第28話 凄惨

「記録はここまで、ですね」

 まず最初の記録はここで終了している。初めて知ることが多く、正直に言うと頭から煙が出そうだ。

 画面から目を離して伸びをすると、後ろにいる匡さんが僕の頭に肘を乗せてきた。

「紅緋と俺は同時に変化させられたんじゃないのは、驚いたな」

「ですよね、てっきり同時かと思いました。それにここまでの記録を見る限り、紅緋は僕らの敵ではないようですし……あの、匡さん、重いです」

 見た目の細さとは裏腹に重い。これが筋肉の重さなのか。男としての矜持が傷つく。

「守はもやしっ子だな。つか、俺が頑張る必要はなくなったな」

「どういうことですか?」

 意味がわからず聞くと、軽く頭を小突かれた。匡さんは呆れた顔をしながらソファーに座ってため息をついた。

「俺が創られたってことは、紅緋は上級悪魔の討伐に失敗したってことだろ? 失敗は消失。紅緋はすでに消されているって考えるのが普通だろ」

 頭の弱い奴、と追加で言われても言い返せない。確かに紅緋の提案が通ったなら、そう考えるのが普通だが、それでは何故研究員たちはいなくなったのか。道連れ悪魔はまた別件なのか、疑問が増えてくる。

「次の動画は見ますか?」

「どうせ紅緋の変化の様子とかだろ、俺はいいや。導さんにこの事を報告して、着替えてくるわ」

 完全に興味が無くなったのだろう。匡さんは血まみれの上着を肩に引っかけて書斎を出て行った。

 仕方ないので僕一人で念のため全部見ておくことにする。

 動画を再生すると、いきなり血まみれの研究員らしき男性が映った。場所は研究室なのだろうが、何か赤いモノや液体が飛散している。

「違う違う。きっとアレだよ、ひき肉とか生で投げ合っちゃったとか、そういうの。うん、トマト祭りとかどっかの国でやってたのを見て、トマト無いからひき肉でやっちゃった。とかそういうの、うん。生肉って時間置くと赤い汁が出ちゃうからね」

 あまりにも急にグロテスクな映像が出たので、一時停止をして自分を誤魔化して続きをみることにする。

 別に気持ち悪くなってなんかないし、ちょっと四時間前のお昼を食べすぎただけだし。

「最初っからこんな血まみれって、これなんの映像なんだよ……」

 心を落ちつけてから再生すると、数人の研究員の悲鳴と何かが潰れる音が書斎に響き、続いて少女の怒鳴り声と共に床に投げつけられる中級悪魔が映った。

 これはもしかすると匡さんかもしれない。

『約束が違う! 上級悪魔を討伐したら研究を止めると! 約束した!』

 床に蹲る中級悪魔を容赦なく踏みつける少女は、紅緋だろうか。

 匡さんが悪魔だった頃なので当然だが、少女は華奢で身長も小さい。想像していたよりも小さい姿に驚いたが、それよりも扇子のように広がる烏羽色の長い髪と、強い意志が伝わってくる紅緋の瞳に目を奪われた。現世にいたら誰もが彼女に惹かれるだろう。

 匡さんも現世にいたら女性に困らない程の容姿なのだが、元悪魔は美男美女しかいないのかと凡人の自分は嫉妬してしまう。思わず彼女の容姿に釘付けになったが、研究員を中級悪魔に食べさせたことで我に返った。

「いけない。思わず見とれてたけど、これいつの映像なんだろ……まだ匡さんが中級悪魔ってことでいいのかな」

 彼女は逃げ惑う研究員たちを捕まえ、怒鳴りながら中級悪魔の餌にしている。上級悪魔を討伐したと言っていたが、匡さんが中級悪魔になっているということは研究員たちが約束を破ったのだろうか。

『紅緋! すまない、お前が心配で、つい…緑青を』

『お前が苦戦するだろうと思って……!』

 悲鳴の後ろから聞こえてくる研究員たちの言葉はどれも上辺だけの言い訳にしか聞こえない。

 やはり約束を破って彼女を怒らせたのだろう。

 言い訳に聞く耳持たず、容赦なく次々に研究員たちを足元の中級悪魔に食べさせた。最後の一人を食べさせたところで、中級悪魔は匡さんに変化した。

 幼いが、目が隠れるほど長い漆黒の髪に緑青色の瞳、間違いなく匡さんだ。彼女は匡さんが上級悪魔に変化したのに気付くと、匡さんが自身を視認する前に首に手刀をくらわせ、気絶させた。

「可愛いんだけど強そうだな……さすが上級悪魔を討伐するだけはある」

 無駄の無い一連の動作に思わず顔が引きつる。匡さんが上級悪魔に変化した時点でこの身のこなし、そして上級悪魔を討伐しているのだ。

 もし今いたらどれ程の強さになっていることやら。

「……紅緋は上級悪魔に消されていないってことは、この後どこに行ったんだ?」

 導さんが匡さんを見つけたのはこの映像のすぐ後だと思うのだが、彼女はこの後どうしたのだろう。

 動画の中の彼女は匡さんを部屋の隅に寝かせると、壊れていない機械に向かい、何かをディスクに焼いているように見えた。まさかこのディスクを作ったのは彼女なのだろうか。

 しばらくしてカメラに気づき、こちらに向かって歩いてきた。画面越しだが少し緊張するのは、彼女の強い意志を宿した瞳のせいだろうか。

『もし、これを緑青が見ること、あったら……』

 彼女はカメラの前に座ってゆっくり言葉を発した。先程の研究員との話から、緑青は匡さんのことなのだろう。

「………これは」

 彼女が全て話し終わり、カメラの録画を止めた所で動画は終わった。画面が真っ暗になると同時に僕は書斎を飛び出した。

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