第20話 鬼謀の亀裂

 導さんから仕事の呼び出しを受けて書斎へ向かうと、笑顔のない真剣な顔の導さんと匡さん、そして先程の女性の死神がソファーに座っていた。

「これで集まったな。今回はいつもの仕事の話ではない。狩崎氏と紀川氏、二人に話しておくことがある」

 死神が此処にいることが気に入らないのか、匡さんはずっと死神を睨んでいる。導さんもどことなく不機嫌そうだ。

 僕が恐る恐る一人がけのソファーに座ると同時に、匡さんが不満そうに声を荒らげた。

「俺たちに何を話すんだよ。死神から注意されるような仕事はしてないだろうが」

「だから仕事の話ではないと言っているだろうが。まず三獣隊を創設した話をしよう」

 それは僕でも知っている事だと言おうとしたが、導さんが僕らに黙って聞くよう釘を刺した。匡さんは納得いかなそうに口をとがらせた。

「三獣隊を創ると言い出したのは、元死神の野登だ。囮部隊を創るなど非道なことだと上の死神は反対したが、回収率の低迷が問題だった時期でもあったため、野登が三獣隊の隊長を務め、最前線に立つ者を自身で探すという条件で実行された。だがこの時、野登しか知らない事件が同時並行で起こっていたようなのだ」

「私が死神だった頃、対悪魔用の武器を開発する研究班が存在していました。実験用の下級悪魔を捕獲し、効果を試したりしていたのですが、疲労がたまっていたのでしょう。そこの研究員がその悪魔にひたすら魂を食べさていると報告を受け、私は止めようとしましたが──遅かった。研究員は全員飢えた悪魔に食べられた後だったのです。だが研究室に悪魔はいなかった。壊された檻の近くに一人、少年が倒れていたのです」

 死神に続いて導さんが話した内容に僕は目を見開いて驚いた。匡さんも初耳なのだろう、僕と同じくらい驚いている。

 僕らを無視して導さんは続けた。

「研究員たちが残していた研究報告書等を読んで、その子が何千、何万の魂を食べた下級悪魔だとわかりましたが、問題は実験用の下級悪魔は二体いたはずなのに、その場には一人しかいないことでした。本来ならその子を消してから二人目を探すところですが、私は思いついてしまったのです。上手くこの子を使って悪魔を始末できないか、と」

「上手く隠したものだと私も思うね。こいつはその子を上から隠しつつ育てるために三獣隊を創って、隔離するために自らの魂の一部を使ってあの建物を造ったのだ」

「上には研究員たちは逃げ出した下級悪魔に食べられ、その悪魔は私が捕まえて始末したと報告して、その子に関しては誰にも報告していません。幸い、私しか見ていないことでしたし。その子はずっと意識不明でしたが、意識が戻った時に意思の疎通ができなければ消せばいいと思っていたので三獣隊の建物ができるまでは自室に放置していました。そして意識が戻った時、自分の事を何も知らない赤子のようでしたので、当初の目的通り悪魔退治に利用することにしました」

 導さんの話を聞いている間、ずっと匡さんは自分の拳を握りしめている。それが見えていても、僕は黙っていることしかできない。口を挟むのは、僕がするべきではないからだ。

「こいつが上に報告しなかったのは、報告すれば間違いなくその子が消されると判断したからだ。同じ量の魂を食べたであろう悪魔が二体いるのならば、その脅威を一体でも減らす考えをするのが上だ。だがこいつはその悪魔同士でつぶし合わせる案を思いついたんだ。人の姿をした悪魔を見た瞬間にな、恐ろしい奴だ」

「最初は本当につぶし合わせて、どちらも消えてもらう予定でした。けれど──」

 導さんの言葉を、匡さんの行動が遮った。

 双剣で自身の腹を刺したのだ。それも一回ではない、深く刺しては抜いて、また深く刺そうとするのだ。

 いきなりのことに僕と死神は動けなかったが、導さんはすぐに匡さんの両腕を掴んで止めた。

「な、んで、なんで、消して、くれなかった……ですか……」

 腹から、口から、大量の血を流しながら匡さんは泣きそうな声で導さんに今すぐ消えたいと懇願しているが、導さんは匡さんの腕を離さなかった。

「悪かったと思っています。けれど、あの日逃したもう一体の悪魔も匡と同じように、人になっているとしたら、もう匡でないと太刀打ちできません。死神の弱さは知っているでしょう」

