第44話 轍鮒之急

 変な話、人型と戦うのは初めてだ。

 中級悪魔まではほぼ獣で、特に苦戦することはなかった。だが紅緋は俺と同じ上級悪魔で、自我も知恵も武器もある。基礎的な戦闘力では紅緋が上だろう。

 枝のようなか細い腕では考えられない。ただの薙刀の一撃が重く、とても片手では受け流すことも、受け止めることもできない。

 更に速さに追いつけず、防御ばかりで反撃ができない状態で吹っ飛ばされ、壁際まで追い詰められてしまった。

 細い路地裏の行き止まり。薙刀で猛威を振るう紅緋から距離をおくには、片腕を犠牲にしてでも脇を抜けて背後に回るしかないだろう。もっとも、それすら簡単にいかないだろうが。

「やるしかないって、感じだよな」

 今のところ無傷で防御できているが、奇跡だと思う程だ。逃げ道の無い所では全ての攻撃を防御できる自信はない。

 紅緋の素早さでは単純な薙刀の突きの連続が一本とは思えない程の攻撃数になる。何百本もの薙刀で攻撃されるようなものなので、防御に集中しなければ急所を何か所も刺されてしまうだろう。

「逃げ場ないよ、匡。どうするの?」

 そんなことは路地裏に吹っ飛ばされた時点で気づいていたが、わかってなかったでしょ、と言いたげな紅緋の目が、息が切れている俺に対して余裕な顔をしているのが、純粋にムカついた。

「対策は、考えてるし」

「どうするつもり?」

「教えるかよ、ばーか」

 紅緋が仕掛けてくる前に双剣の状態を確認したが、導さんから貰った初めての武器は紅緋の猛攻撃を防いだ数だけ刃毀はこぼれをしていた。

 今まで永く使っていたが、ここまで酷い刃毀れは初めてだ。下手をすると次の攻撃で折れてしまうかもしれない。

「準備は終わった?」

 だがこの双剣を使わなければ防御できない。次の紅緋の背後に回るまでに折れなければいいのだが、微妙なところだ。

「とりあえず、な」

 うだうだ言っても仕方ない。俺は双剣を体の前で交差させて紅緋に突進した。

 当然狭い場所だから紅緋は連続の突きで俺を串刺しにしようとする。自信は無かったが奇跡的に一撃を見切って回避できた。

 だが紅緋の脇を抜けようとした瞬間、死角から薙刀を振るわれたのか、勢いよく道路を挟んで路地裏の反対側にある電柱まで吹っ飛ばされた。

 おそらく電柱に背中を強打したが、これが無かったら更に飛ばされていただろう。野生の勘に近いもので咄嗟に双剣でガードしたつもりだが、どこを攻撃されたのかわからない。

 更に遅れて背中の激痛が全身にまわって防御できたのかわからないし、目が少し霞んでいる。

「げほっ! あー……く、そ……っ!?」

 頭を振って気合で体を起こそうとした時、自分が全く防御できていなかったことに気付いた。

 ボロボロに折れて道路に散らばっている物が双剣だったことに驚いたが、それ以上に両腕の異変に驚いた。右は肩から指先の感覚が全く無い。左は痙攣して上手く動かせない。

「は……うっ、うそ…だろ……?」

 遅れてきた肩と腹部の激痛で、薙刀が深く刺さったのだと理解した。これはさすがに存在を保っていられる自信が無くなる。

 ただでさえ余裕が無いのに。

「双剣折れちゃったね。他に武器ある?」

「あぁー……ナイフあるけど、もう武器は持てねぇよ」

 同じ上級悪魔なのに、中級しか相手にしてこなかった俺はこんなに弱かったのか。紅緋に一撃もあたえられず、息を乱すことすらできないまま、防御もやっと。そして最後は逃げることもできなかった。

 喉に薙刀を突き付けられ、完敗だと笑った。紅緋は残念そうに俺を見下した。

「匡はもっと強いと思ってたのに、残念だな……共倒れを期待したんだけど」

 薙刀を突き付けたまま、心底残念そうにため息を吐く紅緋に、過大評価し過ぎだったな、と笑って見せた瞬間、頭に鈍痛がはしった。

 次いで眩暈がした刹那、気がついたら俺たちは書斎にいた。

「……は?」

 強制帰還だと理解するのに数秒かかった。まさか強制帰還させられるとは思っていなかった。てっきりもう此処には帰ってこないのだと思っていたから。

 俺と同じように目の前で強制帰還に混乱して固まっていた紅緋が、一瞬で視界から消えたことに驚いて体が跳ね上がった。

 ナビがある方とは反対の方を見ると、導さんが紅緋の薙刀を奪い、喉に突き付けていた。

「不意打ちでしたら、私でも貴女を押さえつけられますね」

 声は笑っているようだが顔は真顔だ。紅緋は何か危険を察知したのか、導さんを睨むだけで無理に暴れたりはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る