第26話 ピリア、完全敗北

「何がヴァルキリーだよ、油断したね。ボクにかかれば……」

 余裕の表情で軽口を叩こうとするピリアだったが、その言葉は途中で途切れ代わりに驚きの声へと変わることになる。何故ならそこには無傷のまま立っているブリュンヒルデの姿があったからだ……しかも服に汚れ一つ付いていない……これにはさすがの彼女も動揺を隠しきれないようだった……

「口から火球を吐くなどまるで大怪獣ですね。しかし実に残念ですいかんせ威力が弱すぎます、この程度の攻撃なら痛くも痒くもありませんよ」

 そんなことを言って微笑むブリュンヒルデに対し、ピリアは信じられないといった表情を浮かべるのだった……

(嘘だろ……? なんであれをまともに食らって平気な顔をしてられるんだよ……)

 プラズマキャノンはピリアの技の中でも一、二を争う威力を持つ必殺技である。仮に一撃必殺ではなかったとしても相当なダメージを負っていてもおかしくないはずだ……それなのに目の前の少女は涼しい顔をしているではないか。

(なんなんだよコイツ……本当に人間なのか……?)

 そんなことを考えているうちにも再び間合いを詰めてくるブリュンヒルデに対して慌てて身構えるとピリアは気を取り直して格闘戦で迎え撃つことにする。

(もしかしたら、ボクの中に相手が女の子だから手加減しようなんていう気持ちがあるのかもしれない……だったらそれを捨てるんだ! 全力で叩き潰す!!)

 リューヤの教えと本人の感情の問題もあり、人間相手には一応手加減することを心がけているピリアである。この強敵相手に手加減したつもりはなくとも無意識に手を抜いていたかもしれないと思い直したのだ。

 そして、決意を固めたピリアは再び戦いに集中することにしたようだ。

「はあああっ!!」

 拳にエネルギーを纏わせた状態で殴り掛かる。だが、その一撃はいとも簡単に躱されてしまう。

 その後も連続で攻撃を仕掛けるが全て空振りに終わってしまう。

「くっそぉ! ちょこまかと動き回ってぇ!!」

 苛立ちを募らせるピリアだったが、そんな彼女に向かってブリュンヒルデの剣が振り下ろされる。

 咄嗟に腕をクロスさせてガードするも衝撃を殺しきれず吹き飛ばされてしまう、そしてそのまま地面に叩きつけられ転がるように倒れ込む。

「こいつ、馬鹿にして……剣の腹で叩いたのか……!」

 怒り心頭といった感じで睨みつけるピリアだったが、対するブリュンヒルデは相変わらず涼しげな表情を崩すことはなかった……それどころかむしろ楽しそうな雰囲気すら感じられるほどだった……。

「ふふ、先ほど言ったでしょう、じわじわとなぶり殺しにする……とね♪」

 そう言ってニヤリと笑うブリュンヒルデの表情からは嗜虐的な色が見て取れた……それを聞いて背筋が凍るような思いになるピリアだったが、ここで引くわけにはいかないとばかりに立ち上がり構えを取る。

 しかし、ブリュンヒルデはさらに楽しそうに笑うと言う。

「さて、あなたの技を見せていただいたお返しにこちらも見せてあげましょう」

 ピリアが目を見開いたと同時にブリュンヒルデが軽く手を振るう。

「フラッシュカッター!」

 ピッ! とピリアの顔のすぐ横を光の刃が通り過ぎる。

 つうっとピリアの綺麗な頬に一筋の赤い線が刻まれていた……

「よく反応しましたね、褒めてあげますよ♪次は外しませんけどね!」

 そう言うと再び手をかざすブリュンヒルデ……するとその手の前に魔法陣が現れ、そこから放たれた無数の光弾が雨のように降り注ぐ。

「エネルギーフィールド!」

 ピリアは今一度バリアを発生させる。光弾の雨は見事バリアによって防がれピリアはホッと息を吐く。

 だが、光弾が途切れ、ピリアがバリアを解除した瞬間、彼女の腹に強烈な蹴りが突き刺さった。

 一瞬息が止まりそうになるほどの衝撃を受けたピリアはそのまま後方へ吹き飛ばされ地面をゴロゴロ転がっていく。

「甘いですねぇ、最初の一撃を防いだ程度で安心してしまうなんて……障壁解除の瞬間という最も隙ができるタイミングを狙ってくることくらい予想できたはずなのですが?」

 そう言いながらゆっくりと近づいてくるブリュンヒルデに対してピリアは必死に立ち上がろうとするが力が入らず膝をついてしまう。

 それでもなんとか顔を上げ睨みつけようとするのだが、そこに見えたものは目の前に突きつけられた剣先だった。

「これであなたは一度死にました。さあ、まだ続けますか? それとも降参しますか?」

 冷たい目で見下ろしながら問いかけるブリュンヒルデに対して、ピリアは鋭く睨みつけながら叫ぶ。

「続けるに……決まってる!」

 そして、ピリアは思いっきり上体を逸らし、仰向けに寝転ぶかのような体勢になると、足を使って剣を跳ね上げる!

 そのまま体を回転させつつ起き上がり、今度は逆に回し蹴りを放つ。

 しかしそれもあっさりと躱されてしまい、逆に足を掴まれてしまった! そして次の瞬間には凄まじい勢いで振り回され始める!

