第32話 ピリアの気持ち

 とりあえず今日はもう休んだ方がいいということでシルヴィとクロードがそれぞれの部屋へと戻って行った後、リューヤとピリアは彼らの部屋でベッドの上に座りお互い向き合っていた。

 小動物姿のピリアは基本的に宿に泊まる時でも個別の部屋は取らずにリューヤと一緒の部屋に泊まる。だからピリアがここにいるのは当然なのだが、まだ眠りについていないのは話さなければならないことがあったからだ。

「ごめん! リューヤ!! 約束破っちゃった……!」

 腕を組み見下ろしてくるリューヤが口を開く前にピリアは両手を合わせて謝罪の言葉を口にする。

 約束と言うのは無暗に人前に人間形態を晒さないというもののことだ、しかも特にクロードにはその姿を見せないよう気を付けろと釘を刺されていたにも関わらずそれを反故にしてしまったのである。

 だがリューヤは特に怒るでもなくむしろ仕方ないというような態度でため息を吐いただけだった。

「まあ、やってしまったものは仕方がない。お前だって約束を破りたくて破ったんじゃないんだろ?」

「うん……」

 リューヤの態度は逆にピリアの罪悪感を増幅させた、こんなに優しい相棒を裏切ってしまったという事実がピリアの心を苛んでいたのだ。

「クロードの方はともかく、お前がティアリスという少女の前で人間形態を思わず晒してしまった理由は想像がつく、自分にそっくりだったあの少女と話をしたいと思ったんだろう?」

 ピリアはハッと顔を上げてリューヤを見る。まさにその通りだった、ピリアは即座に自分の心情を見抜いて見せたリューヤに驚きつつも頷くことで肯定の意を示す。

「それで、どんな話をしたんだ? お前との関係について当人はどう言っていたんだ?」

 尋ねるリューヤに、ピリアは首を振る。

「ボクの事は知らないって……。だけど、記憶がないことを話したら、励ましてくれたんだ、記憶はいつかふと戻るし、戻らなくても今が幸せならそれでいいって言ってくれたんだよ」

 そこで一旦言葉を切ると、ピリアは一旦目を閉じて何かを思案した様子を見せた後で言葉を続ける。

「これは、ただのボクの勘だけど、やっぱりあの子はボクと何か関係があるんだと思う……。それがどの程度深いものかまでは分からないけど、少なくともただのそっくりさんじゃないと思うんだ」

 そう言うピリアだったが、それならば何故ティアリスは自分を一切知らないと言っているのだろうと疑問に思うのだった。

(敵……だなんて思いたくないよね。ティアリスはボクを励ますようなことを言ってくれた、ユグドラシルについての警告もしてくれたんだから……)

 それは願望に限りなく近い考えであったが、それでもそうであってほしいと願う気持ちは抑えられなかった。

「どんな存在であれ、謎だらけであることは確かだな。ユグドラシルとの関係も不明だ。まあ、どちらにせよユグドシラルと何か関係があることは確かだ、ユグドラシルを探っていればまた遭遇することもあるかもな」

