二章 子育てしてから仕事をすればいいじゃない
大陸の形が四枚の翼を広げた
巨大な恐竜たちが
そのラ・ド・バーン大陸の北東翼、そこに樹木文明帝国ギルガメッシュ――通称・樹木帝国は存在する。
その樹木帝国には国内のいたる所に『母の家』が設立されている。
別名『母親たちの学校』。
若い母親たちが集まり、共同で子育てするための場所である。
事の起こりは洪水帝ウィッチタブルーの御代。『帝国史上最大の動乱』と呼ばれる混乱を経て帝位についたウィッチタブルーはそれまでのギルガメッシュ帝国の在り方を根こそぎ作り替え、変革帝、革命帝などと呼ばれていた。ところが、そのうちに誰かが『洪水帝』と呼びはじめた。
すると、たちまちその呼び名が定着した。
たしかに、ウィッチタブルーの行ったことは変革とか革命などと言う生易しいものではなかった。それまでのすべてを大洪水によってきれいさっぱり洗い流し、その上に新たな伝統を打ち立てるという荒っぽくも徹底したものだった。それを思えば変革帝とか革命帝などと言うお上品な呼称はそぐわない。
洪水帝。
まさに、それこそがふさわしい呼び名だった。それに――。
本人の性格的にもなんというか、その……。
ともかく。その洪水帝ウィッチタブルーの御代にも仕事と育児の両立で悩む女性は多かった。ウィッチタブルーは同じ女性としてそのための改革を行うことを期待されていた。その期待に対し、ウィッチタブルーはあっさりと答えた。
「仕事と育児を一緒にやろうとするから大変なんでしょう。育児を先にすませてしまえばいいじゃない」
出産には年齢的な制限があるが仕事にはない――若さが必要とされる特定の業種をのぞいては。そして、ほとんどの人間の場合、仕事で成果を出すようになるのは三〇歳を過ぎてから。二〇代の頃はそのときのために勉強し、経験を積む時代。
「だったら――」
ウィッチタブルーは言った。
「二〇代のうちに出産と育児をすませ、その間に必要な経験を積み、育児が終わってから学んだ成果を一気に爆発させる。それでいいじゃない」
そうして『母たちの家』、別名『母親たちの学校』を開設したのだ。
以来、帝国の子育ては根本からかわった。それまでのように個々の家庭で個々の親が子を育てるのではない。多くの仲間が協力して子を育てるのが当たり前となった。
基礎教育を終えた女性は希望すれば誰でも『母の家』に入ることが出来る。貴族や平民といった立場も、収入も関係ない。在籍中は一切、費用はかからない。『母の家』を出たあと、収入を得られるようになってから一定期間、収入の一部を寄付する、という形で返済される。この返済額は固定ではなく、あくまでも『年収の一部』という形なので高収入であるほど高額になり、低収入ならそれなりに、と言うことになる。そうすることで、誰でも無理なく『母の家』を利用できるようにしてある。
女性たちは『母の家』にいる間に恋人なり、夫なりを見つけ、子を産み、育てる。そして、子どもたちが親よりも自分自身の社会の方が大切になる時期を迎えると――だいたい一〇歳ぐらい――『母の家』を出て自分の道を歩みはじめる。
『母の家』は単に若い母親たちが集まって共同で子育てするだけの場所ではない。若い母親たちを支えられるようにプロのカウンセラーや保育士、経験豊富なベテランママのボランティアなどがいて若い母親たちを支えている。
ありとあらゆる情報が用意され、各分野を専門とする講師たちが常駐している。さらに、希望すれば様々な就労体験や、見習いとしての体験も積むことが出来る。母親たちだけではなく子どもたちも自分のやる気さえあればいくらでも学び、将来のための経験を積める仕組みになっている。
『母の家』には一切の制限がない。希望すれば誰でも入ることが出来る。
貴族の女性たちは我が子に最高の教育を与えるために『母の家』にやってくるし、貧しくて自力で子どもを育てることの出来ない女性は助けを求めてやってくる。
子どもたちは『母の家』で他の多くの子どもたちと出会い、顔見知りとなり、自然と人脈を作っていく。貴族と平民と貧民の子どもがともに遊び、ともに学び、『同じ仲間』として成長していく。千人の子どもがいればそのうちのひとりやふたりは出世して、社会的な影響力をもつ存在となる。つまり、『母の家』の子どもたちはひとりやふたりは『偉い人』とのつながりをもっているわけで、これは社会に出たあとで圧倒的な強みとなる。
孤児院としての機能ももっているので親のない子たちも『母の家』に集められる。この仕組みによって親に恵まれなかった子どもたちも、親格差に苦しめられることなく同一のスタートを切ることが出来る。あとは本人のやる気と能力次第でのし上がっていくことも出来る。
ローデもそうして子ども時代を過ごした。
大学を卒業してすぐに『母の家』に入った。その頃、子どもはまだいなかったが、子どもがいなくても、結婚すらしていなくても『母の家』に入ることはできる。『母の家』は恋人や結婚相手、子どもの父親を見つけるための場所でもあるからだ。名称は『母の家』であったり『母親たちの学校』だったりするが、男だって希望すれば入れるのである。
ローデは『母の家』に入ってすぐ、すでに在籍していた男性とつきあいはじめ、ほどなくして長子のホプシーを出産した。多くの人々に支えられて子育てしながら『さて、将来はどうしようか』と考えていた。
当時はまだこれと言った目標もなかったのでなにが自分に向いているか、なにがやりたいことなのか、それを見つけるためにとにかくあれやこれやと体験してみた。
そんなある日、ひとつの記事を見た。
『辺境の人々に尽くす流浪の道化魔導士ムーングロウ』の記事を。
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