏、野登から現世に帰る許可が下りた」

 まだ匡さんのことなどを聞きたいのに、あまりにも急だ。でも、ここまで死神は譲歩してくれていたのかもしれない。

 すぐに帰されるのかと思ったのだが、どうやら此処の人に挨拶する時間をくれるようだ。さっき伊万里さんに挨拶しておけばよかったかな。

 とりあえず近くにいた上司でもある導さんに別れの挨拶をすることにした。

「導さん、もう僕は此処には必要ないんですか?」

「まさか──ただ死神がうるさいので一時的に休暇を出す。そんなところです。また本当に死んだ時はまた此処でナビをしてもらうつもりですよ。守君のナビは正確ですからね」

 一時的な休暇、と言うあたりが導さんらしい。クビでないことに安心したが、匡さんについて聞くか悩んだ。

 僕が現世に戻った後に消える可能性もあるかもしれない。このモヤモヤを持って帰りたくはない。

 僕は勇気を出して導さんに聞くことにした。

「あの、匡さんはもう最前線には立てないんですか? さっき紅緋から匡さんの残りの魂とか聞いて、それで……」

「そうですね。以前の様に立つことはできませんね。ですがまた別の方法を考えますから、死神に消される心配は無用です。私が匡を簡単に消すようなことをしないのは守君も知っていますよね」

「あ、それは一番理解してます」

 導さんの口ぶりだと匡さんが今すぐ消えるような心配はないようだ。だが残りの魂の数では囮にならないのは本当なのか、最前線には紅緋を立たせて今までとは違う方法で悪魔を始末するらしい。

「また守君が戻ってくる時には違うシステムになっているかもしれませんね」

「その時はまたマニュアルをください。がんばって覚えるんで」

「期待していますね。ああ、そうだ。その時はまた匡と組ませるので、挨拶は今生の別れ程激しくなる必要はありませんよ」

 導さんに言われるまでうっすらとしか自覚がなかったが、二度と此処に来れないわけではないのだ。ただ少し休暇を貰う感覚。此処では僕の残りの寿命までの時間はそう長く感じないのだろう。

 そう思うと挨拶も簡易的でいいのか、と思った。ソファーで面倒くさそうに腕を組んでいる匡さんに長話をするわけにもいかないだろうし。

「匡さん、僕が戻るまで、いや戻っても消えないでください」

「無理な話をするなよ。お前の寿命があと半年なら余裕だけどな」

「いやそれじゃあ戻る意味がないのでは……導さんが言ってましたよ、また僕と匡さんを組ませるって」

「あー、導さんならやりそうだよな。無理な事も可能にする人だからな。まあ、頑張って消えずに待っててやるから、心配せずにさっさと行ってこい」

 頭を軽く小突かれ、行ってこいと言われると、現世と此処のどちらが僕のいるべき場所かわからなくなるな。現世に帰る、というより現世に行ってくる、の方がしっくりくるのだ。

「はい、行ってきます」


 ちゃんと伊万里さんと紅緋にも挨拶をしたが、やはり伊万里さんにもいってらっしゃい、と言われた。

 紅緋は僕が仮死状態だったことに驚いていたが、簡単に説明をしたら笑顔で早く戻ってきてね、なんて言われてしまった。さすがに頷けなかった。

「紀川氏、全員に挨拶は済んだか」

 自室に戻って此処に来た時の私服に着替え、時計を導さんに返却したので忘れ物はない。頷いて死神に現世に帰してほしいとお願いすると、死神は片足で強く床を蹴った。

「………えっ?」

 その瞬間、僕が立っていた床に真っ黒な穴が開き、吸い込まれるように急降下した。あまりにも急なことだったが、落ちる瞬間に導さんと匡さんが悪い笑顔で僕を見ていたのは確認した。絶対に正規の方法で現世に帰されていない。

 そう理解したところで僕は意識を失った。

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