第47話 差すは陽射しのみならず

 紅緋と一緒に三獣隊内部を案内するよう言われ、最初は不安だった。

 だけど紅緋が食堂で伊万里さんの料理の虜になったあたりで大丈夫かな、と思えるようになった。ほとんど案内を終えていたので、伊万里さんにおやつとしてクッキーを作ってもらったのだが、紅緋が子供のように目を輝かせながら見ていた。

「これは何? なんかいい匂いがする!」

 どうやら上級悪魔は何も食べなくても大丈夫らしく、食べ物を初めて見たと言うのだ。

 研究員たちから受けていた扱いが少し見えて、何故だろう、僕が悲しくなった。

「これはクッキーという食べ物だよ。甘くて美味しいから食べてみな」

 伊万里さんに焼き立てをもらい、すぐに口に入れるあたり、警戒心よりも好奇心が勝っているのだろう。

 初めて体験する食べ物に両頬に手を当てて跳ねながら笑った。初めて笑った、なんて思って魅入ってしまった。

「すごい! 口の中でジュってした!」

「焼き立てだからね。美味しいでしょ?」

 伊万里さんは子供を相手にしているように優しく笑って、クッキーをお皿に並べて僕にも食べさせてくれた。紅緋は少し考えるように伊万里さんを見た。

「これが、おいしいってこと? じゃあ、クッキーはおいしい!」

 大きい子供。戦っていない紅緋はそう表現できる。

 人としての些細な感覚や感情が欠落しているようにも見える。だが伊万里さんから見れば、初めて会った時の匡さんと同じらしい。

「匡の時はこんな可愛くなかったよ。食べ物を口に入れてから、どうすればいいのかわからなくて吐き出してたからね」

 その後に導さんに怒られたと聞いて容易に想像できた。だが何も知らないのだから仕方なかったのではないだろうか。

「ねえ、三獣隊について聞いていい?」

 紅緋がクッキーを気に入ったため、食堂でしばらく休憩をすることにした。

 クッキーを頬張りながら、僕に聞きたいことがあるというのだが、答えられるか不安だ。

 そういえば僕が此処に来てからどれくらいが経つのだろう。わからないが、まだ知らないことは沢山あるのだ。

「三獣隊の最前線に立つ資格っていうのかな? 悪魔の囮にならなかったら最前線に立てないの?」

「まあ悪魔が囮をスルーして死神の方に行ったら意味が無いから、当然だろうね」

 囮がいなければ僕が遠隔攻撃で死神を守らなければならない。当たり前だが囮がいた方が危険は少ないので、最前線に立つのなら強くて悪魔が寄ってくれるのがベストだ。

 僕が当然、と言うと紅緋はクッキーを齧りながら寂しく呟いた。

「じゃあ匡はもう立てないね」

「え?」

 何を言い出すのかと驚き聞き返したが、何度聞いても意味が分からない。匡さんの両腕が治らないことかと思ったが違うようだ。

「あたしと匡は上級悪魔だから、たくさんの魂の集合体なのは知ってるよね。悪魔が大量の魂に惹かれるから囮にはなると思うんだけど、怪我をした時は自分の中にある魂を消費して治すから……怪我をすればするほど、重傷を負うほどたくさんの魂が減るの。悪魔だから、魂が無くなれば存在が消えるから、魂の数が残りの寿命のようなものね」

「じゃあさっき匡さんが両腕を治さなかったのは、完治に時間がかかるとかじゃなくて魂が残り少ないから?」

 三獣隊の最前線に立てるかどうかなんてどうでもよかった。ただ匡さんが消えてしまうかもしれない、それだけで頭が真っ白になった。

「ごめん……あたしのせいだよね」

 紅緋が申し訳なさそうに言うが、それに対して口を開こうとしても、何も言葉が出てこなかった。

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