第41話 エンターテイナー
前代未聞の事態に、会場は騒然となっていた。
観客の動揺も凄まじかったがそれ以上に大パニックに陥ったのはこの大会の運営であった。
死傷者が出てしまっただけでも大失態なのだが、それ以上に問題なのはそれが起こってしまったのが優勝者とゲストのエキシビジョンマッチの最中であり、死んでしまったのがゲストの世界最高の術士にして超有名人のヴェルナー・クランツであるという点だ。
まさに世界的な大損失である、いったい何人の首が飛ぶことになるのか見当もつかなかった。
今この会場内で冷静な思考を保っているものは誰もいなかった。
この事態を半ば予想していたリューヤですらそれは例外ではなく、あまりの出来事に唖然としたまま固まってしまっているし、事態を引き起こした張本人であるユーリやブリュンヒルデはあまりに作戦が上手く行き過ぎていることへの興奮で胸の高まりを抑えられないといった様子で、今にも笑い出しそうになっていた。
いや、ただ一人、ただ一人だけそんな会場にあって試合開始から一切表情を動かさず事の推移を見守っていた人物がいた。
その人物は視線をリング上から外すとそのまま空を見上げる。
「相変わらず好きですねこういうの……」
小さく呟くその人物――ティアリスの口調はどこか呆れを含んだものだった。
「後でちゃんと関係者のみなさんにごめんなさいをしないといけませんよ? あーあ、ほら、あの方なんか必死でどこかに電話をしています、可哀想に……」
まるで空に語り掛けるようにそう続けると、彼女は小さくため息を吐いてから再び視線をリングへと向けた。
「さて、結果はわかってるとはいえ、一応試合は最後まで見届けておきましょうか……」
相変わらずの無表情のまま、ティアリスはそう呟いたのだった。
「え、えー、とりあえず試合の裁定だけは下さねばなりません。ユーリ選手ルール違反により失格ま……」
「いんや、ユーリくんは失格負けじゃないぜ? だって、俺はこうして生きてるんだからな」
とりあえず自分に与えられた職務だけは果たそうとした司会だったが、そこへ割って入ってくる声があった。
しかもそれは、彼らの頭上、会場の上空から聞こえたのだ。
その場にいた全員が驚きながら見上げる、すると空に小さな黒い点のような物が浮かんでいるのが見えた。
一瞬それが何なのか誰にもわからなかった、しかし、すぐにそれが大きさを増してゆき、そして……
ドーンと派手な音を立てて、空から降り立ったのは、消滅したはずのヴェルナーであった! 彼は地面に着地すると、服についた汚れを軽く手で払った後、何事もなかったかのように話を続ける。
「いやー、俺ってやっぱエンターテイナーの才能あるわ。みんな俺が本気で死んじゃったって勘違いしてただろ?」
そうケラケラと笑う彼に対して、会場中は水を打ったように静まり返る。誰もこの状況に理解が追いついていないようだ。
ヴェルナーが、「あれ? ちょっと予想外の反応? 俺の予定ではここでみんな一気に盛り上がるはずなんだが……」などとぶつぶつ言っている中、最初に我に返ったのはユーリだった、彼は自らが消し飛ばしたはずの世界最高の術士に対して食って掛かるように叫ぶ。
「ど、どうして生きているんだ!? 確かにお前は僕の攻撃で消し飛んだはずじゃ……」
それに対してヴェルナーは極めて簡単な手品の種明かしをするマジシャンのように答えた。
「単に攻撃が当たる瞬間に思いっきり跳んだだけだぜ? 筋力強化なんて初歩的な技術だろ、まさか知らなかったのか?」
その言葉にユーリの顔が青ざめていく。
(そんな馬鹿なことがあるはずがない!!)
