第42話 死地の淵にて

「……じゃあ俺の中の違和感はまた別件か」

「うーん……違和感は、残りの魂が減ったとかじゃない? なんか倒した上級悪魔も似たようなこと言ってた気がする」

「……そうかよ」

 紅緋は小さく頷いて笑った。嬉しそうだが、俺からすれば怖い。

「今日ここに来たのはね、いつまでも会いに来てくれないから。もしかしたら消えちゃってるのかなって思ったんだけど、仕掛けた低級悪魔が引っかかったから、まだ存在してるってわかったの」

 道連れ悪魔は紅緋の差し金だったか。聞けば上級悪魔の巣窟はもう制圧し、今は紅緋の住処と化しているらしい。

 そして低級悪魔になら簡単な命令ができるようで、俺の存在確認をする為に差し向けていたと言う。

「でもそれは、あたしが悪魔と長く接してきたから。匡には無理だよ」

 現時点で上級悪魔は俺と紅緋だけ。他は全滅させたらしいが、本当なのか問えば呆れ気味に返された。

「嘘言っても仕方ないじゃない。あとは中級悪魔を始末していけば、上級悪魔は生まれないよ。あたし達みたいな例外が無い限り──ね」

「死神は中級悪魔以上を始末できないってのは変わらないぜ」

 弱い死神は何百、何千年経っても変わらない。それは俺がいるからというのもあるが、どうしようもなく弱いのは違いない。

「やっぱりね。この間も悪魔に苦戦しているのを見てたけど、途中から見ていられなくて思わず助けちゃった」

「死神は昔通りだよ。つか、なんで俺を消さずに上級悪魔にしたわけ?」

 この際、疑問は全部聞いてしまおう。俺は双剣から手を離し、紅緋の隣に座った。

 紅緋は嬉しそうに俺の方に体を向けて口角を上げた。ガキみたいなやつだ。

「研究員に腹立っちゃって普通に消したくないって思ったの。でも、それだけじゃなくて、単純に自分と同じ仲間が欲しかったんだと思う」

「低級悪魔を差し向けといてよく言うぜ。もし俺が低級悪魔に消されたら、とか考えなかったのかよ」

「低級悪魔に消されるなら、それまでの存在って割り切るつもりだったの。中には中級悪魔になっちゃった悪魔もいたと思うけど、あたしと似たような身体能力を持っていて消されるはず無いだろうし、いい運動になるでしょ?」

 悪戯っぽく笑う紅緋には敵意が感じられない。本当に俺に会いに来ただけなのだろうか。

 警戒をしていなければいけないのに、つい油断しそうになる。

「もし匡がもっと早く上級悪魔になっていたら、あたしと一緒に上級悪魔を狩りに行くことになったと思うの。研究員たちが心配した通り、あたし一人じゃ苦戦したから」

「でも全滅させたんだろ? 俺は上級悪魔に遭遇したことないけど、討伐は無理だと思うし」

 紅緋の言う事をそのまま鵜呑みするわけではないが、もし本当だとしたらかなり強い上級悪魔だ。俺と一緒に死神側に来るなら問題はないが、そうでないなら消す必要がある。

「全滅させたのは奇跡に近いかな」

 そう言いながら薙刀の持ち手部分をゆっくり撫で始めた。上級悪魔を全滅させたと言うが、何体ほどいたのだろうか。聞くと自慢気に紅緋は胸をはった。

「自我を持っていたのが五体、正気を失ったのが八体だったかな。全部で十三体だけど、ほとんど死神の元を離れてから始末したんだよ!」

 どうだ、褒めろ。なんて聞こえてきそうだ。

 これが導さんや守なら頭を撫でて褒め、労うかもしれない。でも今の俺にはそんな余裕はない。

「ふーん、やっぱ俺より強いんだな。そういや上級悪魔の巣窟ってどこにあるんだ? なんのヒントも無しに言われても調べようがないだろ」

 別に上級悪魔がいないなら行く必要はないのだが、どうも気になる。案外近くに在ったりするのだろうか。

 だが紅緋は言われて気づいたようで、単純にヒントを出すことを忘れていたらしい。これには苦笑いしかできなかった。

「俺が会いに行ってたら、何する気だったんだ?」

 終わらせたいって言っていたので予想はできているのだが、確認のためだ。

 紅緋はゆっくり立ち上がり、薙刀を構えて俺に刃を向けた。

「正気を失う心配も上級悪魔を消すって使命も無いけど、やっぱりあたし達は悪魔だから、何もしないで消えるのは嫌。戦って、一緒に消えよう」

 やっぱりそうだろうと思った。

 俺も立ち上がり双剣を抜いて構えると、紅緋は嬉しそうな顔をした。考えてみれば、中級悪魔なら三獣隊のナビからの遠隔攻撃で消せることがわかっている。

 俺たちが無理にいる必要はない。

 紅緋と共倒れすれば、導さんの当初の目論見通りになる。

「ずいぶん待たせて悪かったな」

 双剣を抜く瞬間、なぜか三獣隊のみんなの顔が脳裏をかすめた。

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