第28話 勇者の力

(イケる、イケるぞ……! 勇者の力って奴がこれほどとはオレ自身驚いてるぜ!!)

 ブリュンヒルデと剣を合わせつつ、クロードは自分の内からどんどん力が湧き出てくるような感覚を得ていた。

 先程まで手も足も出なかった相手を相手に優位に立っているという事実が自信となり、さらにその力を高めていく。

 そして、さらにクロードを高揚させているのは自分に注がれるピリアの視線であった。

(あの子がオレに向ける視線、あれは間違いなく好意だ! つまりあの子はオレに気があるってことだろ!? だったらここでカッコ悪いところは見せられねえな!)

 半分はただの願望込みの妄想だが、少なくともあの銀髪少女が勇者としての自分の姿に魅せられているのは間違いないとクロードは確信していた。

(ここでさらに決めれば好感度アップ間違いなしだぜ!)

 そう考えると俄然やる気が出てきた。覚醒はしてもクロードはクロードなのだ、そこは変わらないらしい。

「なんですか、戦闘中だというのにニヤついて……! まさかこの私に勝てるなどという妄想に耽っているのですか? だとしたら片腹痛いですね!」

 そう言いながらもブリュンヒルデは攻めあぐねているようだった。クロードの動きが予想外に鋭くなっているせいだろう。

「勝てるさ! 今のオレは無敵だ!! 今なら伝説の魔王だって倒せるかもしれないぜ!!」

 言いながら一気に踏み込む! もはや完全に自分の間合いに入ったブリュンヒルデに向かって横薙ぎの一閃を放つ!

「くっ……」

 しかし、ブリュンヒルデは後ろへと身を逸らすことでなんとかそれをかわす。

 ギギィとクロードの剣が彼女の纏う鎧をかすめ、嫌な音を立てるが、体にまでは届かなかったようだ。

「ちぃっ!」

 舌打ちするクロードだったが、手を緩めることなく追撃を加える。

 そして、再び彼の剣がブリュンヒルデに迫るが、胸に鈍い衝撃を受けると後ろに弾き飛ばされた。蹴りつけられたのだと気づいた時にはもう遅く、そのまま背中から地面に叩きつけられた。

 咄嗟に受け身を取るが、それでも衝撃を殺しきれずに息が詰まる。

(くそっ……なんて威力だよ……! とても女の脚力とは思えないぞ……!)

 痛みに耐えながら立ち上がろうとするが、その前にブリュンヒルデが馬乗りになって動きを封じてきた。

「このまま突き殺してあげますよ!」

 そう言って剣を振り上げるブリュンヒルデの顔には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。しかし、すぐにその顔が驚きに染まる。

「甘いんだよ!」

 クロードはのしかかられながらも、ブリュンヒルデの腹に手を添える、そして……

 バシュッと閃光が迸り、ブリュンヒルデの身体を衝撃が貫く! たまらず吹き飛ばされたブリュンヒルデはそのまま地面を転がることになった。

「ぐうう……わ、忘れていました……あなたは術も使うのでしたね……」

「放出系の術は得意じゃないが、密着してきたのがお前の運の尽きだったな」

 にやりと笑うクロードに対し、ブリュンヒルデはまだ起き上がれずにいた。先程の一撃が相当効いているようだ。

(凄い……単純にパワーが上がっただけじゃなくて、戦い方も上手くなってる……)

 ピリアは呆然としながら目の前の光景を眺めていた。未熟なE級ハンターの姿はそこにはない、クロードの力は確実にA級ハンタークラス、いやそれ以上になっていたのだ!

(勝てる、勝てるよクロード……! このまま押し切っちゃえ……!!)

