第38話 因縁の決勝戦開始

 夜――

 リューヤは大会会場近くのホテルの一室で一人考え事をしていた。

(大会自体は何事もなく進行しているが、同時にここまでは完全にユグドラシルの思惑通りだ)

 そして明日の決勝トーナメント、ユーリが優勝しエキシビジョンマッチでヴェルナーを倒せば晴れて彼が世界一。

 彼を育成したヴァナヘイム学園とユグドラシルの名が世界に知れ渡ることとなる……。

(ただ組織として名を売りたいだけなら別に構わないが、おそらく奴らの真の目的はそんな生易しいものではない。なんとしても阻止しなければならないが……)

 だがその方法は今のところ思い浮かばない。

 奴らがルールに従って大会に参加している以上、こちらから妨害工作を行うことはできないのだ。

(ヴェルナー・クランツがユーリに負けないことを祈るしかないってのか? しかし、奴は世界一とはいってもあくまでも表世界の最強だ。裏世界での強者相手にどこまで戦えるか……)

 今のところそんなそぶりは見せていないがユーリは間違いなく裏の技術を叩き込まれている。

 それにユグドラシルが自信をもって送り込んできた奴だ、ヴェルナーが世界一だろうと厳しいと言わざるを得ないだろう。

 焦るリューヤをあざ笑うかのように、時間はただ無情にも過ぎていくのだった……。



 翌日――

 ついに決勝トーナメントが始まる時間となった。

 会場には出場者だけでなく、観客たちも集まり熱気を帯びている。

 会場では誰が優勝するのかという話題で持ちきりだった。

 ユーリは確かに快進撃を見せてはいるが、他の選手も負けず劣らずの実力者たちなのだ。

 何も知らぬ観客たちは誰が勝ってもおかしくは無いと思っているのだろう。

 しかし、リューヤたちにとってはもはやそれはどうでもいい事だった。

 優勝者がユーリになるであろうことは、ほぼ確定事項だからだ。

「それでは皆さんお待たせしました! いよいよ学生術士大会、決勝トーナメントをスタートします!」

 実況の声が響き渡り、いよいよ試合開始の時間が訪れた。

 観客席からは大歓声が上がる。これから行われる試合への期待感がそうさせるのだ。

 そして選手たちもまた、それぞれが闘志を燃やしていた。

 ある者は静かに、またある者は大声で叫ぶように、皆それぞれの想いを胸に秘めてステージへと上がる。

 大会の裏で蠢く物を知るのは、まだ極々一部の者たちだけであった……。


「さて、いよいよ本番か。ここからは気合を入れなおしていかなきゃ……」

 陰謀の渦の中心、ユーリは控室でそう独り言ちながら昨夜自室を訪れたブリュンヒルデから言われたことを思い出していた――

『ユーリ。ここからはより慎重に我らの計画を進めなければなりません。あなたの実力ならば優勝は容易いですが、試合では出来る限り相手の実力に合わせ白熱した戦いを演じてください』

『え? なんでわざわざそんなことを?』

 不思議に思うユーリだったが、次の言葉で納得することになる。

『万が一にでも裏の者だと気づかれるのを防ぐため、そして、ヴェルナー・クランツの油断を誘えるからです』

『なるほど、わかりました』

『それに……』

『まだ理由があるのですか?』

『ふ……試合を楽しみしている観客の皆さん方に瞬殺劇ばかり見せてしまっては、面白みに欠けるでしょう?』

 不敵な笑みを浮かべるブリュンヒルデ。

 彼女はまるでこの状況を楽しんでいるかのような様子だった。

(あの方もなかなのエンターテイナーだからなぁ。ま、僕もそう言うの嫌いじゃないけどさ)

 肩をすくめつつもユーリの口元には笑みが浮かんでいたのだった。



「ま、参った……」

「それまで、勝者ユーリ・ケーネル!!」

 一回戦、大激戦の末に全身に傷を負いながらも勝利したユーリに会場から大きな拍手が巻き起こった。

 ユーリは静かに敗北した選手の元へ歩み寄ると、右手をさっと差し出した。

 差し出された手を見た相手は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になり、その手をしっかりと握り返したのだった。

「いい試合だったね。どっちが勝ってもおかしくないほどに」

「おおっと、なんという素晴らしい光景でしょう! これこそ学生大会にふさわしいと言えるのではないでしょうか!?」

 実況の声に合わせるかのように、観客席からも割れんばかりの歓声が上がった。

 ユーリはそのまま相手に背を向けると、片手を上げながらステージを後にした。


「何あれ? わっざとらしぃっ!」

 観客席ではシルヴィが吐き捨てるように言った。

 彼女が嫌悪感を示すのも無理はないだろう。何しろユーリはわざと相手に攻撃させてその全てを甘んじて受けていたのだから。

 だが、観客たちはそんなことを知る由もないため純粋にユーリの勝利を喜んでいたのだった。

「まずいな……ユーリは完全に観客を味方に付けてしまった。また一歩ユグドラシルの計画が進んでしまったぞ」

 リューヤは苦虫を噛み潰したような表情で言った。そんな彼の耳に聞こえてくるのは、ユーリと彼を育成したヴァナヘイム学園――ユグドラシルへの賞賛の声であった。


 リューヤたちが焦りを募らせる中、ユーリは準決勝戦にも勝利を収める。

 楽に勝てる実力があるというのに、わざとらしくボロボロになりながら勝利するその姿に彼の裏を知らぬ者たちは皆感動していたのだった。

 そして、ついに決勝戦、舞台に立つのは二人の少年。

 一人はユーリ、もう一人は……。

「まさか、お前が勝ちあがってくるなんてな! 運がなかったな、決勝の相手がこのオレ様だなんてよ」

 そう言ってニヤッと笑うのは、大会初日にユーリに因縁を付けたジニアース学園のグレッグ・アンダンテである。

 彼はその実力をいかんなく発揮し、見事決勝戦まで上り詰めていた。

「そうだね、確かに幸運はこれまでかもしれない。でも、勝負は最後までわからないよ?」

 対するユーリは余裕の表情を見せる。

「相変わらずヘラヘラしたヤローだ、けど、ここまで来たお前の実力だけは認めてやるよ!」

 グレッグはそう言うと、拳を構える。

「だから、オレも本気でやる! 来い、ユーリ・ケーネル!!」

 その言葉と共に、グレッグの体から膨大な闘気が溢れ出す。

「やれやれ、仕方ないなぁ……」

 それに対して、ユーリもまた構えを取ると、一気に距離を詰めた。

 次の瞬間、二人の体が交錯した。

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