第39話 少年よ胸を張れ

「凄い! あのグレッグって子もかなりの実力者よ! これはもしかすると、もしかするかも……」

 シルヴィが激突する二人の少年に目を向けながら、期待に満ちた表情で言った。

 グレッグが優勝すれば、ユグドラシルの計画は瓦解するかもしれない。そう考えたのだろう。

 しかし、それが甘い考えであることは明らかだった。

 確かにユーリとグレッグの戦いは一見互角、それどころかグレッグの方が押しているようにすら見える、しかし、実際はグレッグは遊ばれているだけなのだ、ユーリという強大な力を前に、彼ができることなど何もないのである。

 それを誰よりも肌で感じていたのは、当のグレッグ本人であった。

(こ、こいつ……強えぇ!! さっきからオレの攻撃を全部受け流してやがる!)

 その証拠に、既に彼は十回以上も攻撃をヒットさせているが、未だに決定打を与えられていないのだ。

(そうかよ、そう言う事かよ……。今までの試合全部手を抜いてやがったってのかよ。いや、こいつは今この瞬間も手を抜いてるってことかよ! ふざけやがって!)

 怒りが込み上げてくると同時に、グレッグの中で何かが弾けた。

 その瞬間、今までとは比べ物にならないほどのスピードでユーリに肉薄すると、全力を込めた一撃を叩き込む。

 ドゴォオオオンッ! 轟音と共に地面が大きく陥没した。

 だが、そこにユーリの姿は無かった。

「なっ!?」

 驚愕するグレッグの背後から声が響く。

「やるね、ちょっとだけ驚いたよ。だけどここまで。もう充分盛り上がったし、そろそろ終わりにするよ……」

 言葉と共に、首筋に当てられるユーリの手。

 殺される……グレッグの脳裏に浮かんだのはその一言だけだった。

「バン」

 ユーリが呟くと同時に、グレッグは吹き飛ばされ、リングに叩きつけられる。

「う、ぐ……うう」

 痛みに悶えるグレッグにユーリはゆっくりと近づき、手を差し出した。

「大丈夫?」

 優し気に言ってくるユーリの顔がグレッグには悪魔の微笑みに見えた。

「ギ、ギブアップ……」

 震える声で言うと、グレッグは自分の敗北を認めたのだった。

「勝負あり!! グレッグ選手ギブアップです!! この瞬間、学生術士大会の優勝者は、ヴァナヘイム学園のユーリ・ケーネル選手に決定しました!!」

 司会者が宣言すると同時に、会場中から歓声が上がった。

 手を上げ喜びを表現するユーリを眺めながら、グレッグはポロポロと涙をこぼす。

 ユーリに感じた恐怖、負けた悔しさ、それらが入り混じった涙だった。

 そんなグレッグに対して、ユーリは蔑むような視線を投げかける。

(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……)

 涙がとめどなくあふれる、エリート学校であるジニアース学園で最強を誇っていた自分がこうもあっさりと負けてしまったという事実を受け入れることができないのだ。

 観客たちは敗者であるグレッグのことなど気にせず勝者であるユーリへと惜しみない拍手を送っている。そんな様子もまた、グレッグの心を傷つけていくのだった。

「少年」

 しかし、ただ一人勝者のユーリではなく、敗者のグレッグに声をかける者がいた。

 それは解説席に座る、世界一の術士ヴェルナー・クランツであった。

 グレッグは初めヴェルナーが声を掛けたのが自分だと気づかずにいたが、再度呼びかけられようやく気づくことになる。

「泣くなよ、勝者よりも敗者のが得られるものが多いって言葉もあるぜ? それに、お前はよくやった、胸を張れよ、準チャンプ?」

 そう言ってニヤリと笑うヴェルナー、彼の言葉に呼応するように観客席からグレッグの健闘を褒め称える声が上がる。

 それを聞いているうちに徐々に落ち着きを取り戻してきたのか、グレッグの顔にも笑みが浮かぶようになっていた。そして彼は立ち上がると、観客に向かって深々と頭を下げたのだった。

「優勝者は、僕なんですけど、ね……」

 面白くないのは優勝したユーリだ、折角盛り上がってきたというのに水を差された気分になったのだろう、不機嫌そうな表情でそう言い放つ。

「駄目だぜ少年、最後の最後でさわやか君を辞めちゃ?」

 ククッと面白そうに笑いながらユーリにだけ聞こえるような声で言うヴェルナーに対し、ユーリはあからさまに不機嫌な表情を見せる。だがそれも一瞬のことですぐに元の笑顔に戻るとグレッグに目を向けて言った。

「でもまぁ……そうだね、僕もあくまで運が良かっただけだし、次やったらどうなるか分からないからね、僕も君の健闘を称えさせてもらうよ」

「いや、悪かったな、お前の優勝気分に水を差してさ。それに初日の事も謝るよ、お前は本当に強かった。改めて言わせてくれ、優勝おめでとう」

 そう言うと、右手を差し出し握手を求めるグレッグ。それを見たユーリはそれを握り返すのだった。

「素晴らしい光景です! これぞスポーツマンシップ! ヴェルナー氏の含蓄ある言葉に感銘を受けつつ、今回の学生大会を締めくくりたいと思います!」

 司会の言葉に合わせるように観客席から大きな拍手が巻き起こる。その中を、ユーリは笑顔で手を振りながらリングを後にしたのだった。


「やれやれ、とんだ茶番に付き合わされちゃった」

 控室に戻ってきたユーリはハンカチで先ほどグレッグと握手した右手を丹念に拭きながらぼやくように言った。その様子はまるで汚いものに触れてしまったかのような態度だった。

「だけど僕が優勝したことには変わりはない。さて、次はヴェルナーさんだ……」

 ユーリはニタッと笑うと、この後執り行われる予定のエキシビジョンマッチに備え、体を癒すべくリフレッシュルームに向かうのだった。



「予想は出来ていたとはいえ、とうとうここまで来てしまったな」

 ユーリの優勝を受け、観客席ではリューヤが険しい顔で呟くように言う。そんな様子を隣で見ていたピリアも心配そうな様子で彼の顔を覗き込んでいた。

「も、もし、あいつがヴェルナーに勝っちゃったらどうなるんだろう?」

 そんな不安を口にするピリアに対し、リューヤは静かに首を振る。

「正直なところ分からん。ユーリとユグドラシルの名が世界に轟くのは間違いないだろうが、それで何がどうなるのかまでは俺にも想像がつかないからな……」

 そう言って黙り込む二人だったが、シルヴィが拳を握りしめながら言った。

「ヴェルナーは負けない! 絶対に!!」

 こんな時でもブレずにヴェルナーのファン魂を燃やすシルヴィの言葉が、今は何よりも心強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る