第37話 大会は進む、ヤツラの思惑通りに……

「ふふ、我らの手駒であるユーリがこの大会に参加したのを知り偵察に来たというわけですか、ずいぶん余裕ですねクロードさんたちは……」

 観客席西側――ユーリのサポートにために会場入りしていたブリュンヒルデは反対側東側の客席にクロードたちの姿を認め小さく笑いを零した。

「まあ、せいぜいユーリの実力に驚いてください。彼がヴェルナーを叩きのめした後で、あなたたちも殺して差し上げましょう……」

 クククと笑うブリュンヒルデだが、クロードやシルヴィと一緒にいるデータにはない青年――リューヤの姿を見て首を傾げる。

(誰でしょうか? クロードさんの仲間でしょうかね……? どこかで見た顔のような気もするのですけど……まあ忘れてるということはさほど重要な人物ではないでしょう、警戒するほどのことはありませんね……)

 とりあえずそう結論付け、リューヤの事はあまり気にしない事にした。

 その時である。

「あの、そんなところでぼーっと突っ立って考え事をしておられると物凄く邪魔なのですれども」

 突如後方から声を掛けられ驚きつつバッと振り向くと、銀色の髪をポニーテールにした少女が無表情に見つめてきていた。

 どうやら通路を塞いだ形に立っていたために邪魔だと思われたようだ。

 一瞬ブリュンヒルデはその少女の顔を見て、クロードと共にいた謎の少女と勘違いをしかけたがすぐに同一人物でないことに気付く。

(あの少女の身内……? いや、それはありませんね、もしそうならのんきに私に話しかけてくるはずがありませんし……ただの他人の空似でしょう)

 そう結論付けると、ブリュンヒルデは、「失礼」と軽く謝罪の言葉を口にし道を譲ろうと横へ避けた。

 少女は、「どうも」と愛想も何もなく返事しブリュンヒルデの横をすり抜ける。

 しかし、ふと足を止めて振り返るとこんなことを訪ねてきた。

「先ほどの試合はご覧になりましたか? あのユーリという少年はかなりの実力者ですね、隠している実力も含め彼の優勝は固いでしょう……あなたもそう思いませんか?」

 突然の世間話とも取れる質問に戸惑いつつも、ブリュンヒルデは少女の慧眼にほうと心の中で感嘆の声を上げる。

(ユーリの実力を見抜きましたか。この少女はなかなか見る目がありますね)

 ブリュンヒルデはせっかくなので、少しだけ彼女との雑談に興じることにした。

「そうですね、彼なら優勝……どころか、エキシビションマッチでヴェルナー氏に勝利し世界一の栄誉を手に入れるという未来すらあり得るかもしれません」

「そうなれば、彼の所属するヴァナヘイム学園、ひいてはユグドラシルの名は世界に轟くことになりますね」

 少女の言葉にブリュンヒルデはピクリと身を震わせる。

 何故なら少女の言った事こそ、ブリュンヒルデらユグドラシルがこの大会にユーリを送り込んだ狙いそのものなのだから。

 まさか少女は自分がユグドラシルの一員だと言うことや作戦を知ってこんなことを言っているのだろうかと一瞬考えるが、別にそうではなくても少し頭の回る人なら容易に行き着く推論であるから気にする必要などないのだと気を取り直す。

(ユグドラシル自体は非営利団体として表社会でもそれなりの知名度がある、この少女が知っていたところで何も不思議はない……我らの裏の顔や目的など知る由もなく言ってるだけ。我ながら少し敏感に反応しすぎましたね)

 内心自嘲気味に苦笑すると、ブリュンヒルデは改めて少女へと向き直り微笑みかけた。

「そのための大会という側面もありますからね。優勝者の出身校とその運営団体には箔が付くわけですよ」

 そしてこう続ける。

「まあ、ともかく今は大会を試合を楽しみましょう。まだユーリ少年が優勝すると決まったわけではありませんしね」

「ふふ、心にもないことを言うものですね」

「え?」

 一貫して無表情だった少女がキュッと目を細めながら、どこか小馬鹿にしたように笑うのを見て、ブリュンヒルデは思わず聞き返す。

「優勝はユーリです、あなたもそう確信しているのでしょう?」

(確かにその通りではありますが……)

 何故か自信満々な様子の少女を見て、やはりこの少女は何か知っているのではないかと思うも、確証もないのに問い詰めても意味はないだろうと思い直し口をつぐむことにした。

 そんな様子に気付いた様子もなく、少女はくるっと背を向けるとそのまま歩き出す。

「つまらない雑談に付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。私はそろそろ自分の席へと戻ります」とだけ言い残して、少女はその場から立ち去っていった。