「そうだね」

 頷き答えながら、ティアリスとの再びの邂逅に思いをはせるピリアである。

「さて、それじゃ次の話だ。ピリア、お前はクロードと一緒にブリュンヒルデという女と戦ったという話だが、実際のところどうだったんだ?」

 リューヤの質問にピリアはブリュンヒルデとの戦いを思い出し身を震わせながら答える。

「強かった……信じられないぐらい……。ボクは手も足も出せず身体を切り刻まれて戦闘不能に追い込まれちゃったんだ……」

「手も足も出せず、か」

 リューヤはピリアの力はよく知っている。そんなピリアが手も足も出ないということは相当に強敵だったのだろうと改めてブリュンヒルデの実力を認識したのだった。

「しかし、クロードはそいつを一人で撃退したんだよな? 本当に勇者の力とやらに覚醒したようだな」

 リューヤの知る『覚醒前』のクロードはピリアより劣っていたはずだ、それがピリアを一方的に倒すような相手と優位に戦えるようになったというのは驚くべき進歩だった。

「うん! ほんとすごかった……。ブリュンヒルデ相手に一歩も引かないどころか圧倒してたんだよ! それに……なんていうか……カッコよかった……」

 興奮気味に、どこか熱っぽく語るピリアにリューヤはおやと片眉を上げて反応する、このピリアのクロードに対する語り口調、それはまるで……。

「ピリア、お前もしかして、惚れたか? クロードに」

「ふぇっ!?」

 突如そんなことを言われて変な声が出てしまうピリアだったが、その顔は見る間に真っ赤に染まっていくのだった。

「な、何言いだすのさ! そんなんじゃないよっ! 確かにクロードの戦いぶりにドキドキさせられちゃったけど、あれはそういうんじゃない、あれは、もっとこうなんていうか……とにかくそういうんじゃないんだよ」

 よりによってリューヤからこんな指摘をされるとは思ってもいなかったので、ピリアは慌てふためいて必死に弁明するが、それは逆に怪しい感じになってしまっていた。

 だが、実際のところピリアはあの時クロードに対して感じた感情は恋愛的な感情とは少しばかり違うと思っている。それはピリアがまだ幼く恋愛的なものを理解しきれていないと言うのもあるだろうが、それとは別にあのクロードの力はもっと魂の深い部分を揺さぶるような何かがあったのだ。

 クロードの持つ力にはそういったものがあるような気がすると感じているピリアであった。

「リューヤもクロードの力を間近で感じてみればボクの言ってること分かるよ!」

 これではますます誤解されかねないと内心思いながらも必死で弁明するピリアに、リューヤは小さくククッと笑う。

「悪い悪い、冗談だ。だが、好意が完全にないわけではないんだろ?」

「そりゃあ、ね……。クロードはいい奴だと思うし、今回の事では見直したさ。ドキドキさせられたのも事実……」

 顔を伏せながら言いつつ、ピリアは一度言葉を切る。そして、バッと一気に顔を上げると、「だけど!」と言いながらベッドの上でジャンプしリューヤに飛び掛かる。

 驚くリューヤの前でピリアの姿が一瞬にして変化する。

「ボクが好きなのは、リューヤなんだよ……」

 銀色の髪の美少女と化したピリアにのしかかられ、内心で焦りながらもリューヤはなんとか平静を装い口を開く。

「そういうことを軽々しく口にするな……」

「リューヤが変なこと言うからいけないんだ……」

 その赤い瞳に見つめられていると、なんだか妙な気分になってしまう。

(落ち着けよリューヤ、ピリアは子供だぞ? 俺に対しては父や兄に対するような感情を向けているだけだ)

 そう自分に言い聞かせるものの、それでも鼓動は早くなってしまうのだった。

「わかったわかった、お前にはまだ恋とか愛が早いということがよーく分かったよ……」

 自分の内に生じてしまった妙な感覚を誤魔化すように言うリューヤのその言葉にピリアの方はなんだかはぐらかされた気分になるものの、とりあえず自分がクロードに恋をしてしまったという誤解をされなかったことに安堵するのだった。

「とりあえず、お前がまだ色んな意味で未成熟な奴だということがわかった、そしてその姿を他人に晒すことがどれほど危険な事かということもな……」

「危険……? どゆこと?」

「お前の方はともかくとして、クロードの方はその姿のお前に完全にやられちまってる。お前の方にそういう気持ちがあるならともかく、そうでないならこれ以上あいつを惑わさないためにも行動には細心の注意を払えって事だ」

(そして、こうやって無意識に俺を挑発するようなことも出来ればやめて欲しいんだがな……)

 心の中で付け足すリューヤだったが、それを口に出すことはしなかった。そんなことを言えばまた面倒なことになりそうだったからだ。

 そんなリューヤの心の内を知る由もないピリアであったが、リューヤの言うことは理解できた。

「出来ればそうしたんだけど……なんかクロードってば妙に運がいいのかなんなのか、ボクが人間の姿になった時に都合よく居合わせるんだよねぇ……」

 とはいえ、偶然遭遇してしまうのはどうしようもないと考える。特に今後ユグドラシルとの本格的な戦いが始まれば戦闘力の高い人間の姿にならざるを得ない時が必ず来るだろうと考えているので、また人間の姿でクロードと鉢合わせてしまうかもしれないと思うと憂鬱になるのだった。

