第31話 戦いに向けて……
「ほんっとーに、ごめんなさい! でもね、あたしはどーしてもヴェルナーのライブに行きたかったのよぉ!」
両手を合わせ上目遣いで見上げてくるシルヴィの言葉に、リューヤは頭に手をやり大きくため息を吐く。
「まったく、大人しく待っていろと言ったのに……。フレデリックさんとの事が解決した途端にこれじゃ、彼が気を揉むのも当然だな」
「うぅ~、反省してますぅ~」
シュンとして俯くシルヴィにもう一度ため息を吐きつつリューヤは言葉を続ける。
「まあいいさ。とりあえずは無事だったんだ。だが、仮にライブに出かけるにしても、行くといってから出かけてくれ……。心臓に悪いからな」
その言葉にパッと顔を上げるシルヴィだったが、もう一度、「ごめんなさい」と謝罪するのだった。
二人がそんなやり取りをしていると、「ただいま……」という声が聞こえ、換気のために開けておいた窓からピリアが部屋へと入ってきた。
心無しか元気のない様子のピリアに、リューヤは何かあったのかと首を傾げ声を掛けようとするがそれより早く部屋の扉がバン! と勢いよく開かれクロードが飛び込んできた。
「あっ、クロード! あんたどこ行ってたの? リューヤによれば携帯デバイスの電源切ってたそうじゃない」
尋ねるシルヴィにクロードは硬い表情で、「ああ」と一つ頷いてから説明を始めた。
街でユグドラシルのブリュンヒルデと名乗る少女に襲われた事、なんとか撃退したものの彼女はまた自分たちを狙うと宣言したこと、そしてこの町を離れれば町の人間を皆殺しにすると言ったという事。
クロードの話が終わるころには、リューヤもシルヴィも硬く厳しい表情になっていた。
「まさか……。そんなことになってたなんて……」
「やはりバイオモンスターを製造したり、俺たちを襲って来たりしていたのはユグドラシルという組織だったんだな」
リューヤの言葉にシルヴィが反応し尋ねる。
「リューヤはユグドラシルって組織の事を知ってたの?」
「いや、言ってなかったが、俺はレストナックインダストリーで謎の少女とすれ違ったんだが、その子が『ユグドラシルに気を付けてくださいね』と言っていたんだ。それでハンターギルドでドクタールーラーについて調べるついでに調べたんだ。なかなか怪しげな組織だったようだが、これで完全に繋がったな……」
「謎の少女?」
今度はピリアが反応を見せる。リューヤはそちらに視線をやると、「ああそうだ、銀色の髪をポニーテールにした子で……」と答えようとするも、ピリアがバッとリューヤの肩へと移動すると彼の顔を覗き込むようにして言う。
「銀髪ポニーテール!? それで、ユグドラシルへの警告みたいなことを言ってたの?」
リューヤはその剣幕に多少驚くものの、「ああ」と首肯する。
(あの子……ティアリスだ……! リューヤの前にも姿を現してたなんて……!!)
ピリアの頭に浮かぶのは中央公園で出会った人間バージョンの自分によく似た姿をした謎めいた少女ティアリスの姿であった。
「その子ならボクも会ったよ、というか少し話した……。ボクにもユグドラシルへの警告みたいなことを言ってた……名前はティアリスだって」
「なに? そうなのか……」
僅かに驚きつつ、顎に指を当てるリューヤ。謎の少女の姿を見ていないシルヴィはピンと来ないといった表情を見せるが、クロードは銀髪の少女という言葉に自分が遭遇した銀髪ツインテールの美少女の姿を思い浮かべる。
(まさか、あの子の事か? いや、でも、ポニーテールじゃなかったしな……)
クロードはあの子の事もこの場で話すべきかと思うが、無駄に話を複雑化させるだけのような気がして言いあぐねていた。
「それにしても、ピリア、あんたよく他人の前で口を利いたわね、その子もビックリしたでしょう、リスみたいな姿のあんたが話しててさ」
そんなクロードを余所にそう少しばかり呆れたような口調で言うシルヴィにピリアとリューヤはハッとする。
しまったといった顔のピリアにリューヤは“お前人間の姿でその子に話しかけたな?”と目線で問いかける。
慌てて目を逸らすピリアだったが、それは図星であると言っているようなものである。
リューヤは小さくため息を吐き、この話は後ですることにして、とりあえずピリアのフォローのために口を開いた。
