第25話 対決! ブリュンヒルデ!!

 アルミシティ中央公園――

 人払いの結界の効果により彼ら以外は誰もいないこの場所で、クロードは謎の少女ブリュンヒルデ率いるユグドラシルの刺客の黒づくめたちとの闘いを繰り広げていた。

 といっても、クロード、そして共に戦うピリアはかなり余裕を持った戦いぶりを見せていた。

 どれぐらい余裕なのかというと、ピリアの短いスカートからチラチラ覗く純白の布に集中力を削がれているクロードでも問題なく戦える程だ。

 しかし、クロードは別に見たくて見ているわけではないのだ、ただピリアが考えなしにハイキックを多用するものだから見えてしまうだけなのだ……。

 普段小動物の姿であり、人間の姿で戦うことなど滅多にないピリアはそういったことに対して全くと言っていいほど無頓着なのだ。

 しかし、目の前の銀髪の少女の正体がピリアだと知らないクロードにとっては、ただ無防備な美少女が目の前でパンチラしているようなものであり、その実、かなり目のやり場に困る状況なのである。

(無防備すぎるんだよちくしょう。まあ、そんなところも可愛いんだが……)

 そんな事を考えながら、襲い来る敵を次々と撃破していくクロードであった。

 その様子を眺めながら、ブリュンヒルデは自分の部下が倒されているにも関わらず、薄笑いを浮かべているだけだった。

 そして、ほどなくしてクロードとピリアは、黒づくめたちを全滅させることに成功したのだった。

「やるな、君!」

「クロードもね、けっこー強くなってるじゃん!」

 ピリアから褒められ、クロードは頭を掻く。どうやらここ最近の自主トレの成果が出たらしい……とはいえまだまだ未熟だと実感させられる場面もあったわけだが……。

 特に精神修行に関しては今後重点的に行わなければならないだろう。戦いの最中仲間の少女の下着に目が行ってしまうようではお話にならないのだから……

 クロードがそんなことを考えていると、ふと視線を感じて顔を上げる、するとブリュンヒルデがこちらを見つめていることに気付いた。

「ふふふ、お見事です。しかし、こんな雑兵を倒した程度で満足してもらっては困りますね……」

 穏やかな、そして余裕に満ちた口調と表情である。その瞬間クロードの背中をゾクゾクとしたものが駆け抜けた。

(こいつ……強い……! あの黒づくめたち全員の力を足してもまだ敵わないかもしれない……)

 そんな予感が脳裏を過り、思わず身構えてしまう。

 その恐怖を紛らわすようにクロードは叫ぶ。

「お前はいったい何者なんだ!? ユグドラシルのヴァルキリーとか言ってたが、それはなんなんだ!?」

 ピリアはそんなクロードに一瞬目を向けてからブリュンヒルデに視線を戻す。彼女もそれが気になっていたのだ。ブリュンヒルデが何者なのか。

 ブリュンヒルデがクロードの言葉にどう答えるのか固唾を飲んで見守る中、ブリュンヒルデはゆっくりと口を開いた……。

「ユグドラシルというのは私の所属する組織名です。目的は……この世に新たなる秩序を創造すること」

 そう言うとブリュンヒルデは両手を広げ天を仰いだ。

 その姿は神々しく、まるで天使のようであった。しかし、クロードは眉を顰めるとあからさまに不審げな表情を浮かべる。

「新たなる秩序? どういう意味だ?」

 当然の反応であろう。いきなりそんなことを言われても理解できるはずがないのだから……。しかしブリュンヒルデはそんな彼の様子を気にすることもなく話を続ける。

「この世界は腐っています、世には魔物、犯罪が蔓延り人々は怯えながら暮らしています……それ故に私たちは立ち上がったのです……この世の全てを浄化するために……」

 ブリュンヒルデはそこまで言うと目を閉じ大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと息を吐き出すと再び目を開いた。その瞳には決意の色が宿っているように見える。