「まあ、とにかく気を付けてはくれ。ところで、そろそろ降りてくれないか? いつまでもこの体勢は俺も恥ずかしいんだよ」

 そう言ってわずかに顔を赤くするリューヤ。ピリアは言葉に従いリューヤの上から降りようとするが、ふとあることを考えニヤッと笑みを浮かべるとそのままリューヤに顔を近付けていく。

「うふっ、リューヤ。照れてるの? ボクのこの姿にやられちゃってるのは、クロードだけじゃなかったりして……」

 そう鼻が触れそうになりながら囁くように言うと、リューヤの顔が更に赤くなるのを見て満足げに笑うのだった。

(リューヤってからかうと面白いかも♪)

 心の中でそう思いながらも流石に調子に乗りすぎてしまったかと反省しつつ、今度こそリューヤの上から降りようとするピリアだったがその時、「リューヤ、ピリア、これ見てよ!」と叫びながらシルヴィがノックもせずに部屋に飛び込んできた。

「「シ、シルヴィ!?」」

 同時に声を上げるリューヤとピリア。一方のシルヴィは、目の前の光景が信じられないというようにぽかんと口を開けている。

 ピリアの人間の姿の事を知らないシルヴィにとっては、リューヤの上に見知らぬ美少女が跨っているようにしか見えないのだ。

「お、お邪魔しました~!!」

 そう言って部屋を出るとシルヴィは扉をバタンと閉める。

(え? 何? どういう事!? リューヤってば、部屋に女の子連れ込んで何をやってるわけ!? というかピリアはどうしたの!? それにあの子どう見ても年が若すぎる、リューヤってロリコン!? ていうか銀髪の子だったわよね? まさかクロードが言ってた子? それともティアリスとかいう子!? ああ、もうわけがわかんないぃ!!)

 大パニックに陥るシルヴィだったが、閉めた扉がガチャンと開くと中からリューヤがなんでもない様子で顔を出した。

「何の用だ、シルヴィ?」

「へ?」

 あまりのリューヤの平然とした様子に呆気に取られるシルヴィだったが、すぐに我に返るとリューヤに詰め寄った。

「あ、あんたね! さっき部屋にいた子はなんなのよ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶシルヴィだったが、リューヤは「何のことだ?」とすっとぼけた返答を返してくる。

「銀髪の子よ!? あんな子を連れ込んで何をしてたのよ!?」

「何を言ってるんだ、部屋にはピリアしかいないぞ? 嘘だと思うのならば入って調べてみればいいだろう」

 リューヤの言葉に半信半疑ながらも部屋に入るシルヴィだったが、確かに部屋の中にいたのはリューヤとピリアだけだった。

「そんな……? 嘘……!?」

 口に手を当て驚くシルヴィにピリアは肩をすくめながら言う。

「シルヴィ、幻でも見たんじゃないの? この部屋にはずっとボクとリューヤしかいなかったよ」

 混乱するシルヴィだったが、部屋の中に隠れている可能性を考え隅々まで調べるもやはり誰もいないようだった。

「あ、あたし……疲れてんのかしら……?」

「そーそー、色々あって疲れ溜まってるんだよぉ、ゆっくり休んだ方がいいよ」

 銀髪の少女は幻だったと結論付けようとするシルヴィに、ピリアは内心ドギマギしながらもそう答える。

 別にやましいことをしていたわけでもないし、シルヴィにだったら自分の人間への変身のことを教えてもいいと思うのだが、やはり色々と面倒事が付き纏うことになるであろうことは想像に難くないため今は黙っていることにしたのだ。