確かに筋力強化の術は知っているし、それを使えば高高度に飛び上がることは可能だろう。
しかし、あの時、ヴェルナーは衝撃波の衝突直前まで魔力を一切練っていなかった。それはつまり彼がほんの一瞬、0.01秒にも満たないわずかな時間であの一撃を完全回避するだけの魔力制御を行ったということになる。そんなことが可能なのだろうか? いや、不可能だ。少なくともユーリには絶対にできない芸当だった。
そして、ユーリが出来ないという事は世界の誰も出来ないという事とほぼイコールと言えた。
これはうぬぼれではない、表や裏の術士界に精通しているユグドラシルの構成員や関係者ならば全員一致の見解だったのだ、しかし現実として今ユーリの目の前でそれが行われた。
ユーリの頭を埋め尽くすのはあり得ないという言葉だけだった。
(確かにあいつは世界最高の術士、しかし、それは裏を含めなければの話のはず……! 表の最高なんて、裏の底辺にすら及ばない、その程度の存在のはずなんだ! それに、ヴェルナーの映像はテレビやネットで何度も見たけど、僕からしてみればしょぼい術士にしか見えなかった、なのにどうして!?)
ユーリの疑問は尽きなかったが、彼やユグドラシルは見落としていたことがあるのだ、それはヴェルナーの真の実力に関してである。
彼は世界最高の術士として多くの人間にその名を知られておりその実力に関しても皆の知るところとなっている、だから皆思い込んでしまうのだ、彼が人前で見せている姿や力が彼の全てで、それが彼の限界値だと。
スポーツの世界記録保持者を見て、本気でやればもっと凄い記録が出せるんじゃないかと思う人間は誰もいないだろう、それと同じことだ。
だが、ヴェルナーは違ったのだ、彼は本気を出すことなく世界最高の地位をキープし続けてきたのだ。
ようやくその考えに思い至った時、ユーリは愕然とした。
(知らなかった……僕たちは、ターゲットとしていた相手の事を何も知らなかったんだ……そして、それは致命的なミスだった、あ、あの男は、正真正銘の化け物だったんだ……っ!!)
それに気づいた時には既に手遅れだった。ユーリは目の前で起きている事態に対して何もすることができないでいた。ただ茫然と立ち尽くしながら見ていることしかできないのだ。
「ななななななな、なんと、ヴェルナー選手、無事です! しかも無傷! なんという魔力! なんという技術!! 少年よ舐めるな、お前は学生一だが俺は世界一だと言わんばかりにその貫録を見せつけております!!」
そんなユーリを尻目に、ヴェルナーの解説によってようやく事態を飲み込んだ司会の興奮した叫びに観客たちも大いに沸き立つ。
「うおおおおおお!!!」
「すげええええええええええ!!!!」
「さすがヴェルナーさんだぜ!」
「きゃあああああ抱いてー!!」
「かっこいいわ……!」
観客たちのボルテージは最高潮に達しており、会場中が熱狂の渦に包まれていた。その様子はまるでアイドルのライブのようだった。
「うきゃーーーーーー!! 見た? 見た!? あれがヴェルナー! 世界一の術士の実力よ!!」
観客席の一角ではヴェルナーに魅せられた者の一人、シルヴィが大興奮で騒ぐ中、クロードもピリアもリューヤでさえ唖然としていた。
「し、信じられねぇ……オレの想像してたのの数百倍は凄いぞあの人……一体オレたちの杞憂はなんだったんだ……?」
「あ、ああ、そうだな……」
ユーリによってヴェルナーが倒されユグドラシルの先兵が世界一の術士の座を手に入れてしまう、そんな未来はあっさりと打ち砕かれた。
色々と気を揉んだ自分たちが馬鹿みたいだ。
クロードの言葉に、リューヤはそう答えるしかなかった。
「と、とはいえこれで終わりとは思えん。まだ何かあるはずだ」
想定外過ぎる事態が起こったとはいえユグドラシルがこれで諦めるはずはない、そう考えリューヤは油断なくユーリに視線を向けた。
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