「ずいぶんご立派な考えだね。けど、それとバイオモンスターを使って世界を混乱に陥れることに何の関係があるのさ!」

 ピリアが理解できないと首を振るとブリュンヒルデは小さく微笑んだ。

 そして静かに語り始める。

「言ったでしょう、我々ユグドラシルは新たな秩序を創造するのです。そのためには既存の社会構造を破壊する必要があります。バイオモンスターはそのための手駒の一つなのですよ」

 ブリュンヒルデの説明を聞いた瞬間、ピリアとクロードの表情が凍り付く。

「既存の社会の破壊とか、とんでもないことをさらっと言ってくれちゃうね!」

「ああ、まったくだ! そんな奴らに負けるわけにはいかないな!」

 ピリアとクロードが口々に言うと、ブリュンヒルデは肩をすくめて大きくため息を吐く。

「やれやれ、やはりあなたたちのような俗人には我らの崇高な理念を理解することは出来ぬようですね……」

「分かりたくもないな! それに、偉そうなことを言ってるが、要するにお前らのやりたいのは世界征服だろうが! 新たな秩序? ハッ、笑わせるな!」

 クロードの言葉にも全く動じることなくブリュンヒルデは静かに首を横に振るだけだ。

「我らにそんな意図はありませんがね。あなたのような無知蒙昧な愚民を導くためには必要なことなのですよ……」

 そう言って肩をすくめるブリュンヒルデを見てクロードはますます怒りを募らせていく……。

「まあ、分かってもらおうなどとは思ってませんよ、最初からね。聞かれたから答えただけであって、私はあなたたちを勧誘しに来たわけではないので」

 そこで言葉をいったん切ると、ブリュンヒルデはずっと纏っていた全身を覆う黒マントをバッと脱ぎ捨てる。

 マントの下には顔と同じく美しく、しかし華奢な少女の身体があった。動きやすそうな白銀の軽鎧で身体の要所を覆ってはいるが、お世辞にも強そうには思えない。

 

「う……」

 クロードは思わず一歩後ずさりしてしまう……それほどまでに彼女の放つ威圧感は凄まじかったのだ……まるで巨大なドラゴンと対峙しているかのような錯覚を覚えるほどに……

「さて、もう一つの質問にも答えましょう。ヴァルキリーというのは、ユグドラシルが擁する戦闘要員の中のエリートたちに与えられた称号です……いわば精鋭部隊の一員ということですね……」

 言いながら、ブリュンヒルデが手を振ると一瞬にしてその中に一振りの剣が現れた。太陽の光を受けてキラキラと輝くその刀身はまるで鏡のように美しい輝きを放っている……それは芸術品としても一級品であろうことは素人目にも明らかであった……。

 だがその美しさとは裏腹に、その刃には触れただけであらゆるものが斬れてしまいそうなほどの鋭利さを感じさせるものがある……その切れ味は見ただけで伝わってくるほどだ……おそらく並みの人間では触れることすらできないであろうと思われるほどである……それはつまり、この武器もまた尋常ならざる力を秘めたものであるということに他ならない。

「お話はここまで、それではそろそろ始めますか」

 ブリュンヒルデが宣言した途端、クロードの全身を凄まじい衝撃が貫く!

 その剣による斬撃ではなく、彼女が繰り出した拳の一撃によるものだったのだ。腹部に受けた強烈な一撃でクロードの身体は宙を舞い吹き飛ばされる。

「クロード!」

 ピリアの悲痛な叫び声が響く中、クロードの身体が地面に激突し砂埃を巻き上げる!