(結局何だったのかよく分かりませんでしたね……)

 去っていく少女の後ろ姿を眺めながら、そんな事を思うブリュンヒルデだったが、気にしてもしょうがないと考え直し、クロードたちの監視を続行することにするのだった。



 大会は順調に進みいよいよ予選最終試合――各ブロックでは決勝進出に向け激しい試合の応酬が繰り広げられていた。

 Aブロックでは初参加の無名選手ながらその実力により一躍注目株となったユーリが大会一と呼ばれる超巨漢選手と対峙していた。

「キャー、ユーリ様素敵~!」

「そんな術士にあるまじき筋肉だるまなんてさっさと倒して下さいー!」

「大体本当に学生なの、年齢詐称とかじゃないでしょうねー!」

 この大会での活躍により、ユーリには早くもファンがついてしまい彼の試合が行われると会場がものすごい盛り上がりを見せていた。

 彼女たちにヘラヘラッと手を振るユーリに対戦相手の巨漢は憤慨したように怒鳴り声を上げる。

「そんなナメた態度、今の内だけだ! 覚悟しろ、ボコボコにしてやる!!」

 怒りに任せてずいっとユーリに迫る巨漢選手だったが……次の瞬間その体がぐるんとひっくり返り地面に叩きつけられる。

 衝撃でリングの一部が割れ土煙が巻き起こる中、巨漢選手は呆然とした顔で立ち竦んでいる……何が起こったか分からないのだ。

 ユーリはその一瞬の隙を見逃さず魔力を込めた拳を突き出す。

「ひいっ!」

 悲鳴を上げる巨漢の頬をかすめ、ユーリの拳はリングに直撃――その瞬間に会場中に地鳴りのような揺れが響き渡った。

 そう、拳の当たったリングがひしゃげたのだ。それでようやく何が起きたか理解できたらしい巨漢選手の顔が血の気を失い青ざめていく。

「ギ、ギブアップ……」

 巨漢選手の言葉に、審判が「それまで」と声を張り上げる。

「決まりました! Aブロックのユーリ選手、決勝進出です!! いや~どうですか、ヴェルナーさん、今の拳! 地面が揺れましたね!」

 興奮したように言いながらヴェルナーに話を振る実況アナウンサー。

「魔力強化による打撃は、筋力と魔力強化した肉体が合わさりその威力を増すんですが、ユーリ少年は華奢で肉体的にはそこまでのもんじゃない。にもかかわらずあれだけの威力が出るってことはつまりそれだけ魔力が高いということであり、非常に効率よく魔力を運用できているってことですな。それに加えてあの精密さは天賦の才があるとしか言いようがありませんね」

 実況とは正反対にヴェルナーは淡々とユーリの技を分析する。

 彼はユーリの実力を見ても全く動じた様子を見せていなかった。


「流石世界最高の術士ヴェルナーね、ユーリがどんな実力を隠し持ってようが、彼なら全く心配ないわ」

「全く、お前はヴェルナーの事しか、頭にないのかよ」

 ヴェルナーの姿が映るモニターをうっとりながら見つめ呟くシルヴィにクロードが呆れた声を出す。

「あら、あたしたちが気を配るべきは、ユグドラシルの目的が達成されるかどうかなのよ? それはつまり、ユーリがヴェルナーに勝つかどうかって事でもあるんだけど」

「そりゃそうだけど、なんか釈然としないんだよなぁ……」

 口を尖らせぶつぶつ言うクロードを無視し、シルヴィは再び実況席を映すモニターへと視線を向けた。

「このままいけば、ユーリは間違いなく優勝してしまうな。ヴェルナーとのエキシビジョンマッチ前に奴が敗退してくれるのを期待するのは無理そうだ」

 二人の様子を見ながらそう言って頭を掻くリューヤ。

 少なくともここまでは完全にユグドラシルの思惑通りに事が運んでいる。その事実に苛立ちを感じているのだ。

「くそっ、オレが学生だったら大会に出場してユーリなんてぶっ飛ばしてやったのに!」

「無理でしょ、クロードじゃ」

 拳を握るクロードにリューヤの懐からピリアが顔を出しツッコミを入れる。

「なにぃっ!? お前覚醒したオレの実力を舐めてんな!!」

「使いこなせない実力なんてないも同じだよ?」

 怒り心頭といった様子のクロードだったが、逆にピリアに諭されてしまい言葉に詰まる。

 そんなやり取りをしている二人を見てリューヤは苦笑を漏らすのだった……。

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