第16話 適応する努力

 僕の一日は導さんからの指示から始まる。指示がないと、今か今かと時計を頻繁に確認してしまう。

 仕事が慣れた頃に支給された二十四時間腕時計は多機能で、アラーム機能、通信機能等がある。通信機能はこの建物内ならば使えるのだが、建物外では使えないらしい。

 今のところ主に呼び出しの時に使われる。その呼び出しがない限り、僕と匡さんはこの建物内で自由に過ごしている。

「この腕時計、現世にあったら便利だよなぁ……あ、携帯があるか」

 ベッドに寝転んで腕時計をジッと見る。娯楽がない空間なのに不思議と現世に帰りたくなったり、恋しくなったりしない。それは此処が特殊な場所だからなのか、現世に未練がないからなのかわからない。未練がまったくないかと聞かれれば嘘だが、定期的に見ているテレビ番組を見逃すくらいだ。

「友達もそんなにいないし、親は地方の田舎だし、会社の付き合いもそんなにないし。僕がいなくても、大きな変化はないだろうな……」

 今日はまだ指示がない。

 ベッドに寝転んでいると、現世での自分の立場や、此処に来なかったらどうしていたか、此処で自分がミスをして消える魂のこと等を、いろいろ考えてしまう。

 ついネガティブに考えてしまうこともある。

「ああ、この考えはマズイ」

 そう思った時は決まって自室から出ることにしている。いつもなら食堂や書斎で落ち着くまでいるのだが、今日は匡さんの部屋へ行ってみることにした。

 以前、導さんに言われた匡さんの武器を、全部見せてもらおうと思ったのだ。

 短い髪を手櫛で整え、寝巻きを脱いで、支給された白いワイシャツのボタンをしめ、外に出ても大丈夫な格好になったことを確認してから自室を出た。

「ちょうど武器の手入れをしていたところだ。触らないなら見てもいいぜ」

 運よく自室に匡さんはいた。

 別に触る気はなかったので、頷いて部屋にいれてもらった。少し薬品の臭いがしたが、我慢できる程度なので椅子に座って見学をすることにした。

「いつもモニターで見ているから、そんなに面白くもないだろ?」

「実際に見ておいた方がいいかと思いまして。それに匡さんの武器を全部把握したいので」

 いつも投げているナイフをテーブルに並べ、布で拭きながら匡さんは苦笑いした。僕がモニターで見ている武器が全てだと言うのだ。

「導さんから鎖も使うと聞いたのですが」

「それはナビがいない時の話だ。自身の危機を察すると、悪魔は傷を癒すために逃げようとするんだ。そこで逃さないように鎖を使っていたが、今はお前がいるから使う必要はないだろ」

 そうは言うが、僕のミスも視野に入れておいてほしい。匡さんは僕を信用し過ぎるところがある。此処に僕が来たときから、匡さんは僕をやけに信用している。前に理由を聞いたが言葉にできない、と言われてしまった。何故か信用できるのだと言われても、こちらは不安になる。

「もし僕のミスで悪魔を逃すことがあればどうしますか?」

 大量のナイフを慣れた手つきで手入れしていく匡さんの手は止まらないまま、口元だけ笑った。

「別に? 逃したならまた現れた時に始末するだけだ。お前のナビがあれば奇襲も防げるし問題ないだろ」

 ナイフをしまい、双剣を取り出す。シンプルな黒い片刃。手に持つ柄の部分が銀色の綺麗な双剣だ。大型の悪魔を始末する時や防御の時に使う武器だ。

 たまに双剣も投げているが、大体は近接攻撃の時に使っているように見える。

「お前なら大丈夫だって」

 納得できない顔をしていたのか、匡さんは苦笑いしながら大丈夫、と繰り返し言った。

 僕は大丈夫ではない。

 仕事の時は顔や行動に出さないように必死だが、今でも怖い。此処の感覚に少しは慣れたが、この間の死神が悪魔に食われた時、平気なふりをしたが内心は怖くて怖くてたまらなかった。蛇が鼠を食べるような光景。違いは食べられた鼠はこの世から完全に消えること。

「……慣れないです」

 思わずポツリと出た言葉は本心だ。匡さんはわかっていたのだろう、何も言わずに双剣の刀身を紙で拭いている。

「魂が消えるって想像しただけでも怖いのに、この間の死神が食べられるのをモニターで見て、こんなにあっけなく消えてしまうんだって……」

 死神が食べられる光景を思い出して言葉が出なくなる。仕事の時は平気だったのに、それ以外の時はどうもダメだ。匡さんは刀身に粉をつけ終わると、また紙で拭き始めた。

「別に慣れなくていいぜ。むしろ慣れてなくて安心した」

「それは、どういうことですか」

「それくらいの気持ちでいてほしいってことだ。俺や上司は守のような感情が無い時があるから、つい非道な選択をすることがあるが、守を見てるとそういうことを選択したくなくなるんだ」

 双剣の刀身を立てて、手入れのし忘れがないか確認しながら匡さんは僕を見て笑った。

「別に面白がって見てるわけじゃないが上司は守を見て判断する時あんだぜ。この間の死神の件を受けたのも守の反応見るためらしいし」

「僕のことオモチャにしてません?」

 面白がって見てないと言うが、完全に面白がられている気がする。匡さんはともかく、導さんは僕をオモチャにしている気がする。

「してない、してない。けど、上司が俺に保守的な行動をするよう命令してくるあたり、守の影響だろうな。昔はもっと攻めていけ、追撃しろ、突っ込めって命令があったけど最近は減ったしな」

「……僕は匡さんや導さんの役に立っていますか?」

「いないと困るくらいだ。今のままの守が必要なんだ、あんまり暗く考えんな。いつも仕事以外の時間になると沈んでるって伊万里さんが聞いたけど、なんかあったら俺が話くらい聞いてやるから、今日みたいにいつでも来いよ」

 手入れの終わった双剣を鞘に納める匡さんが、頼れる兄に見えた。

 武器を見たいって理由をつけていたが、自分自身でも気づかなかった本心は、匡さんに不安や自分の気持ちを話したかったのかもしれない。

「ありがとうございます、匡さん」

 頭を深く下げると、匡さんは気にするなと笑って言ってくれた。

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