第8話 補習

 現世から帰ってきた匡さんは、導さんに指示の文句を言った後に、僕のナビを褒めてくれた。

 遠隔攻撃をしてくるとは思っていなかったようで、黒焦げにされたのに驚いたと言う感想だけしか言わなかった。てっきり僕にも文句を言うと思ったのに。

「匡、守君に此処のことを詳しく説明するから着替えてきてくれ」

 ここに来てあまり説明もないまま仕事をさせられたが、冷静に考えるとここがどこだかよくわかっていないし、正体不明の二人と働くのも怖い話だ。

 書斎で匡さんが来るのを待っている間、導さんは本を読んで僕の方を見なかった。

「お待たせしました」

 匡さんが書斎に戻るなり、導さんは本を閉じて口を開いた。

「さて、なにから話そうか……此処の詳細、そして私たちについて、この順番でいいかな」

 最初に匡さんにわたされた本で学んだことをまず話した方が早いだろうと思い、僕は知っていることを二人に話した。そして予想外に覚えてきたものだと褒められて逆にこちらが驚いた。社会人になって初めてこの程度で褒められたから。

「死神が魂を回収し、三獣隊が悪魔の始末。それはわかりましたが、お二人は何者ですか? 死神とも幽霊とも言えない存在だと導さんは言ってましたが……」

「まず三獣隊について補足してやるよ。本来なら悪魔の始末も死神の仕事だが、上級悪魔が相手だと始末に失敗して魂を盗られることがある。そこで悪魔を始末することが専門の三獣隊を創り、上級悪魔が来ても三獣隊が時間稼ぎをして死神が確実に魂を回収することにしたんだ。だが三獣隊が出るのは死神が手に負えない中級以上の悪魔が出た時のみ。悪魔の始末が専門といっているが、単に死神が仕事をこなせるように囮になる隊だ」

「そして悪魔は人の魂を主な餌にしている。三獣隊の最前線に立つ者は、死神が回収する魂より上質な魂でないと囮にならない。そして此処での死は、魂の消失だというのが注意点だね。転生も救いもない消失は、生前の死と同じで逆らえないものと思っていてくれればいいよ」

 匡さんの補足で僕のイメージしていた三獣隊が変わった。囮がメインの仕事なんてものがあるとは思わなかったし、簡単に言う匡さんや導さんが怖くも感じた。

「ではお二人は元人間で、上質な魂だから三獣隊に入ったんですか?」

「確かに私たちは元人間だ。だが私は上質な魂、と言われればそうではないかな。三獣隊に入る条件は死神から逃げないこと。これだけを守れれば誰でも入れる隊と言ってもいいくらいだよ」

「三獣隊は死神の直属機関だ。死神は三獣隊がなければ回収を難なくこなせない。だから悪魔を目の前に逃げられたりしては困るだろ。だから三獣隊は死神と、逃げないと契約を結ぶ。契約違反はすぐに死神に消されるだけだが、別に逃げる必要もないと俺は思っている」

「それに上質な魂は最前線に立つ者だけでいいんだ。匡は特殊な魂でね、悪魔が寄り付きやすいから三獣隊に入ってもらったんだ。私は元は死神だったけど、訳あって此処で三獣隊の運営をしているだけさ」

 二人からすれば現世でいうところの企業説明を話す感覚なのだろうが、僕は人の命がかかっている話を簡単に聞けない。さっきから嫌な汗が流れている。

 悪魔に食べられた魂は文字通り消えてしまう。それは転生も何もない、本当の消失なのだ。それを阻止する三獣隊の最前線に立つ匡さんも、悪魔からすれば餌。

 ならば失敗は消失を意味する。死ぬだけでも怖いのに二人は既に死んでいて、さらに消失という恐怖と隣り合わせで此処にいて、そんなに笑っていられることが、僕には信じられないのだ。

「私たちが死神とも幽霊とも言えないのは永く此処にいるうちに、よくわからないモノになっている。と言った方がわかりやすいかな? 悪魔に食べられない限り存在するから、もう自分たちが三獣隊ということ以外で何なのかわからないんだ」

「悪魔さえ狩れれば何者でも関係ないからな。だけど現世で人に姿が見えるわけではないから、人ではないのは確かだな。これで大体は説明したか?」

「ええ、まあ……」

 平凡な日々から一変、とんでもない所に連れてこられてしまった。

 何故僕が此処に連れてこられたのかまで聞く気が起きず、俯いてしまう。

「いきなり色々なことを詰め込んで疲れただろう? もう休んだ方がいい」

「はい……」

 導さんに言われてやっと立つことができたので、自分の個室に行くことにする。

 少しふらついていたのか、匡さんに大丈夫かと言われたが小さく頷くことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る