第40話 瞬殺劇

 観客席の片隅、計画の成功を確信しブリュンヒルデがほくそ笑む。


「さあ、いよいよ我らユグドラシルの名が世界を席巻する日がやって来たのです! ヴェルナーを倒し世界一となったユーリによって表社会は完全に掌握されるでしょう!」


 ブリュンヒルデの言葉に呼応するように、観客席からは割れんばかりの歓声が上がる。会場に再びユーリが現れたのだ。


「そして、ラグナロクによって古き神々――世界の支配者を気取るディオスコネクションを滅ぼし、我らが真の支配者となるです!!」


 それこそがユグドラシルの真の目的であった、現在世界を実質支配している大組織ディオスコネクションに取って代わり、全ての実権を握るつもりなのだ。


 彼女の視線の先では、先兵たるユーリが穏やかな、しかし邪悪な笑みをたたえ、ヴェルナーの入場を待ち受けていた……。




「大変長らくお待たせいたしました!! 大興奮の決勝戦に引き続き、皆さんをさらなる興奮のるつぼに誘うお楽しみイベントの時間がやってまいりました! 優勝者ユーリ・ケーネルくんと世界最高の術士にして超有名人あの、あの!! ヴェルナー・クランツさんとのエキシビジョンマッチでございます!!」


 司会の言葉と同時に鳴り響く拍手喝采、そして観客たちの熱狂ぶりは凄まじかった。


「やれやれ、大会本戦より盛り上がってんじゃないのか? ただのお遊びみたいなもんなのになぁ、そう思わないかい、ユーリくん?」


 リングの中央へと歩みを進めながら、ヴェルナーがからかうように言った。それに対し、ユーリもまた不敵な笑みを浮かべて答える。


「ふ……あなたにとってはお遊びかも知れないですけど、僕にとっては大事な戦いなんですから真面目に取り組んでくださいね、ヴェルナーさん」


「おーおー、殺気立っちゃってまあ。ま、お手柔らかに頼むぜ?」


 飄々とした態度で言いつつ、スタスタとユーリの前まで歩を進め、右手を差し出し握手を求めるヴェルナー。


 ユーリはそれを握り返すと、そのままぐいっと引き寄せて彼の耳元で囁いた。


「あなたの首を頂きます、ヴェルナーさん」


 その言葉を聞き、ニヤリと笑うヴェルナー。


「いいねそういうの、嫌いじゃないぜ? 大会中のさわやか君ぶりよりはよっぽど良いじゃないか!」


 そんなやり取りをしている二人を余所に、司会が試合開始の合図を出す。


「さあさあ、それではいよいよ始まりますよ! 世界最高がその貫録を見せつけるのか? はたまた超新星が新たな伝説を紡ぐのか!? 注目の一戦です!! レディィィィィゴォォォォ!!」


 開始と同時に、ユーリが動く!

 両手を胸の前で組み、魔力を練り上げていく。


 ビリッビリビリビリビリと空気が震え始める中、ヴェルナーは、


「な、なんだとー、とんでもない魔力じゃないかー」


 と驚愕の表情を見せる。


 無理もないだろう。ユーリの発する魔力は、常人のそれとは明らかに違うのだから。


「こ、これはすさまじい魔力の鳴動です! ユーリ選手、どうやらまだ実力を隠していたようです!」


 司会の言葉に会場内がざわめく。


「おいおいマジかよ……」


「あんな小さい子が、こんなに凄いなんて……!」


「信じられないわ……こんなの、ありえない!」


 ユーリの放つ圧倒的な力の前に、観客たちはただただ圧倒されるばかりであった。


「ヴェルナーさん、悪いけど、一瞬で終わらせてもらいますよ」


 ユーリはそう言って構えを取ると、両手から強烈な衝撃波を放った! 凄まじい轟音とともに放たれた一撃は、リングを大きく抉り取りながらヴェルナーに迫る!


「く、くそー」


 ヴェルナーはあまりの威力に避けることも防ぐことも出来ないでいるようだ。


 ユーリは勝利を確信し、笑みを浮かべる。しかし、その表情が怪訝なものに変わる。

 彼は見たのだ、衝撃波が到達する寸前、ヴェルナーが確かに


 刹那――


 ゴオオオオオオオオオオオオッ!! という音と共に巨大な爆発が起こる。爆風によって土煙が舞い上がり視界が遮られた。


 やがてそれも収まると、そこにはクレーターが出来ており、ヴェルナーの姿はなかった。


(なんだ、ただの見間違いか。ふふ、僕の攻撃で跡形もなく消し飛んだんだな)


 しかし、殺してしまったのはミスだったとユーリは反省していた。試合中の事故で片づけられるとはいえ、これでは自分は殺人者として民から恐れられ、支持を失くすことになるだろう。


(でも、まあいいか……。これで僕たちの目的は達成できるわけだし)


 あっさりと気持ちを切り替え、彼は自分の術の凄まじさに満足げな表情を浮かべていた。



「う、嘘よ……嘘よーーーーーー!!」


 観客席ではシルヴィが大絶叫を上げた、憧れのヴェルナーのあっけない最期にショックを隠しきれないようだ。


 そしてそれは観客たちも同様であった。


 彼らは皆一様に驚愕の表情を浮かべている。


 だが同時に彼らは理解したのだ、新たな世界一がここに誕生したことを。


「こ、これは……なんと言えばいいのでしょうか……。とんでもないことが起こってしまいました……ユーリ選手の一撃でヴェルナー選手がしょ、消滅してしまいました……あ、相手選手の殺害はルールで禁止されておりますため、試合はユーリ選手の反則負けということになりますが……」


 長い歴史ある大会の中で初の死傷者を出したことに動揺しているのか、司会は言葉に詰まってしまっているようだった。


 一方、当の本人であるユーリは特に気にする様子もなく平然としていた。


 人を殺してしまったというのにまるで悪びれる様子もない、彼の頭の中にあるのはこれでユグドラシルの計画が一歩前進した、という喜びだけだった。


 それだけこの少年の精神は、ユグドラシルの構成員になる過程において歪められてきてしまっていたのである。


 だが、当のユーリにその自覚はないようだった。何故なら彼にとってそれは当たり前の事だったからだ。


 むしろそういった良心と呼ばれる物が欠落してしまっているからこそ、ユグドラシルにとって都合の良い駒として育ったのだ。


 だから彼は疑問に思うことも無ければ気がつかない。自分のやっている事が正義のためだと信じて疑わないのである。


(ふふ、これで僕は世界一だ、大会自体は殺人禁止のルール違反で反則負けだろうけど、試合に負けて勝負に勝ったって奴さ、誰もが理解しただろう、僕が最強だということをね……)

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