第34話 天才少年ユーリ・ケーネル
ユーリ・ケーネルは今から13年前、エレト大陸の片隅『エン』という小さな村で生を受けた。
幼い頃より類まれなる術の才能を開花させた彼は、その才能に着目したユグドラシルのフレイヤという女によってスカウトされ、5歳の頃にヴァナヘイム学園に入学し、そこで腕を磨きあげ学園内に置いても最高の天才と呼ばれるまでに成長したのである。
そんな彼は今アルミシティの一角にある術士の学生大会の会場であるスタジアムの控室で椅子に座り小説を読んでいた……。
ペラッとページを捲った瞬間、彼の手の中にあった本が上から伸びてきた手にひょいと取り上げられる。
「ずいぶんと余裕の態度だな、お前?」
顔を上げたユーリが見たのはそんな言葉とともに自分を見下ろしてくる、同年代の少年だった。
赤毛のどこか粗野な印象の少年である、長髪の、ともすれば女の子と間違われそうな容姿をしているユーリとは対照的であった。
おそらく彼もこの大会の出場者なのだろう、片隅で静かに読書をしていた自分に話しかけてきたようだ。
「そんなでもないよ、緊張で心臓がどきどきしてるんだ。何しろ僕はこの大会、いや公の場で術の腕を披露するのなんて初めてだからね……」
そう言って苦笑いをする彼を見て少年はハハッと笑うと小ばかにしたような口調で返してくる。
「へぇ!? そうかい。お前運がなかったな、よりによって、このグレッグ・アンダンテ様と同じ年に大会に参加することになっちまうなんてな」
そう自信満々に言う少年――グレッグに、ユーリはきょとんとした顔を向けつつ首を傾げる。
「運がなかった? 君、そんなに実力があるの?」
ユーリとしてはただ純粋に疑問に思ったから訊いただけなのだが、その言葉を聞いた途端、グレッグのこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。
しかし、ここで怒りを見せては逆に低く見られると思い直したのか、すぐに平静を取り戻すと再びニヤリと笑みを浮かべる。
「……まあな、聞いて驚け。俺はジニアース学園から来たんだ、聞いたことぐらいあるだろ? あの超名門校だぜ!」
グレッグの言葉を聞き、ユーリは「へぇ! それは凄いね。確かに聞いたことがあるよ」と言って感心したように頷くのだった。
それを聞いたグレッグはさらに気を良くしたのか得意げに続ける。
「ふふん、どうだ恐れ入ったか! だがそれも当然さ、何せオレ様はあの学園で最強と呼ばれた男だからな、この間なんてマッドウルフを一人で討伐してきたんだぜ!?」
マッドウルフと言うのは、狂暴な性質を持つ魔獣で一般人は元より、ある程度の実力を持つハンターですら苦戦させる相手である。
それを倒したのならば、ここまで自慢するのも頷けるだろう。
しかし……。
「マッドウルフ? それなら僕も倒したことあるよ、あれは確か……5歳ぐらいの時だったかな?」
その言葉にグレッグの表情が固まるのが分かったが、構わず話を続けることにした。
「森で迷子になっちゃってね、その時に出会ったんだ。最初は怖くて泣いてしまったけど、お父さんから教わった通りに何とか倒すことができたよ」
そう言うとグレッグは口をあんぐりと開けていたが、やがて正気に戻ったのか慌てた様子でまくし立ててくる。
「う、嘘つけ! お前みたいなガキがマッドウルフを倒すなんてありえるか!」
「嘘じゃないよ、というか嘘なんか言ってもしょうがないでしょ?」
自分の言葉が相手にどれほどの衝撃を与えたのか分からないと言った様子でユーリは言う。
グレッグはさらに反論しようとするが、それより早く周囲の少年少女たちがわっと一斉にユーリに詰め寄ってきたためタイミングを逃してしまったようだ。
「ね、ねぇ、5歳でマッドウルフを倒したって本当なの?」
最初に話しかけてきた少女が興奮気味に尋ねてくるのに対し、ユーリは小さく頷いて肯定の意を示す。するとそれを見た他の少女たちも次々と話しかけてくるようになった。
「凄い! 凄いわ! あなたって天才なのね!」
興奮した様子で詰め寄ってくる彼女たちに気圧されながらもなんとか笑顔を浮かべて対応しながら、ユーリは心の中で、(そんな驚くような事なのかなぁ?)と首を傾げていた。
ヴァナヘイム学園での英才教育を受け続けてきた彼には当たり前の事すぎていまいち実感が湧かないのである。
(でも悪い気はしないね。これならフレイヤ先生――ユグドラシルの指令を果たせそうだ)
心の中で呟くユーリの顔は、無邪気な、しかしどこか邪悪な笑みをたたえているのだった……。
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