第10話 震撼
此処に朝夜は無い。導さんから貰った二十四時間時計を見て動くので、もう此処に来てどれ程経つのかわからない。だが仕事を一人でできるようになったので、それなりに長居している気がする。
「そうだ、伊万里さんに洗濯物を片付けるよう言われてたんだった」
二人から此処について聞いた後、僕は個室で倒れるように寝た。しばらくして起きると疲れはとれたが、重く圧し掛かる責任は軽くならなかった。次の仕事が怖くなったが、匡さんが個室に来てそんなことを言っていられなかった。
「近々くる仕事は中級悪魔の始末だ。低級悪魔ならナビが不安定でも大丈夫だが、中級悪魔以上だと俺が食われる可能性がある。その仕事が来るまでに一人前になってもらうからな」
真顔で、目を見て言われて、怖いなんて言って仕事を嫌がってなんていられない。誰かの魂だけでなく匡さんも消える。自分のミスで、だ。
「今日のように仕事を詰め込むが、大丈夫そうか?」
心配そうに僕の顔を覗き込む匡さんに、ただ頷いて頑張るとしか言えず、怖いなんて言えなかった。だが匡さんはわかってくれた気がした。震えていた僕の頭に手を置いて、ご飯を食べに行こうと言って個室から出してくれた。
個室を出ると仕事をしなければならない気がして一人では出られなかったのだ。
「俺も最初は怖かったよ。自分が食われるか、人の魂が食われるかの最前線で咄嗟の判断が迫られる時とかな」
あまり広くない食堂で、匡さんは僕を元気づけようと自分の初仕事について話してくれた。最前線で動く匡さんはナビの僕より怖かっただろう。
僕は人の魂が消えるのが怖い。だが匡さんはそれに加えて自分の魂も消える可能性があるのだ。話を聞いていくうちに、自分ばかり怖がっている場合ではなさそうだと思えてきた。
匡さんが仕事で席を外した後、食堂で一人になって少し自分の思考に余裕ができた。
「死んだ後でもお腹が減ったりするってことに驚いたなぁ。あと風呂に入って洗濯しないと臭くなるって面倒くさいな。死んだら無臭になってくれよ……」
ぽつりぽつりと頭に浮かんだ不満を、思わず言葉にして呟いてしまう。此処では死んでも生活は生きている時と変わらないのだ。
自分の個室、もう自室と呼ぼう。自室に戻ろうかと席を立つと、食堂の奥の厨房から出てきた伊万里さんが、綺麗にたたんだ洗濯物をわたしてくれた。
「守は匡のように派手に汚さないから、洗濯物が楽で助かるよ」
「僕はデスクワークですから。匡さんは最前線に出ますし、仕方がないですよ」
此処で僕らの身の回りの世話をしてくれる伊万里さんは、笑いながらそれもそうだねと言って厨房へ戻った。
伊万里さんは恰幅がよく豪快に笑う女性で、此処のお母さんってイメージの人だ。見た目だけの年齢だと導さんより上に見えるが、匡さん
僕の洗濯物はほとんどがワイシャツとスラックスだが、一つだけ此処に来た時の服がある。此処にいると、もう死んで此処にいるのだと思ってしまう時があるのだが、まだ仮死状態なのだと思い出せる唯一の物だ。
「まあ、此処で年齢なんて関係ないよな。浦島のように生き返ったらおじいさんとか……ないよな」
洗濯物を落とさないように持ち直し、自室へ戻ることにした。
現世では童顔故に学生に間違われて苦労したが、此処だと年齢が関係ないので少し嬉しい。成人済みなのに、必ず居酒屋で年齢確認されていた事がいい思い出になりつつある。
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