第41話 一触即発
『今の名前はなんていうの』
紅緋は開口一番に匡さんの名前を聞いてきた。やはり二人にとっての本名は紅緋と緑青なのだろう。
匡さんはすぐに名乗ったが、紅緋は名乗らなかった。
『いいな、匡は。名前があるんだもん』
『……映像見たけど、研究員達からもらわなかったのか?』
薙刀を両手で持ってはいるが構えてはいない。戦意は今のところ見られないが、このまま話すだけで終わるはずがない。
匡さんも同じ考えなのか、腰に納めている双剣に手を添えたまま、いつでも抜ける状態だ。
『もらってないよ、実験体に二つも名前は必要ないって。だから外だとお前、とか言われてたし。だから匡が羨ましいよ、幸せそうだね』
頬を膨らませて匡さんを睨む姿は、普通の少女に見える。匡さんより幼く見えるのは、ずっと一人でいたからだろうか。だとしたら、紅緋の言うことも少しわかる気がする。
二人の会話を聞いていると導さんが戻ってきた。
「どうなっていますか?」
「今の所は、話をしてます。戦う素振りも見せてません」
僕の後ろに立ってモニターを覗き込む導さんに、いつもの笑顔は無かった。普通の仕事なら笑顔で見ているのだが、やはり今回はいつも通りの気持ちで挑んではいられないのだろう。
『今の俺を見て幸せそうって思うか? つか、自分についてどこまで知ってるんだよ』
いつも通り髪を結んでいるため、少し前まで無かった濃い隈が際立って見える。普段の匡さんを知らなければ今の状態は幸せそうとは言えない。
『そうなったのは最近でしょ、前はもっとまともだった気がするけど』
紅緋の言葉に僕と導さんは思わず顔を見合わせてしまった。
匡さんの変化を知っているということは、どこかから見ていたのか。だとすれば匡さんの戦い方を知っていることになる。これはかなり不利だ。
『自分については詳しいよ。すごい研究されたしね。正気を失うことも、寿命も、何も食べなくても存在を保っていられることも、なんでも知ってるよ。匡には何でも教えてあげる』
『正気を失うってのは、なにか兆候があるのか?』
やはり匡さんが一番気にしているのは正気を失うことなのだろう。僕は寿命、という単語が気になって仕方がない。
『うん、あるよ。でも匡には関係ないと思うよ』
『どういう意味だ? 上級悪魔は正気を失うもんなんだろ?』
紅緋は僕たちより上級悪魔について詳しいのだろう。導さんは何も言わずに横からナビの録音ボタンを押した。
『そうだけど匡はもう抜かれてるよ、狂気の部分』
わけがわからないと言いたそうな匡さんに、紅緋は髪を弄りながら座るところを探し始めた。長話になるのだろうか、近くの民家の屋根に座ると匡さんも座るように手招きした。
だが警戒している匡さんは首を横に振って向かい合う様に立った。
『あたしも研究員に抜かれたよ。正気を失わないように、手に負えなくならないように。あたし達って何百、何万の魂の集合体でしょ。感情等を魂ごとに抜くことができるみたい。匡も抜かれてるみたいだし、安心していいんじゃないかな』
『なんでわかるんだよ』
『なんとなくわかるよ、だって同じ上級悪魔だもん』
紅緋の迷いのない声に匡さんは開いた口を閉じた。
何も否定できない。きっとそう思っているのだろう。匡さんは双剣の柄を握りしめた。
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