第39話 奇襲を食わす

 匡さんが前線に出なくなってから何日目になるだろう。時計を見る限り一週間くらいになるとは思うのだが、いくらなんでも長い気がする。

 導さんに匡さんの部屋に近づかないよう言われているので様子もわからない。

 僕としては早く前線に戻ってほしい。遠隔攻撃で死神をサポートすることには慣れたが、やはり匡さんが前線に出てナビをする方がやりやすい。

「匡さんがいたら仕事中も雑談できたのに、死神の九つのチームに話しかけて邪魔することはできないしなあ」

 導さんに匡さんのことを聞いても、まだ治らない、の一点張り。原因も容体も話してはくれない。伊万里さんも詳しくは聞いていないようだ。

 ただ、毎日部屋に食事を運んでいるが残していないとは聞いた。

「次の食事の時、僕が運んでもいいですか」

 ただ純粋に匡さんがどんな状況か知りたくて、止めた方がいいと言う伊万里さんに無理言って代わってもらった。

 体調不良でも食事の量はいつも通り大盛りで、安心した。いつも通りの食欲があるならまだ大丈夫なのだろう。

「ドア越しに声をかけて返事が無かったらドアの前に置くこと、いいね」

 初めて買い物に行く幼子に言い聞かせるように、伊万里さんは心配しているが僕はこう見えても大人だ。食事を運ぶだけでここまで心配されると、匡さんは感染症に罹っているのだろうか。

「わかりました。返事が無かったらドアの前に食事を置く。何かあったらすぐに導さんを呼ぶ。部屋の中には無理に入らない。全部守りますから大丈夫です」

 そう言ってやっと伊万里さんに行って良し、と言われた。

 伊万里さんは僕をいくつだと思っているのだろうか。いや、此処の皆から見たら僕は赤子並の扱いか。


 匡さんの部屋の前で深呼吸をして、まずノックをしてみた。

 伊万里さんには無理に部屋の中には入らないと約束したが、僕は匡さんがどのような状態なのか確認したい。しばらくしてからドア越しに匡さんが返事をしてくれた。

「伊万里さん……?」

 いつもの元気は無く、どこか怯えているような声だった。弱っている時は気弱になるものだが、匡さんもそうなのだろうか。

「守です。食事を持ってきました」

「あ……ありがと……悪いけど、ドアの前に置いといて」

 ここで開けてほしいと言っても無理だろうから、僕は食事を置いて匡さんがドアを開けて取るのを待つことにした。

「じゃあ、ここに置きますね」

 一応声をかけてから床に置き、ドアが開いたらすぐに中が見える位置に座って待った。

 だがどれだけ待っても匡さんは出てこない。まさか僕がここにいるのがバレているのだろうか。

「……守、いつまでいるつもりだよ」

 やはりバレていたようだ。閉まったドア越しに匡さんの呆れた声がした。

「匡さんが開けてくれるまでいます。というか開けてください。大丈夫なのか心配してるんですよ僕は。あと仕事で匡さんがいないとつまらないんです。伊万里さんのご飯が冷めますよ!?」

 思わずドアノブを両手で回したが、鍵をかけているのか開かない。蹴破ることなんてもやしの僕にはできないが、ドアを壊す勢いで叩くくらいはできる。

「うるさい……マジで、ホントに……頼むから、止めろ」

「開けるまで止めません。ホントに心配してるんで顔くらい見せてください」

「心配してるんだったらほっといてくれよ……」

「嫌です。匡さんの大丈夫な顔を見ないと心配なんで」

 怠そうな覇気のない声で言われて放置できるわけがない。

 現世で一人暮らしをしていた身としては、弱っている時は誰か、もう本当に誰か、いっそ見知らぬおじさんでもいいから傍にいてほしいくらい寂しくなることを知っているので放置できない。

「導さん呼んで」

 深いため息の後に言われたことの意味がわからず思わず聞き返してしまった。なぜ導さんを呼ぶ必要があるのだろう。

「導さんが来たらドア開けるから」

 ここで素直に呼べばよかったが、僕は既にいると嘘をついた。

 僕が嘘をつくのは此処に来てこれが最初。だから匡さんは僕を信じてドアを開けてくれた。

「──あっ!」

 ドアを開けて導さんがいないと理解した匡さんはすぐに閉めようとしたが、その前にドアに足を挟んで閉められないようにしてみた。ドアが外側に開くタイプなので簡単に部屋の中に押し入ることができた。

「匡さん、閉めないでください──少し痩せました?」

 元々細めだとは思っていたが、より細くなった気がする。いつもなら結んでいるはずの髪が顔にかかってよく見えないが、隈も酷い気がする。

 僕が部屋に入った事に匡さんは怒るよりも、怯えていた。部屋の奥で縮みこんで、ずっと俯いている。体調が悪いからなのだろうか。僕と目も合わせようとしない。

「ここまでアクティブに動くとは思いませんでしたよ、守君」

 不意に背後からの声に、振り替える前に襟首を掴まれ、導さんの後ろに引っ張られた衝撃で頓狂な声が漏れ出た。

「な、なにするんですか!」

「伊万里さんから無理に部屋に入らないよう約束したと聞きましたが、これはどういうことですか? 匡も匡です。守君に押し入られるとは情けないですよ」

 現場を見ていないはずなのに、導さんはまるで見ていたかのように僕らを叱った。

 そういえばこの建物内では導さんに隠し事ができないと匡さんから聞いていたが、それと関係しているのだろうか。だが今はそんなことより本気で怒っている導さんをどうにかしなければならない。

「匡さんの様子を見に来ました」

 簡潔に言った方が良いかと思ったが、導さんの冷たく鋭い睨みであまり良くなかったとわかって思わず視線を逸らしてしまった。

「詳細を話さなかった私のせいですね。ですが食事で誘って待ち伏せして無理矢理押し入るのは、どうかと思いますが……匡は大丈夫ですか?」

 導さんが壁になって見えないのでわからないが、導さんを見ている感じからなんとか大丈夫そうだと思った。

 これだけ暴れたりしたが無事だった食事を匡さんにわたすと、導さんはドアを静かに閉めて、外から鍵をかけた。

「匡の体調不良について説明しましょう」

 鍵を外からかけたことに驚いたが、導さんに促されて何も言えずに書斎へ連れて行かれた。

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