第32話 寸草春暉

 導さんが拭いてくれたとはいえ、まだ体に血がついていたため、まずシャワーを浴びることにした。後で双剣の手入れもしなければ、血のりで錆びては使い物にならなくなる。

 今までずっと使ってきただけに、今更他の武器を使いたくない。

「腹の傷も完治してるし大丈夫だな。伊万里さんに怒られるけど上着の洗濯をお願いして、双剣を手入れして、さっきの本を読めば完璧だな」

 早々に血を流してシャワー室を出て着替える。伊万里さんに何発か殴られるのを覚悟しなければ。正直、悪魔の攻撃よりも伊万里さんの拳骨の方が痛い。

 食堂の奥の部屋にいる伊万里さんに必死に謝りながら上着の洗濯を頼むと、意外とすんなり引き受けてくれた。

「さっき導さんから聞いたよ、あんたが自分で腹を刺したって。馬鹿な子だね、こんなになるほど深い傷を自分で……!」

 上着の変色ぶりを見て、傷の深さを悟った伊万里さんは俺を力強く抱きしめた。

「もう二度とやるんじゃないよ! あんたは私や導さんにとって家族同然なんだから! 心配させないでおくれ!」

 泣きそうな声で怒られるが、本当に心配してくれているのが伝わってきて嬉しい。だが背骨が折れるんじゃないかと思うくらいの力で抱きしめられて返事ができない。必死に両手で伊万里さんの背中を叩いて、ようやく離してくれた。

「ごめん、ごめん。つい力が入っちゃったね。これはちゃんと綺麗に洗っておくから、あんたはあんたのできることをやるんだよ。導さんの上着をこんなにしたんだから、ちゃんとお返ししなきゃいけないよ」

 さすが伊万里さん。言わずとも導さんの上着と気づいてくれた。俺は深く頭を下げて自室に戻った。

「家族……か。導さんが父、伊万里さんが母、守が弟ってところか」

 自室へ戻って双剣の手入れをしながら、先程の伊万里さんの言葉を思い出して笑ってしまう。

 伊万里さんはともかく、導さんをお父さんなどと呼べば確実に笑顔で殴られそうだ。

「伊万里さんはお母さんって呼びたくなるけど、不思議なもんだな」

 思ったほど双剣の細部まで血がついていなかったので、早々に手入れを終えて先程の本を読むことにした。

「辞書並に厚い本だな。全部読むのにどんだけかかることやら……ん? しおり?」

 持つのも重いので机に置いて薄いページを捲っていくと、栞が挟んであった。ここを読め、という導さんからのメッセージだろう。

「上級悪魔の生体、か」

 あまり詳しくは知らないが、この本の厚さを見る限り詳しく載っていることだろう。姿勢を正して心して読むことにした。

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