第19話 予想外の回答

 しばらく待っていると書斎に見知らぬ男が入ってきた。狩崎氏以外の若い男は他にいない。こいつが紀川氏か。

 狩崎氏と同じくらいの身長だが、筋肉がそんなについていない。上への報告通り、最前線へ出すつもりはないようだな。私を見るなり気まずそうに野登に視線を送るあたり、気は小さそうだ。

 野登が笑顔で手招けば小走りで書類をわたしに入ってきた。

「すみません、伊万里さんからこれをわたすように言われまして……」

「ああ、食堂の改善希望箇所の報告書ですね。ありがとうございます。伊万里さんに確かに受け取ったと言ってきてくれますか」

 やり取りをただ眺めていたのだが、狩崎氏を大型犬に例えるなら紀川氏は小型犬だと思う。つい悪戯をしてやりたくなるような感じだ。

 書斎から出ようとした紀川氏を引き留めてみた。

「紀川氏、現世に帰りたいとは思わないか? 帰りたいなら遠慮せずに言ってもらえれば、死神である私の権限で帰してあげよう」

 野登から殺気を感じるが、無視して紀川氏の反応を見てみる。突然の質問に豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

 此処に無理矢理連れてこられたのだ、不満も未練もあるだろう。望むならば、死神として現世に帰してあげる義務がある。

「え、えっと、今はどうしても帰りたいとは思わないです」

 予想外の答えに私は思わず同じ質問をした。だが紀川氏は帰らないと首を横に振るだけだった。

「守君に絡むのは止めてくれませんか? 守君、この死神の言うことは気にしないでください」

 報告書を私の目前に突き出し、有無を言わさぬ口調で野登が紀川氏を書斎から退出させる。こいつが怒るのは久しぶりに見た気がする。

「そんなに絡んではいないだろう?」

 報告書を受け取り、目を通すために座りなおす。こいつが何を考えているのか少しでもわかれば、と思ったが、報告書には予想外のことしか書かれていなかった。

 何度も読み返して自身の読み間違いではないと確認をしてしまう。

「これは──どこまで報告している」

「貴女に報告していること以外、どうやって上に伝えるのですか? そこに書いたことは全部、誰にも言っていない事です」

 珍しく野登が笑っていない。真剣な顔にこちらも気を引き締め、もう一度報告書を読む。

 私は上に報告するべきかこめかみに手を当てて悩んだ。

「これを上に報告すれば、確実にお前は消されるぞ」

「それは知っています。私は消されてもかまいませんが、匡と守君は見逃してくださいね」

 報告書の書き方を見ればこいつが真剣なのはわかる。狩崎氏と紀川氏を庇う文面もある。私は更に悩み、両手で頭を抱えた。

「なんでもっと早く報告してくれなかったんだ……」

「報告しても、原因を消すだけでそれ以外の対処する気がないでしょう、死神は。だから私は死神を辞めて此処に来たのです」

ああ、こいつはいつもこうだ。

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