第7話 試金石

 匡さんが扉を閉めるまで見送り、僕らは書斎へ向かった。導さんの個室でもある書斎が、僕の仕事場所なのだ。

 最初ということもあり、導さんが隣で見ていてくれるらしい。

「最初にやることはわかるかい?」

「はい。まず匡さんを探して、次に匡さんのいる場所からもっとも近い悪魔を探します」

 深呼吸をしてから片耳に無線をつけて、機械を起動させる。隣で導さんが楽しそうに笑っているが、気にしていられない。

「わからなくなったら助けるから、できるところまでやってごらん。匡、聞こえているかい? 守君の指示がくるまで待機しているように」

 初めて就職した時のように緊張したが、すぐに匡さんを見つけることができた。モニターに映る匡さんは動かずにジッと僕の指示を待ってくれている。すぐにマッピングを開始し、悪魔を探す作業に移る。思ったよりスムーズにできている方ではないだろうか。隣の導さんも何も言わずに笑って見ている。

「守、俺を見つけたか?」

「はい! えっと、そこから北の建物三つ越えた所に悪魔の反応です!」

 方角や場所等は機械が割り出してくれるので、僕はその結果を匡さんに報告するだけ。それだけなのに何故か大声になってしまった。

「報告だけで力むな。俺が悪魔を始末している間に周辺の警戒を頼むぞ」

 僕の返事を待たずにまっすぐ走る匡さんに、隣の導さんがクスクス笑う。久しぶりにナビがいるので楽しんでいるらしいのだ。

「いつもは自力で見つけて倒していたから楽しそうだね。守君と雑談しながら狩りたいくらいだと思うよ」

「そ、そんなことして邪魔したら不味いんじゃ……」

 導さんの冗談に苦笑いしている間に、匡さんが悪魔と遭遇したようだ。

 狼に角がついているのだが、機械が悪魔と判断するまで凶暴な野犬か悪魔か、よくわからない姿だ。下級の悪魔は姿が獣なので慣れるまで見分けにくいと導さんが教えてくれた。

 匡さんはすぐに小型のナイフをいくつも投げつけ、悪魔の角や耳をそぎ落とす。頭や目をわざと外して足などをじわじわ斬っているように見える。

「思ったより小物だったから遊んでいるね。守君、ちょっと注意してくれるかい?」

「えっ? 匡さんに、ですか?」

「匡の悪い癖なのだけれど私が言っても聞かなくてね。この機械は簡単な遠隔攻撃ができるから、練習を兼ねて匡に攻撃してみようか。マッピングモードを維持したまま攻撃モードにすると、マッピング画面に丸い射程範囲が出るから、中心に標的を定めてこのボタンを押せば軽い雷を落とせるから。よし、匡の脳天に一発やってみようか」

 さらりと恐ろしいことを指示されたが、とりあえず従う。匡さんを画面の射程範囲の中心に合わせて、心の中で謝りながら攻撃ボタンを押すと、予想以上に大きい稲妻が匡さんに直撃した。

「ちょ! これ、簡単な遠隔攻撃にしてはすごい威力じゃないですか!」

 道路に倒れた匡さんは黒焦げになってピクリとも動かない。死んだのかと不安になって導さんを見れば、彼は満足げに笑っていた。幸い悪魔を倒した後に雷を落としたので周りは安全だ。

「初めてやったにしては良い命中率だね。匡は頑丈だからこれくらいでは死なないよ。それより守君、匡が起きるまで今の遠隔攻撃で周りの悪魔を攻撃しようか。匡が悪魔に殺されたら大変だからね」

「やっぱり悪魔って凶暴なんですね、ちょっと目を離した間にもう集まってきてます」

 先程は匡さんが倒した悪魔の一匹しかいなかったのに、今は五匹も匡さんに向かって集まっている。

 匡さんに当てないように悪魔に遠隔攻撃をして全滅させる。下級の悪魔だからか一発当てれば倒せたので、あまり焦りはしなかった。

 周囲が安全になったことを確認して導さんの方を見ると、真剣な顔でモニターを見ていた。だが僕の視線に気づくといつもの笑顔に戻った。

「匡は守君と同じ人間の魂を持っているから、悪魔からしたら良い餌になるんだ。だから守君が攻撃を外さなくて安心したよ」

 僕が遠隔攻撃を一発でも外していたら匡さんは悪魔に食べられていた可能性があったという意味だろうか。

 冷や汗がわき出てきた。今は外さなかったが、これからずっと外さない自信などない。

「失敗は一切許されない──ということですか」

「別に失敗をしてもいいのだけれど、匡が死なない程度にしてほしいところだね。念の為に緊急帰還のボタンはこっちにあるけど、匡の体に負荷がかかるからあまり使いたくはないかな。匡が死ぬ一歩手前なら使って構わないけどね」

 笑顔を貼り付けたまま淡々と話す導さんに、僕は一番怖い疑問を投げかけた。

「……導さん、僕はここを死後の世界の一つだと思っています。貴方や匡さんは死神なんですか? それとも幽霊? どちらにせよ、ここでの死はどういう意味ですか?」

 僕は真剣に聞いた。それなのに導さんは笑顔のまま答えた。

「たしかに此処は守君から見たら死後の世界だ。だけど私や匡は、死神とも幽霊とも言えない存在なんだよ。匡が帰ってきたら休憩も含めて私たちや此処について詳しく話そうか」

 導さんが指差したモニターを見ると、不機嫌そうな匡さんがこちらを睨んでいた。

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