 子供に言い聞かせるように導さんは話す。匡さんは双剣を床に落とし、導さんに力なく倒れかかった。気絶したのだろう。導さんが上着で腹部を止血し、ソファーに寝かせた。

「……育てていく内に情が移ったと言えばいいものを」

 導さんに聞こえるように死神が呟いた。僕は見守ることしかできなかった。

「それに外傷で消えないのは知っているだろう。わざわざ止めなくともよかったでは」

「匡が消えたら誰も、もう一体の悪魔を始末できません。そう伝えなければ消えるところでしたよ」

「だがまだ全部話していないだろう。どうするのだ?」

 二人は意識のない匡さんを見て悩んだが、すぐに導さんが頷いた。匡さんには後で自分が全てを話す、と。

「では続けようか。こいつが狩崎氏を利用する気で育てていく内、問題が起きた。狩崎氏は悪魔と大量の魂が混ざった魂故に、悪魔から好まれ、いい囮になったが、狩崎氏自身が己のミスを極度に恐れ、仕事を放棄したのだ。救えなかった魂に対しての罪悪感と己の無力感から判断が鈍り、ミスを連発した結果、仕事ができないと引きこもったのだ」

「それに困った私は、研究員たちが残した研究報告書を頼りました。匡のベースは悪魔ですが、大量の魂が入っている。そこで私は感情を一つの魂に集め、取り出せないかと考えました。そして己のミスを恐怖する魂ごと匡から抜き取ったのですが」

「結果、それは成功だった。狩崎氏は仕事に復帰できたが、こいつは抜き取った魂の処理を間違えた。その場で消せばよかったものを、転生させたのだ」

「その時はまだ死神としての感情が残っていたので、転生できるのならば、と思いましてね。こっそり転生をさせたのですが、今度は匡がブレーキの利かない子になってしまったのです。消失を恐れない戦い方は……獣のようでした」

 鎖を使って逃げる悪魔を捕まえる匡さんを想像して、なるほど獣のような戦い方をしそうだと思った。

 見たことがなくとも不思議と容易に想像できた。

「本命の悪魔を倒す前に消失しては困ると思った野登が死神に報告。そしてナビをつけるように指示が出たのだが、そこでまた問題が発生したのだ。此処は野登が作った建物。空気が合わない者は存在を保っていられないのだ。私は例外だが、死神のほとんどは此処の空気が合わない」

「そこで私は現世に転生させた匡の魂の一部を思い出したのです。あの魂なら此処の空気に合い、匡とも相性が良いだろうと」

 聞いている内に気づいてはいた。匡さんや導さんが最初から僕をやけに信用したり、僕を此処に連れてきたスーツの男に嫌なものを見るような目で見られたことを思い出して、納得した。

「僕が、匡さんの魂の一部だったんですね」

 死神と導さんは同時に頷いた。やはりそうだった。

 僕は匡さんの欠落した感情だったのだ。

「そして紀川氏が来てから狩崎氏は元のように安定した仕事をするようになったのだが、やはり元は一つだった魂が共鳴しているのか、悪魔が以前より狩崎氏を狙うようになっているのだ」

 死神が話しているのは匡さんを道連れにしようとする悪魔のことだろう。

 これからの事を話すのだろうか、死神は頭を抱えて深いため息をついた。

「私の予想ですが、匡を道連れにしようとする悪魔はあの時の悪魔と関わっているのではないのかと思うのです」

「そのアバウトな予想について調査、対処、するまで紀川氏を此処で働かせると言うのだ。紀川氏の意思を尊重するが──どうする」

 先程の僕の答えを聞いていながらもう一度聞いてくれるのは、死神の優しさだろう。

 けれど僕の意思は変わらない。首を横に振ると、やっぱりという顔をして死神は肩をすくめた。

「この件に関しては、狩崎氏と紀川氏の事を伏せて上に報告をする。道連れをする悪魔の裏に上級悪魔がいる可能性がある──そう報告すれば上も納得するだろう」

 頭を掻きながら書類をわたす死神に、礼を言いながら導さんはいつものように笑った。

「後は狩崎氏だな。野登、自分のせいなのだからきちんと話せよ。この先どんな悪魔が出ても対処できるのは、今のところ狩崎氏しかいないのだからな」

「貴女に言われなくても、わかっていますよ。さっさと行ってください」

 血まみれで横たわる匡さんはまだ意識が戻らない。死神が出て行った後、僕は心配だったが二人だけにすることにした。

「……これから忙しくなりそうだな」

 匡さんと同じ人型の悪魔がいるとすれば、なぜ今まで姿を現さないのか。

 他の悪魔が道連れにしようとする理由もわかっていない。これからの事を考え、僕は資料室でこれまでの記録を確認することにした。

 何かしていないといけない気がしたんだ。

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