 心の中でクロードに声援を送るピリアの瞳はキラキラと輝いていた。今彼女は完全に勇者の活躍に胸をときめかせるヒロインと化していたのだった。

 さっきまでは“なんでボクがクロードなんかに”という想いもあったのだが、今はもうそんな気持ちは微塵もない。ただただ彼にエールを送り続けていた。

「どうした、もう終わりか? だったらそろそろとどめを刺しちまうぞ!」

 よろよろと身を起こしつつあるブリュンヒルデに向けてクロードは叫ぶ。

 明らかな自分優位の状況だが彼の表情は硬いままだ。ブリュンヒルデの動きは演技の可能性もあるのだ。

 普段のクロードだったらここで調子に乗って痛い目を見るというのがお約束なのだが、今の彼は違う。油断なく構えつつ相手の出方をうかがっていた。

 一方ブリュンヒルデの方はといえばまだダメージが残っているようでふらついている。しかし、その瞳からは戦意が失われていないように見えた。

「調子に乗らないでくださいよ。まだ私には秘剣があるのです」

 静かな口調で言うブリュンヒルデにクロードは瞳を見開く。しかし、口元を歪めて返した。

「さっきあの子に放ったジャスティスジャッジメントとかいう技か? だったらオレには効かないぜ」

 口から出まかせではない、クロードには確信があった、今の自分ならあれを受けても耐えられるだろうと。だから余裕を持って答えることができたのである。

 だが、それを聞いたブリュンヒルデの瞳がすうっと細められる、それが面白がっているような表情に見えてクロードは嫌な予感を覚えた。

「まさか、私がその少女に対して本気で放ったとでも?」

「え……?」と呟いたのはピリアだ、あれが……、一撃で自分の服を吹き飛ばし、全身を切り刻み戦闘不能にまで追い込んだあの技が本気ではなかったというのか……?

 戦慄しつつ身体を震わせるピリアである。そしてそれはクロードも同じだった。

「その少女は生きているでしょう? 動けずとも喋ることもできるでしょう? 私が本気で放っていたのなら今頃その子は死んでいますよ、あの時は少し甚振ってやろうという気持ちがあったので手加減しましたがね……ですが……」そこで言葉を切ると、彼女はニヤリと笑った。その表情を見て、クロードの背中にぞくりと悪寒が走る!

(ま、まずいっ!!)

 慌ててその場から飛び退こうとするが、それは出来ないということに気が付いた。

 今飛び退けば、ブリュンヒルデの技はクロードとの直線状で座り込んでいるピリアに直撃することになるからだ。

 距離が離れているせいで彼女を抱えて飛ぶことは出来ない、彼女が自分で回避してくれることを望むのは今の状態では無理だろう。

(なら、受け止めるしかないだろ……!!)

 覚悟を決めて彼は足を踏ん張らせる。

(恐れるな……今のオレは強い……! だから大丈夫だ……!)

 自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、ぐっと拳を握り締めた。

「その意気やよし。認めましょう、あなたは確かに勇者です。ただ、あなたに宿る勇気は蛮勇の類……そんなものでは私の正義の剣を止めることはできませんよ!」

「何が正義だ! 無関係な女の子を甚振ったり、わけのわからないモンスターを操って世間を騒がせたり……そんな正義があってたまるか!!」

 怒りに任せて叫ぶとブリュンヒルデの顔が歪む。

 自らの正義を否定される、それは彼女にとって最も耐え難い屈辱なのだ。その証拠に彼女の身体が小刻みに震えているのがわかる。

「我らがユグドラシルの崇高な目的も理解せぬ愚か者! いいだろう、一瞬で決めてやる!!」

 ブリュンヒルデの叫びとともに、彼女を取り巻くエネルギーがはっきりと目視できるほどに高まっていく!

「神罰!! ジャスティスジャッジメント!!!」

 振り上げられた剣が眩い光を放つと同時に、閃光と化した一撃が放たれる!

「うおおおお!!」

 クロードは剣を突き出し、なんとかその一撃を受け止めようと試みた。

 ピリアが確認できたのはそこまでだった、クロードとブリュンヒルデ、二つの剣がぶつかり合った瞬間に凄まじい閃光が発生し、視界が真っ白になったのである。

 あまりの眩しさにピリアは思わず目を瞑った、しかしそれでも瞼越しに光が差し込んでくるほどだった。そして数秒後、ようやく光は収まり始める……

 恐る恐る目を開けたピリアは、目に飛び込んできたその光景に目を見張った。

 クロードは、立っていたのだ……。全身に傷を負い血を流しながらも、しっかりと二本の足で立っていて、その手にはまだ剣が握られていたのである! それを見てピリアの表情がぱぁっと明るくなる!

(すごい……すごすぎるよ!)