「謎めいた子だったからな。ピリアが口を利けることも知っていたのかもしれない」
言いながら、リューヤは自分のこの言葉は正しいかも知れないと感じていた。
仮にピリアがリスの姿のまま話しかけていたとしても、あのティアリスという少女は平然と眉一つ動かさずに受け答えしたかもしれないと思ったからだ。
「そうかもね……。まあその子の事は今はいいわ。警告してくれたってことは敵じゃない可能性が高いわけだし。それよりもユグドラシルよ!」
「ああ、そうだな。だがクロード。お前よく一人でブリュンヒルデという奴を撃退できたもんだな、話を聞く限りとてつもない強さの相手だったようじゃないか」
リューヤの口調には、クロードの成長に対する称賛の響きが含まれていた。
「まあな、けど、一人じゃなかったんだ、オレに協力してくれた子がいたんだ」
「協力してくれた子?」
オウム返しで聞いて来るシルヴィの方に顔を向け、クロードは答える。
「ああ、さっきピリアが言ったティアリスって子とは別人だと思うんだが、銀髪をこうツインテールにした可愛らしい子で。名前は思い出せないんだが、どうもオレとは顔見知りみたいなんだよ。そして、かなり強かった」
ギクギクッとピリアは体を震わせた。クロードが言ってるのは人間に変身したピリアの事である。この場でこの話をされるのは非常にまずかった。
案の定リューヤはさっきよりさらに呆れたような咎めるような視線をピリアに向けていた。
(クロードにもまたあの姿を見せちまったのか……。これは問題だぞ)
クロードの『銀髪ツインテールの少女』を語る口調には熱がこもっていた。それはつまりそれだけクロードはその少女に心惹かれているという事だ。
だが、それはクロードにとってはあまり良くない傾向であった。
何故ならその少女の正体はピリアなのだから……クロードがそれに気づいたときに受けるショックを考え同情的な気分になるリューヤである。
「謎の女の子がまた一人って事? いったいどうなってんのよ」
一人その『銀髪ツインテールの少女』を知らないシルヴィが頭に手をやり呟く。
「その子は確かに謎めいてるが、絶対に敵とかではあり得ないぜ? オレと一緒に戦ってくれたんだ、まるでよく知ってる仲間同士みたいにな……」
クロードの言葉にピクリと反応するピリアに気づかずシルヴィは、「そうなの? まああんたがそう言うなら信じるけどさ。なーんか、あんた妙にその子に好意的じゃない。可愛い子だか何だか知らないけど、本当にスケベなんだから」と呆れた口調で言うのだった。
「そんな……確かにめちゃくちゃ可愛い子だけどよ、オレは見た目で判断してるわけじゃねーっつーの! 大体見た目ならオレが戦ったブリュンヒルデって女もかなりの美少女だったぞ!」
実際初めて見た時は胸をときめかせたしと、クロードは心の中で付け足す。あの強さや残虐性をさんざん見せつけられた今となってはあの女に対してそんな感情を抱く事はもうないだろうが。
「とにかく、オレがブリュンヒルデを撃退できたのは、その子の協力と……」と気を取り直して続きを語るクロードは一旦言葉を切りたっぷり溜めてから、自信に満ちた表情で言い切った。
「オレの覚醒した勇者の力の賜物さ!!」
「は? 覚醒? 何言ってんのあんた?」
シルヴィはいきなりクロードが馬鹿なことを言いだしたと呆れてしまう。確かにクロードは勇者の子孫を自称していたが……今の発言は完全に痛い奴にしか見えないからだ。
だがしかしクロードには確信があったのだ。自分の力はあの時目覚めたのだと、だから胸を張って堂々と宣言するのだった。
そんなクロードの様子にピリアも同調するように何度も頷く。ピリアは覚醒したクロードの力を目の当たりにしているのだから当然とも言える。
「なんでピリアがクロードに同調してんのよ」
ピリアが人間の姿――銀髪ツインテールの少女としてクロードとともに戦い彼の力の発露を見ていることなど知る由もないシルヴィが、まるでクロードの力を分かっているかのような態度を取るピリアに対してジト目でツッコむ。
ピリアはぎくりとするも、当のクロードはピリアはその鋭敏な感覚で自分の力を感じ取ったのだと勝手に解釈して、「分かる奴にはわかるのさ、オレの覚醒した力が!」と偉そうに踏ん反りかった。
「危機的状況に陥ったことで隠されていた力が目覚めるというのはあり得ない話じゃない」
