七章 ラ・ド・バーンの魔法2
さて、三種の魔法使いのうち、残るは神官。これは唯一神に仕えて奇跡を行使する人間のことである。
唯一神は、性質としては
それが事実かどうかは誰も知らない。しかし、とにかく、唯一神の信者はそう主張している。
ともかく、唯一神は世界の創造者と言うことになっている。だから、唯一神にとって、この世に神は自分だけ。その他の神はすべて神の名を騙る真っ赤な偽物。人を惑わす悪魔。悪魔は滅ぼされなければならない。
それが唯一神の理。
もっとも、ラ・ド・バーンには少なくとも、一〇を超える唯一神の信仰がある。『少なくとも』と言うのは、広く世に知られていないマイナーな唯一神信仰もあるからだ。それらを含めたら何十になることか。
『何十なんて全然、『唯一』じゃないじゃないか!』
そうツッコみたくなるだろう。しかし、それが事実。だから、他の神(悪魔)を滅ぼす前に唯一神同士で争っている。『我が神こそが真の唯一神、お前の神は偽物だ!』というわけで。
身内同士で争ってばかりだから、なかなか勢力を拡大できない。マイナーな信仰が多いのもまさにそのためである。
なお、神官の使う『奇跡』の特徴だが――。
これが実は魔導法と同じものとされている。あるモノを別のモノにかえ、無から有を生み出し、死者を蘇らせることも――理論的には――可能。
神官たち自身は『まちがった神によるまちがった秩序を、正しい神の手になる正しい秩序に置き換えているのだ』と、主張しているのだが『魔導法そのものにしか見えない』と言うのが魔導士たちが口をそろえて主張するところ。
なお、『奇跡』を行使するためには特定の唯一神に信仰を捧げなくてはならない。
唯一神はどれも『他の神』の存在を否定する。そのために、巫女や魔導士が奇跡を行使することはできないし、神官が呪法や魔導法を使うこともできない。もちろん、巫女や魔導士が神官になることはできないし、神官が巫女や魔導士になることもできない。ちなみに、神官となるために性別は関係ないけれど『純潔』は重要である。恋愛や結婚は禁止だし、妊娠・出産もできない。
以上、ラ・ド・バーンには三種類の『魔法使い』がいるわけだが、そのうち、結婚して子供も産めるのは魔導士のみ。すでに母であり、グロウとの結婚を決めていたローデが魔法を使おうと思えば魔導士になるしかなかったのだ。
前述の通り、魔導法には危険がつきまとう。そのために、『母の家』では基礎をみっちり繰り返す以外のことはさせてもらえなかった。充分な制御力を身につけ、危険なしに魔導法を行使できるように。『プロ』が満足のいく魔導薬を作れないのは当然だった。
だから、ローデは毎日まいにちこうして練習している。一日でも早くグロウが認めてくれる魔導薬を作れるようになり、この道でも人々を笑顔に出来るように。
「……本当に熱心だな」
そんなローデの姿を見て――。
グロウは感慨深げに言った。
常に危険のつきまとう魔導法。練習とは言え師匠抜きで出来るものではないし、やっていいものでもない。だから、ローデが魔導薬を作る練習をするときにはグロウは必ず側にいる。
「当たり前でしょう。一日でも早く一人前になりたいもの」
ローデは振り向きもせずにそう言うと、魔導薬の調合をつづけた。
グロウがふいに動いた。後ろからローデに近づいた。いきなり――。
その身を抱きしめた。
「グ、グロウ⁉ どうしたの、急に?」
ローデはさすがに驚いて振り向いた。
グロウは道化の顔に悲しいほど
「……怒らないんだな」
「えっ?」
「おれが抱きしめても、お前は怒りもしなければ、嫌がりもしない」
「なに言ってるの、当たり前じゃない。あたしはあなたの妻なんだから。抱きしめられて喜びこそすれ、嫌がったり、怒ったりしたりするはずがないじゃない」
「……思っていなかったんだ。おれに抱きしめられて喜ぶ女がいるなんて。そんな物好き、いるわけがないとずっと、そう思っていた。でも、お前は……お前がいてくれて本当によかった」
「グロウ……」
「愛している、ローデ」
「グロウ」
ローデは腕をグロウの頭にまわした。そのまま引き寄せ、唇を重ね合わせた。
「だいじょうぶよ、グロウ。あたしはずっとあなたの妻。ずっとずっとあなたの側にいるから。愛しているわ、グロウ」
「ローデ」
そして、ふたりは限りない愛をかわしあった。
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