 彼女は感動していた、もう心臓は鳴りっぱなしだ。

 もし、今のクロードに彼女へと意識を向ける余裕があれば、彼は拳をグッと握りガッツポーズを取っていただろう。

 彼の期待通り、ピリアのクロードへの評価はどんどん上昇していっているのだから……。

 一方、技を放った方のブリュンヒルデはというと、クロードの前、少し離れた場所で片膝を付いていた。

 その顔は苦悶に満ちており、額には脂汗が浮かんでいる。

 最大出力のジャスティスジャッジメントは彼女の体力、魔力、そして精神力を大きく消耗させた。

 それに加えて、剣を合わせる瞬間クロードは防御だけではなく反撃も仕掛けてきたのだ。それにより与えたダメージも大きかったのだろう。

「ど、どうだ。耐えて見せたぜ……」

 クロードは会心の笑みを浮かべる、自分の受けたダメージもすさまじいが、相手の消耗ほどではない。

 ブリュンヒルデのミスは考えなしに正面から自分の消耗が激しい大技を放ってしまったことだ。

 どれだけ消耗してもクロードを殺せれば関係ない、そんな思考が耐えきられた後のことを考えさせなかった……それがこの結果である。

「オレの勝ちだな……。お前を拘束させてもらう、聞きたいこともいろいろあるしな……」

 言いながら油断なくクロードはブリュンヒルデへと近づいて行く。

 もしもどうしても抵抗するつもりなら、最悪殺害も視野に入れるが、生け捕りが基本のハンターとしてはそれは最後の手段だ。

 さらに一応相手が女だから出来れば穏便に済ませたい。

 何よりこの女を捕まえれば彼女の所属するユグドラシルなる組織の情報を得られるかもしれないのだ、殺すという選択肢はないに等しかった。

 そんなことを考えているうちに、もう既にお互いの距離は1メートルを切っており、手を伸ばせば届く距離まで来ていた。

 だがその瞬間にブリュンヒルデの瞳がカッと見開かれる!

 ビクッと身体を震わせるクロードだったが、小さく笑う。

「な、なんだよ。ビビらせようったってそうはいかねぇぞ? もう抵抗する力なんて残ってないだろ?」

 内心冷や汗をかきつつ虚勢を張るクロードである。

「ふ……ふふふ……あっははははは……!!」

 突如笑い出すブリュンヒルデに困惑しつつ警戒を続けるクロードであったが……ブリュンヒルデはひとしきり笑うとその顔のまま言う。

「見事です。まさか、あなたにこれほどの力があるとは思いませんでした……。あなたの素性を調べた時に勇者の子孫だというのは分かっていましたが、力までがこんなに強く受け継がれているとは想定外でしたよ……」

 褒められた形になったクロードだがその顔に浮かぶのは怪訝の表情だ。

 想定外の強さを持つ相手を前にして、彼女は何故笑うのか。その意図が全く読めないからだ。

 そんな彼女の様子を見てブリュンヒルデはさらに笑みを深めるのだった……。

(なんだ……?)

 困惑するクロードをよそに彼女は言葉を続ける。

「ですが使い切っていない力があるのはこちらも同じなのですよ」

 さらっと恐ろしいことを言い放つブリュンヒルデに背筋が寒くなるクロードだった……。

「ハ、ハッタリだ!! そんな力があるのなら、なんで最初から使ってないんだよ!!」

 そう叫んだのはピリアだった、確かに正論である。クロードはその言葉に鼓舞されるように構えを取り直す。

 そんなクロードの動きを目の端でとらえつつ、ブリュンヒルデはピリアの方に視線を向けると言った。

「理由は簡単。その力は私にとっていわば禁断の力。そうおいそれと使えるものではないからです。しかし、クロードさんの力を見て私は確信しました、ここで彼を殺しておかなければ我らの脅威となるだろうと、だから、力を解放することにしたのです」

 そのブリュンヒルデの表情を見てピリアは悟った、これはハッタリなどではないと。

 クロードが受けたダメージは決して低くはない。この女の真の力がどの程度のものかは不明だが、今のクロードでは厳しいと言わざるを得ないだろう。

 すでに自分の力ではどうしようもないことは明白であった……殺される……確実に……! それは、圧倒的な恐怖と絶望だった。

 ピリアがこの感覚を感じるのは生涯(といっても記憶の中にある生涯の中の話なのでごく短い期間だが)二度目のことであった……。

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