第35話 大会に渦巻く陰謀

「先生! 僕たち、私たちは!!」

(先生じゃなくて宣誓だろ……先生に呼び掛けてどうすんだ……)

 学生術士大会開会式、生徒代表の言葉を聞きながら、リューヤは客席で突っ込みを入れた。

 生徒代表として選手宣誓をしているのはグレッグという少年だ。

 超名門校ジニアース学園からの参加ということでここに集まった全ての学校の生徒の代表者として選ばれたのだ。

 その堂々とした姿はまさしく威風堂々といった様子で、彼を見る周りの生徒たちからも感嘆の声が上がっているようだ。

「参加生徒の中じゃ、あいつが群を抜いてそうだな」

 クロードがフィールドに整列する参加者たちを見回しながら言う。

 確かにグレッグの自信に満ち溢れた表情を見ていると、優勝候補筆頭といった雰囲気があるように見える。

 リューヤはクロードの言葉に「ああ」と相槌を打ってから言葉を続ける。

「しかし、俺たちが注視すべきなのは、彼じゃない。ヴァナヘイム学園のあのユーリという少年だ」

 クロードと同じくフィールドに視線を向けるリューヤだったが、彼の視線の先にあるのはグレッグではなく他の生徒に混じり大人しく整列しているユーリだった。

 初出場かつ無名のヴァナヘイム学園の生徒で自身も全く無名なユーリは、他の参加者や観客たちからは特に注目されている様子はなく半ば無視されているような形だった。

「見た目は普通って言うかむしろ弱そうだけど、本当にあの子ユグドラシルの先兵なのかなぁ?」

 リューヤの懐の中から頭だけを覗かせつつ、ピリアが疑問を口にする。

「わからん……ヴァナヘイム学園がユグドラシルの息のかかった学校と言うのは確かだが、ユーリ少年自身が自分の学校についてどこまで知っているのかは不明だからな……」

「そうだね……。ところで……の事はいいの……?」

 そう言うとピリアは視線を横へと動かす、そこには……。

「ああ……やっぱりカッコいい……ヴェルナー様……♡」

 開会式などそっちのけで、ゲスト席に座る世界最高の術士ヴェルナー・クランツに熱い視線を送るシルヴィの姿があった。

「ほっとけ、シルヴィはもう駄目だ。しばらくは使い物にならん……」

 そうリューヤが呆れた顔で肩をすくめるが、その時ちょうど生徒や主催者の挨拶が終わり、ゲストであるヴェルナーが前に出てきたことでシルヴィの興奮はいよいよ最高潮に達したようだ。

「さて、それでは最後に本日のゲストである世界最高の術士ヴェルナー・クランツさんのお言葉を頂戴したいと思います!」

 司会の女性の紹介を受け、ヴェルナーがゲスト席から立ち上がり前に出てくると会場から拍手が巻き起こった。

「きゃあああああああああ!!!」

 真横で発せられる奇声にリューヤは顔をしかめつつ、まるでアイドルのコンサートだなと心の中で呟く。

 このような状態になっているのは何もシルヴィだけではない、客席にいる者も、参加選手も、とにかく女性たちは皆目を輝かせながら壇上に立つ青年を見つめていたのだった……。

 ちなみに男性の反応はどうかと言えば、シルヴィが彼に夢中なことで明らかに不機嫌なクロードや、特にアイドル的人物に興味がないリューヤなどの一部を除いて女性層と大差ない様子であった。

 特に参加者の学生たちはキラキラと輝く瞳で彼を見つめている。

(男女問わず人気はあるわけだ。ただ容姿が端麗というだけじゃこうはならない、カリスマ的なものを持っているんだろうな)

 そんな事を思いつつ、ヴェルナーに視線を向けていたリューヤだったが、ふと彼が客席の自分へと目を向けたような気がした。

(……ん?)

 目が合ったその瞬間、彼の脳裏に何かが浮かんで消える。

(なんだ……今の感覚……俺はあの目を知ってる気がする……)

 もちろん有名人としてのヴェルナー・クランツのことは見知っているが、それとは違う、どこかで直に接したことがあるような感覚だった。

 しかし、どう思い返してみても、あんな男とは出会った記憶がない……気のせいだろうか……?

 もう一度ヴェルナーを見てみるが、彼はすでにリューヤから視線を外しており、司会者からマイクを受け取るところだった。

「えー、ただいまご紹介にあずかりました、ヴェルナー・クランツです。本日は未来の術士会を担うであろう若者たちの活躍を見守らせていただきたく思いますのでよろしくお願いします」

 ヴェルナーが簡単な挨拶をすると再び会場からは割れんばかりの歓声が上がった。

「そしてなんと、ここで皆さんに特別サプライズがあります! 大会終了後には特別イベントとして優勝者とヴェルナーさんのエキシビジョンマッチを開催いたします!!」

 司会者がそう告げると同時に、会場中からどよめきが起こった。

 それも当然だろう、なにせ今話題沸騰中の有名人が自らその試合を見せてくれるというのだから。

「もし俺に勝てたら、学生ナンバー1どころか世界最高だ、みんなの挑戦、待ってるぜ?」

 パチンとウインクしながら挑発気味に言うヴェルナーに、会場中が沸き立つ。

 特に女性たちの黄色い声援が凄かった。

(エキシビジョンマッチ……そうか、これがユグドラシルの狙いか……)

 世界的な有名人であるヴェルナーと合法的に公の場で戦える機会などそうそうない。

 ヴェルナーに勝利できたとしたら、その人物とそれを育成した学校の名は世界に轟くことになる。

 だからユグドラシルは自分たちの息のかかった学園の生徒をこの大会に送り込んだのだとリューヤは悟った。

「う~ん……」

 バターンと横から何かが倒れる音が響きリューヤの思考が中断される。

 ぎょっとしつつそちらを見るとシルヴィが目を回して倒れていた。どうやら興奮しすぎて失神してしまったらしい……。

「おいおい、大丈夫か? しっかりしろ!」

 慌ててリューヤが抱き起こすと、シルヴィはうっすらと目を開け、呟いた。

「あ、あ、あ、あれは……反則だわ……かっこよすぎる……」

 リューヤに抱かれたまま恍惚とした表情を浮かべるシルヴィ。

 そんな彼女を見て、リューヤは思わず苦笑いを浮かべたのだった……。

「すげぇ、あのヴェルナー・クランツと戦えるなんてよ! へへ、そしてもし勝てたら……」

「無理に決まってんでしょ。というかあなたじゃ一回戦突破すら無理よ」

「なんだとぉ!」

「だけどね、それでもいいの。あたしは頑張ってるあんたの姿を近くで見れればそれで満足なんだからさ♡」

 横で交わされる会話を聞きつつ、ユーリは事が思惑通りに運んでいることにほくそ笑んでいた。

(フレイヤ様の言ったとおりだ。後は僕が大会に優勝し、エキシビジョンマッチでヴェルナーさんを圧倒して見せる……。そうすれば僕が新たなる世界一、僕を育てたヴァナヘイム学園――ユグドラシルの名は世界中に轟くことになるだろう)

 リューヤの推測した通り、これこそがユーリがこの大会に参加……送り込まれた理由だ。仮にこの計画がすべて滞りなく進んだ場合ユグドラシルの名はまさに不動のものとなるだろう。

(僕はユグドラシルが作る新たな世界の礎になるんだ……)

 決意も新たにユーリは試合開始の時間まで目を閉じ精神を集中させていたのだった……。

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