第43話 左の中指

 やはり話すだけで終わらなかった。書斎にも緊張がはしる。

 緊張だけではない。僕は匡さんが双剣を抜いた瞬間から、あまり後ろを、導さんを、見たくない。

 いや、圧が強すぎて見ていなくても冷や汗が出てきた。

 導さんが何を考えているかなんてわからない。ただ横でナビの一部設定を変更しているのは横目で確認した。

「それ──使う可能性があるってことですか」

 僕は恐る恐る聞いた。けれど導さんは黙ったまま、今まで一度も押したことのないボタンに、僕の指をのせた。

「どんな状況でも、押したら一歩も動かないでください。押すタイミングは指示しますから」

 指示はそれだけだった。間違って押すことは許されない。思わず生唾を吞み込んだが、匡さんと紅緋が激しく刃をぶつけ合う音でモニターに意識を戻した。

「始まった……」

 上級悪魔同士の戦いは初めて見る。自我を持っているので、人同士が戦っている様に見える。見た目は二人とも人間なので、そう見えるのは仕方ない。

 モニター越しなので映画やテレビを見ているように感じてしまうが、これは台本の無い本当の戦いなのだ。

「初めてナビをした時みたいだ」

 あの時は低級悪魔が相手で、調子に乗った匡さんに遠隔攻撃をしたが、今は違う。導さんも匡さんも僕も、誰も経験の無い上級悪魔が相手なのだ。

「守君、集中力を切らさないでくださいね」

「はい!」

 決してボタンから指は外さないように、僕は姿勢を正した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る