「そ、そうね、そうさせてもらうわ……」

 首を傾げながらも部屋を出て行こうとするシルヴィだったが、リューヤがそれを引き留める。

「待てよ、何か用があって来たんじゃないのか?」

 シルヴィはその言葉に当初の目的を思い出したようでハッと顔を上げると、興奮した様子で再び部屋に入ると据え付けられたパソコンの前に座り電源を入れる。

「なんだなんだ?」

「昼間あたしがヴェルナーのライブに言ってたことは話したでしょ?」

 困惑するリューヤにシルヴィはそう答える。

 それを聞きリューヤは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。

「ああ……。全く、自分が狙われてる自覚があるのか、お前は……」

「……反省してるわよそれは。それはともかく! あたしさっきまでヴェルナーのライブの感想をネットで調べてたのよ」

「のんきだねぇ、まったく反省してなくない?」

 ピリアが呆れたような声を上げるも、シルヴィにギロッと睨まれ黙り込む。

「それでね、ヴェルナーの熱狂的ファンの子のSNSのアカウントがあるんだけど、見てよこれ」

 言いながら起動したパソコンを操作し、とあるページを開く。

 画面に映し出されたのは【mysteriousgirl@ヴェルナー様LOVE】というユーザーのSNSのアカウントだった。

 どうやら若い少女の運営しているアカウントらしく、投稿はヴェルナーの事で埋め尽くされていた。

『ヴェルナー様のあの仕草が素敵です!』『この間のドラマでのアクションシーンも最高でした!』『ライブで歌った新曲も素晴らしかったですが、やっぱり一番好きなのはバラードですね』などなど、とにかくヴェルナーへの愛に溢れたアカウントであり今日のライブについての投稿もあった。

「これが、どうしたんだ……?」

 リューヤはどこか引き気味にそう尋ねるが、それに対してシルヴィは少し興奮気味な様子でまくし立てるように説明する。

「最新の投稿を見てよ!」

「最新の……?」

 リューヤは改めて画面に目を落とす、アカウントの最新の投稿にはこんなことが書かれていた。

『5日後にアルミシティでヴェルナー様がゲスト出演なされる術士の学生大会があるのは皆さんご存じかと思われますが、皆さんは今年はどこの学校が優勝すると思いますか? 私は今年初出場のヴァナヘイム学園に注目しているのですけどね、噂によればこの大会にかなり力を入れておりダークホースとなりそうです。これは、嵐が起きそうな予感がしますよ……』

「見てよこれ、ヴァナヘイム学園って書いてあるでしょ! これってユグドラシルの経営してる学校でしょ?」

「ああ、そうだな……」

 リューヤは顎に手を当てて呻く。クロードを襲って来たことからもユグドラシルが良からぬことを企む悪の組織であると確定はしたが、彼らは表向きは普通の非営利団体として活動している。学校も経営しておりそれがヴァナヘイム学園である。

 この学校がユグドラシルの悪事にどれだけ関わっているのかは不明だが、表向きは健全な学校で通っているので術士の学生大会に参加することは不思議ではないし、むしろ当然のことと言えるだろう。

(だが、妙に気になるな。初出場ということはそれまでは表舞台には出て来ていなかったということだ)

「この子が書いてる言葉じゃないけど、何か嵐が起きそうな気がしない? それにこのタイミングは偶然とは思えないの、どちらにしろユグドラシルの調査をしようと思ってたわけだし、この大会観に行ってみない?」

「確かにな、5日後か……。よし、行ってみるか。何もなかったとしても別に損をするわけじゃないしな」

 リューヤの言葉にシルヴィは目を輝かせてグッと拳を握る。

「シルヴィさぁ、そんなこと言ってるけど、実はゲストで来るヴェルナーと会いたいだけだったりして……」

 しかし、黙って話を聞いていたピリアのその言葉にシルヴィの表情が固まる。

「……そっそんなことないわよ! あたしはただ、本当に何か起きるんじゃないかって思っただけで……!」

 慌てて取り繕うも、明らかに動揺している様子のシルヴィにピリアはやれやれと肩をすくめ、リューヤは「全く、緊張感がないなお前は……」と言いながら苦笑するのだった。

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