三章 流浪の道化魔導士

 鳳凰ほうおう大陸ラ・ド・バーン。

 そこは、巨大な恐竜や異界の魔物たちの闊歩かっぽする過酷すぎる大地。そのために人間たちは昔から丘を築き、そのまわりに防壁を巡らし、そのなかで暮らしてきた。そのためにいまでも都市のことを〝丘〟と呼ぶ。

 この〝丘〟を建設するのが〝丘を築くもの〟。

 〝丘を築くもの〟は過酷なる大自然に挑み、征服し、人類の生存域を広げる勇者として尊敬されてきた。そこから、〝丘〟の外に出て活動する人間を総称して〝丘を築くもの〟と呼ぶようになった。もちろん、一口に〝丘を築くもの〟と言っても様々な業種があり、業種ごとに名前がつけられている。一般的にはそれぞれの業種名で呼ばれることの方が多い。

 もともとの意味である〝丘〟を建設することを生業とする建設者。

 〝丘〟と〝丘〟を結び、文物の流通を行う交易者。

 探索と魔物退治を役目とする冒険者。

 そして、〝丘〟から〝丘〟へと渡り歩き、芝居や手品を演じて人々に娯楽を提供する道化師。

 ムーングロウはこの道化師だった。

 辺境の〝丘〟をまわっては道化師として一人芝居や手品を演じて人々を笑顔にし、魔導士として病気や怪我の治療に努め、薬品を作り、魔導具を作り、防壁を修理し、ときには自ら戦いの場に赴き、巨大な恐竜や魔物たちの脅威から人々を守る。

 それだけでも感動ものだが、ローデの心を貫いたのはムーングロウ自身のインタビュー記事。

 『見ての通り、自分はこんな顔をしています。小さい頃から人々に嗤われたり、避けられたりでいつもひとりだった。ひとりで泣いてばかりだった。世間を恨みもしたし、他の人たちを憎みもした。そのままだったらきっと世を拗ねたろくでもないおとなになっていたでしょう。

 でも、あるとき、ある人が僕を無理やり芝居小屋に連れて行きましてね。道化師の役をやらせたんですよ。素顔のまま、メイクもなしでね。とにかく、言われるままに必死に道化師の役をこなしましたよ。

 そうしたらどうです!

 皆が喜んでくれたんですよ!

 皆、笑顔で拍手をしてくれた。この顔のせいでいつも人から嗤われたり、馬鹿にされたり、嫌われたり、イジメにも遭ってきたこの僕がですよ。生まれてはじめて人を『笑わせ』たんです。『嗤われた』のではなく。

 そして、僕を芝居小屋に連れて行った人が言ったんです。

 『見ろ。皆、あんなに楽しんでいる。お前があれだけの観客を沸かせたんだ。喜ばせたんだ。お前の顔にはそれだけの力がある。どうせ、嗤われるなら思いきり格好良く嗤われろ』ってね。

 そこで僕は生涯、道化として人々を笑わせることに決めたんです。

 そして、修行中に辺境の住む人たちの苦労を知りました。そして、また思ったんです。辺境で苦労している人たちにこそ笑顔を届けたい、と。そこで、道化師としての修業と一緒に魔導士になる修行もした。毎日が必死でしたよ。それこそ、眠る間もないぐらい。でも、その甲斐あっていまではこうして辺境を旅し、人々に笑顔と安心を届けられるようになった。例え、ほんのわずかであっても。

 いまではこの顔が僕の誇りです』

 そう言って微笑むその表情、その顔立ちはたしかにピエロのようで珍妙なものだった。しかし、その目の輝きにローデは――。

 完全にやられた。

 記事とその記事に添えられていた写真。そのなかのムーングロウに完全に惚れたのだ。

 そうなればローデの行動は早かった。さっそく、ムーングロウのもとに押しかけ、出会うなり言ってのけた。

 「あたしと結婚して!」

 ムーングロウは目を白黒させたあげくに言ったものである。

 「なんの冗談です、お嬢さん?」

 「冗談なんかじゃないわ。あたしはあなたと結婚したいの」

 「冗談としか思えませんね。あなたのように若くてきれいなお嬢さんが僕と結婚したいだなんて。そんなことを真剣に思うわけがない。こんな珍妙な顔の男と」

 「ひどい! その顔はあなたの誇りじゃなかったの? あたしもそう思う。あなたは立派な人よ。あたしはあなたの生き方に惚れたの。好きになったの。だから、お願い! あたしと結婚して!」

 「でも、あなたはまだ二〇代でしょう? 僕はもう五〇過ぎだ。年齢的にも釣り合わない」

 「歳の差がなによ。昔とはちがうわ。あたしはもう子どもを産んでいる。子育てをしながら芝居や手品、魔導法の勉強をして、子育てが終わったらあなたの所にくる。あなたとの間に子どもを作る必要はないんだから歳の差なんて気にする必要はないでしょう。

 あ、もちろん、あなたとの間に子どもができたらそれはそれでいいことよ。でも、『子どもを作るため』に若い相手を選ぶ必要はお互いにない。いまどき、歳の差を気にするなんてナンセンスよ」

 「ナンセンスって……あなたが子育てを終えるまでに僕が他の誰かと結婚する可能性は考えないんですか?」

 「それならそれでいいわよ。他の人と一緒に嫁にもらってもらえば」

 あっけらかんとそう答えるローデだった。

 ムーングロウは開いた口がふさがらない、と言った表情だった。

 しかし、これは実はローデの方が普通でムーングロウが時代遅れなのだ。現在の樹木帝国では重婚、と言うか乱婚が認められている。本人同士の合意さえあれば何人の妻や夫を得てもいいし、お互いに複数の相手と結婚していることもめずらしくはない。そんな人間同士が集まって家族として暮らしている例もある。

 もともと、樹木帝国は北方の過酷な地に建てられた教会が巨大化して出来上がったものだ。そのため、婚姻に関してはかなり厳しい倫理観があった。それを、ウィッチタブルーという名の大洪水があっさり押し流し、新しい土壌を運んできた。

 「なんで、人生のパートナーがひとりでなきゃいけないの? 人生の目的なんて幾つもあるんだから目的ごとにパートナーがいてもいいじゃない」

 というその一言で。

 もっとも、これに関しては他ならぬウィッチタブルー自身がかなりの浮気者だった……という証言もあるのだが。

 ともかく、それが常識となってからすでにかなりの年月がたっている。それを思えばムーングロウの考えは相当に古くさいと言わざるを得ない。ともあれ、ムーングロウはローザの求婚をあくまでも拒否した。

 「あなたは若いし、魅力的だ。僕みたいな珍妙な顔をした年寄りなどよりずっとふさわしい相手がいる」

 というお決まりの台詞回しで。

 ローデはあきらめなかった。それからも時間を作っては押しかけ、口説きに口説いた。そして、とうとう言わせたのだ。

 「……あなたには負けた。わかった。あなたが本当にその気なら子育てを終えたときに来てください。そのときに結婚しよう」

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