「この剣で一撃で切り裂くなんて生ぬるいことはしません、じわじわとなぶり殺しにしてあげます……」

 そう言って微笑むブリュンヒルデの顔は天使のように美しくも悪魔のような残忍さを内包していた……クロードはその笑みを見て背筋が凍るような恐怖を感じていた……

「やめろっ! クロードには手を出すな!!」

 その時、ピリアが素早くクロードの前へ躍り出るとブリュンヒルデの前に立ちはだかる。

「クロード、大丈夫?」

 小さくため息を吐くブリュンヒルデから目を逸らさぬまま、ピリアはクロードに問いかける。

「あ、ああ、なんとかな……。だが、あいつとんでもない強さだ……一撃で全身の骨がバラバラになっちまったみたいな感覚だったぜ……」

 そう答えるクロードの顔からは血の気が引いており、額に脂汗を浮かべていた。

「クロード……下がってて、あいつとはボクが戦う……いや、あいつはボクが倒す!」

 そう言って身構えるピリアに対し、クロードは驚愕の表情を浮かべて言う。

「な、何を言ってるんだ、無理だろ……君みたいな……」

「小さな子には無理だって、さっきと同じことを言うつもり? だけど、見てたでしょ、ボクは強いんだ。そう、君よりもね」

 そう言いながら不敵な笑みを浮かべるピリアに対して、クロードの表情が曇る。

(確かにそうだ……この子が強いことは認める……だが、今の一撃で分かった。あいつの強さは想像の遥か上を行っている……とてもじゃないが勝てるとは思えない……)

 そんなことを考えているうちにも、ブリュンヒルデはゆっくりとこちらに近づいてくる……その表情には余裕すら感じられるほどだ……そしてついに目の前までやってくると足を止め、口を開く。

「仲間を守るために戦いますか。健気ですねぇ。あなたが何者なのかは私にはわかりません。しかし、私の前に立ちはだかるのならば誰であろうと容赦はしない。それがたとえ幼子であってもね」

 そう言うと同時にブリュンヒルデの手が動く。その動きに合わせてピリアが迎撃しようと構えを取るが間に合わない。

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さで振り下ろされた剣によってピリアの小さな身体は切り裂かれる、だがまさにその刹那。

「エネルギーフィールド!」

 ピリアが叫ぶと同時に、彼女の身体の周りに光の膜のようなものが展開される。それと同時に激しい金属音が響き渡り火花が飛び散る!

 その光は半透明でありつつも非常に強固なものであり、まるでガラスのような質感を持っていた。

(こ、これって、ピリアの使ってた防御技……!?)

 クロードは思わず目を見開き驚いた。何故ピリアの使っていた防御技を目の前の謎の少女が使っているのか……?

 彼女の正体を知らないクロードは混乱してしまう……

 一方、攻撃を防がれたブリュンヒルデの方はというと特に動揺している様子は無かった。彼女は涼しい顔で剣を軽く振りながら言う。

「ほう、なかなかの防御力を持った障壁ですね。しかし、防御がいくら強固でも攻撃ができなければ意味がありませんよね?」

 そう言うや否やブリュンヒルデは再び剣を振るう、今度は横薙ぎの一閃だ。それをピリアはバックステップで回避するとすぐさま反撃に移る。

「防御だけだと思ったら大間違いだ! 食らえ、プラズマキャノン!!」

 叫びと共に、大きく開かれたピリアの口から、雷撃を纏った火球が放たれた!

 これもピリアの使っていた技だと驚くクロードの視線の先では、口からそんなものが吐き出されたことに目を丸くするブリュンヒルデの姿があった。どうやら完全に予想外だったようだ。 不意を突かれたことで避ける間もなくブリュンヒルデはその直撃を受けた。その瞬間、凄まじい爆発音と共に爆炎が上がる! その威力たるや凄まじく、地面が大きく抉れてしまっていた。

(なんて威力だよ……! あんな小さな身体のどこにこんな力が……)

 クロードはその破壊力に驚愕しつつも、ブリュンヒルデがどれだけ強かろうともあれを受けたらひとたまりもないだろうと自分たちの勝利を確信しグッと拳を握る。

 そして、それはピリアも同じだったようで「ははっ、見たか!」と拳を高々と掲げて喜んでいた。

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