さらに、リューヤもクロードの発言を肯定する。そんな都合のいい話はあまり信じないリューヤであるが、ピリアが同調している以上クロードの言葉に偽りはないはずだし、クロードが勇者の血を引いているならそう言うこともあるかも知れないと考えていた。
(それに……力の覚醒という現象自体は、シルヴィがバイオモンスターと戦った時に見たしな)
シルヴィのあれは彼女に潜んでいると思われる邪悪な力の発露であり、決してポジティブなものではないが、そういう現象があるという認識はあったのだ。
「でもねぇ、あたしは信じられなのよね。だって、クロードってば何にも変わってないじゃない? 勇者に覚醒したならちょっとぐらいまともになってもいいと思うんだけど?」
懐疑的な目を向けてくるシルヴィに、クロードは憤慨して叫ぶように反論する。
「オレがまともじゃないみたいな言い方するなよ! オレはいつだってまともだ! こんな正義感に溢れた少年なんてなかなかいないと思うぜ!?」
「そういうことを自分で言っちゃうところが勇者っぽくないのよ。勇者ってこう、驕らず謙虚で威張らないものじゃない?」
「う……。た、確かに……」
流石に調子に乗りすぎていたかもしれないと反省するクロードである。
「それに、今のあんたからは、そこまで力を感じないのよ、前とほとんど変わってないようにしか見えないの」
さらにそう言うシルヴィにクロードは再び呻く。
実はその通りなのだ、あの時ブリュンヒルデとの戦いの最中力を覚醒させたはずだったが、戦いが終わり落ち着いて行くとあの力はまるで最初からなかったかのように消え失せてしまっていたのだ。
「ま、まあ。覚醒しただけでその力を完全にモノにしたとは言えないけどよ、だけどオレの中に確実にあの力は眠ってるんだ!」
クロードはそう自分を鼓舞するように言うのだった。
「それって、結局あまりアテにはならない力って事じゃない。そんなんでブリュンヒルデって奴に勝てるの? 近いうちに襲ってくること確定してるんでしょ?」
シルヴィは不安なのだ、クロードが力を覚醒させたのが事実だったとしても、こんな状態のクロードでは到底勝てないと思ってしまうのだ。
「わかってるよ……。実際覚醒したオレでもあいつを倒しきれずに逃がしちまった。それに、あいつはまだ力を隠してるような口ぶりだったしな……」
一転弱気なことを言いだすクロードにシルヴィはぞっと身を震わせる。
さっきまで強気だったはずの彼の言葉が示すこと、それはブリュンヒルデという女はとてつもない実力を持っているということだからだ。
そんな相手に自分たちは狙われているのだと思うと自然と体が震えてくる。
「大丈夫だよシルヴィ、クロードはいざとなればやるさ。それに今後は単独行動をしないよう気を付ければ、みんなで戦えるじゃないか。そうすればきっと倒せるよ」
そう言って励ますピリア。ブリュンヒルデに成すすべなく敗北したために未だに残る恐怖の影を感じつつも、あの時見たクロードの力、そしてリューヤの存在がその心に勇気の火を灯していた。
クロードの力を目の当たりにし、その評価を上げたピリアであったが、それを遥かに超えるレベルでリューヤの力を信頼していた。
その二人がいるのだ、負けるはずがないと確信していたのである。
「そう……ね、けどいつ襲ってくるかもわからない相手だもの、あたしは不安なのよ」
「そうだな、どこで襲われるか分からないと言うのは困りものだな」
シルヴィの言葉を受け、リューヤは立ち上がり部屋の窓の方にまで歩いて行く、そしてそこから街並みを見下ろしながら考える。
(逃げれば町の人たちを皆殺しにする、か。ということはユグドラシルの連中はこの町付近に潜んでいるということだ……)
「ならば、こちらから動くしかないだろう。奴らの本拠地を探し出し、叩く」
「え、えぇ? それってユグドラシルって奴らと全面戦争をするってこと!?」
驚愕の声を上げるシルヴィだったがリューヤは振り向きながら真剣な表情で答える。
「もうすでに全面戦争は開始されている。俺たちが生き残る方法は奴らを完全に壊滅させる他ないんだよ」
その言葉にシルヴィだけでなくクロードも表情を引き締めたのだった。
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