「聞き分けのない子には少しばかりお仕置きが必要ですね。あなたには今まで体験したことのないような苦痛を与えてあげましょう♪」

「ひああああああああああ!!」

 まるで子供が玩具の人形を振り回すかのように片手で軽々とピリアを振り回しているブリュンヒルデだが、その表情はとても楽しげであり、口元には笑みすら浮かんでいるようにも見えるほどだ。

 見ようによってはただ遊んでいるようにも見える光景だが、実際はそんな生易しいものではない、特に振り回されているピリアの方は遠心力で首が絞まる上に、高速でぶん回されることで目が回り吐き気が込み上げてくるのだ。

 感覚としては遊園地のコーヒーカップの中央のハンドルを回しすぎたものに近いだろう。あれをさらに数十倍酷くしたようなものを今ピリアは味わっているのだからたまったものではない。

「そーらそら、まだまだいきますよ~!」

 楽しそうな声で言いながらさらに勢いを増していくブリュンヒルデ。もはやピリアには抵抗することすらできずされるがままになっていた。

 目はグルグルと渦を巻き、視界が定まらず平衡感覚も完全に失われてしまっている状態だ。

「は、はにゃあああああ……」

 口から漏れる声も呂律が回っておらずまともに言葉を発することもできないようだ。

「ほほほ、どうですか? 遊園地の絶叫マシンも目じゃないでしょう? お子様にはあまりにも刺激的すぎたでしょうかね~?」

 ケタケタと笑いながらブリュンヒルデはさらに調子に乗って加速していく! もう限界が近いのか、それとも既に超えているのか、ピリアの目からは涙が流れ落ちているがそれすらも気にならないほど意識が朦朧としているようである。

(うっぷ……もう、駄目……)

 振り回され続け、心が折れそうになるピリアだったが、その時霞む視界の片隅に地面にうずくまりながらこちらを心配そうに見つめるクロードの姿が見えたことでハッと我に返る!

(そうだ……ボクはこんなところで負けるわけにはいかないんだ……!)

 自分が負けたら次はクロードだ、そしてそれだけではない、新たな秩序とやらのために既存の社会を壊すなどと宣っている連中のことだ、次に狙われるのはこの街だろうということは容易に想像できる。だからこそここで倒れるわけにはいかないのだ! そんな決意と共に気合いを入れ直すと、ピリアは遠心力に逆らいながら、自分の足を掴むブリュンヒルデの手に爪を立てた。

「む……」

 顔をしかめ、ブリュンヒルデは思わず手を離す。解放されたピリアはそのまま慣性に従って吹っ飛んでいくが、空中でくるりと一回転すると綺麗に着地してみせた。そしてすぐさま身構えると再び闘志を燃やし始めたのである。それを見たブリュンヒルデは小さくため息をつくと言った。

「やれやれ、タフですねあなた……いいでしょう、ならば最大最高の技で一気に決めてあげますよ」

 キッと睨みつけられ、思わず後ずさってしまうピリア。それを確認し満足そうに微笑むとブリュンヒルデは剣に両手を添えると頭上高く掲げた。その刀身が眩い輝きを放ち始める。

「な、なんだこの魔力!?」

 ブリュンヒルデは傍から見るとただ剣を掲げているだけであるが、ピリアにはハッキリと感じられた、膨大な量のエネルギーが剣へと集まっていきそれがどんどん膨れ上がっていく様子を……そしてその力が極限まで高まった瞬間、彼女は叫んだ。

「受けさない、神罰・ジャスティスジャッジメント!!」

 ブリュンヒルデが掲げた剣が激しい閃光を放つ、その光にピリアがわずかに目を細めた瞬間、一気に踏み込んできたブリュンヒルデの斬撃がピリアに襲い掛かる。

「うああああああっ!?」

 ピリアは咄嗟に防御しようとするも間に合わず、まともに攻撃をくらってしまう。

 パアンと風船が弾けたような音が響き、ピリアの服がすべて吹き飛び素肌が外気に晒される。

 思わず息をのむクロードだったが、当然それだけで終わるはずもなく、晒されたピリアの肌に裂傷が刻まれる。

 全身を切り刻まれ、空中に血の花を咲かせながらピリアは錐揉み状に回転しながら吹っ飛ぶと地面に叩きつけられる。そのまま地面を転がっていき、ようやく止まると、力なく横たわる。

「ふふ、ストリップショーのおまけもつけてあげました。楽しんでいただけましたか? クロードさん」

 そう言って笑うブリュンヒルデの顔は嗜虐的に歪んでいた。

 彼女はピリアの肌を直接切り裂くため、そして屈辱を与えるためという二つの目的をもって敢えて衣服を切り飛ばしたのだ。

(くそっ、なんて強さだ……! それに、必要もないのにあの子の服まで破くなんて……!)

 そんなブリュンヒルデの強さと残虐性に戦慄しつつ、冷や汗を流すクロードだが、未だに残る痛みと恐怖からか身体は硬直してしまっており動けそうになかった。

 一方地面に叩きつけられたピリアは全身を苛む激痛と戦っていた。

 まだ致命傷と呼ぶには遠く、治療さえすれば命に関わるようなダメージではないものの、戦闘不能状態へと追い込まれていた。

(痛い……苦しい……身体が動かない……)

 痛みに耐えながらなんとか立ち上がろうとするが、力が入らず崩れ落ちてしまう。

(悔しい……こんなところで負けるわけにはいかないのに……)

 悔しげに唇を噛むピリアの耳にザッという足音が聞こえる。

 顔を上げるとそこにはブリュンヒルデが立っていた。

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