第24話 ユグドラシルという組織

 クロードとピリアが敵の襲撃を受けている頃、リューヤはこの町のハンターギルドの中にある資料室に置かれたパソコンの前に座っていた。

 ここのパソコンはギルド本部のデータベースにアクセスすることが出来るため、様々な情報を調べられるのだ。

 しかも、上級ハンターであるリューヤは極秘ファイルのアクセス権限も持っている為、一般ハンターよりも多くの情報を閲覧することが可能なのである。

 肘を机に突き、握った拳の上に顎を乗せながら片手でマウスを操作し画面をスクロールさせていく。

「やはりドクタールーラーらしき人物が関わっていそうな事件の情報はこれといって見当たらないな……」

 ふと手を止め、眉間に片手を当てつつリューヤは呟く。

 ここを訪れてからというもの、すでに1時間近く経過しているにもかかわらずこれといった情報は得られていない状況だった。

(調べても出てこないとなると、ドクタールーラーは悪事に加担するような人間ではないのか。あるいはよほど用心深いのか……)

 前者ならいいのだが、気になるのは調べてもということである。

 何もここに集まるのは犯罪者や悪人の情報だけではない、有名人に関する情報だって集められるのだ。

 ドクター――つまり博士号を持ち、重病だったシルヴィを簡単に治療したというほどの科学技術を持つのならば、必ずどこかで名前が出てくるはずなのだが、それがないのだ……ということは……

(偽名か本名かは判断が付きかねるが、何らかの理由で表舞台には立とうとしない人物だということだ)

 ドクタールーラーは自分の研究の事を人類の未来のための崇高なものだと語ったらしい。

 それが本当に言葉通りだとするなら、不治の病を簡単に治療する技術を何故世間に公表しないのか……その理由はただ一つしかないだろう。

(つまり、フレデリックさんに語ったその目的は嘘だということだ。シルヴィの治療に関してもやはり善意によるものではなく、別の目的があったに違いない)

 そしてもし仮にそうだとすると、ドクタールーラーはやはり何かしら後ろ暗いものを持っているということになるだろう。

 だがしかし、いくら考えてもそれ以上のことは分からないため、ひとまず考えるのをやめることにしたのだった。

 そもそも、今ここであれこれ考えたところで答えが出るわけでもないのだから。

(結局これだけ調べて分かったことと言えば、悪人“の可能性が高い”ということだけか。やれやれと言った感じだな)

 最初からあまり期待はしていなかったとはいえ結局知りたかったことは何一つ分からなかったのだ、リューヤは口から漏れる溜息を抑えることが出来なかった。

(さて、いつまでもここにいても仕方がない。戻るとするか。クロードやシルヴィが待ちくたびれているだろうしな……)

 心の中で呟き、椅子から立ち上がろうとするリューヤだったが、その時ふとあることを思いつき、再びパソコンの画面に目を向けるとキーボードを操作し検索窓にある一文を打ち込んでみる。

 ――ユグドラシル――

 レストナックインダストリーの会長室から戻る際遭遇した謎の少女に言われた言葉、『ユグドラシルに気を付けてください』あれがどうしても気になっていたのである。もちろんただの戯言だと言われればそれまでなのだが、どうにもその言葉が気になって仕方がなかったのだ……だから調べてみようと思ったのだが……果たして結果は――

「出てきたな……えーと、要注意組織……? ユグドラシルとは組織名だったのか……」

 要注意組織というのは表立って犯罪を行っている証拠はないものの、裏では犯罪行為に手を染めている、もしくはこれから染めようとしている疑いのある組織のことを示している。

 平たく言ってしまえば、限りなく黒に近い怪しい奴らとしてハンターギルドが監視している集団のことである。

「そいつらに気を付けろ、か……どういうことだ……?」

 疑問の言葉を口にしながらも、リューヤには一つ思い浮かぶことがあった。

 今彼らは謎の組織と敵対している、バイオモンスターを操り攻撃を仕掛けてきた連中である。

 もしも奴らの正体がこのユグドラシルなる組織であるならば、そいつらに狙われているのだから警戒しろと言いたかったのではないだろうか?

(だが、何故あの子はそれを知っていた? そして何故それを教えてくれた?)

 謎の組織=ユグドラシルだとして、リューヤたちがユグドラシルに狙われていると知っている者など当事者であるリューヤたちかユグドラシルの構成員しかいないはずである。

 ということはあの少女は関係者なのだろうか? しかし、ユグドラシルのメンバーが自分たちに気を付けろと言うとは思えない。

 宣戦布告ならもっとはっきりとした形でしてくるはずだし、わざわざ回りくどい言い方をする必要もないだろう。

(まあいい。あの子のことはとりあえず後で考えることにしよう。とりあえずはユグドラシルについての情報を見てみるか)

 気持ちを切り替え、リューヤはマウスをクリックして組織についての詳細ページを開いたのだった。

「ふむ。ユグドラシル――近年設立された非営利団体の一つで、神話にその名前の由来を持ち、構成員は全員神話にちなんだ名前で呼ばれている……ねぇ」

 まず飛び込んできた情報にリューヤは思わず眉を顰める。

 どこかで聞いた単語だと思った理由がここで判明したと思ったリューヤであったが、それはともかくとして、組織名から構成員に至るまで神話で統一とはまた何とも胡散臭いと思ってしまったのだ。

(まあ別に趣味をどうこう言うつもりはないんだが……それにしたってなぁ……なんというか、あまりまともな感じはしないんだよな……)

 そんなことを考えつつも、画面をスクロールさせて概要を読み進めていくことにした。

「活動内容はええと……世の中をよりよくするための活動? よくわからんが、ともかくそういう感じのものらしいな……主な活動は環境保護や慈善事業といったところだろうか?」

(この部分の情報だけ見れば立派な組織だな……)

 ざっと見たところでリューヤが感じたのはそのような感想だった。

 名前のセンスはともかくとして確かに一見すると悪の組織のようには見えないのだが……

「要注意組織とされてる理由は……と。何々、資金源に関して不明な点が多いために裏で何かしら良からぬことをしているのではないかとの疑いあり。またその活動理念に関しても不透明な点多数。武器製造、兵士育成など不穏な噂が多数確認されており、それらも踏まえて要注意とされているのか……なるほどな、明確な証拠がないとはいえこれだけ怪しいとくれば要注意組織と言われても仕方ないだろうな」

 そう呟きながら、リューヤはさらにページを読み進めていくことにしたのだった。

「ユグドラシルは『ラグナロク』という謎の計画を推し進めているとの情報があり、監視を続行中。か」

(ラグナロクねぇ……)

 ラグナロクとは神話に出てくる、『終末の日』の事である。

 生物が死に絶え、神々の最終戦争が繰り広げられるとされる世界の終焉を指す言葉だ。

「名前の時点でヤバい臭いがプンプン漂ってくる計画だな……。まさか全世界に喧嘩でも売るつもりなのか?」

 思わずそんな呟きを漏らしてしまうリューヤである。

「とはいえ、これでふたを開けてみたら別になんてことのない計画だったってオチの可能性もあるから、ハンターギルドとしては現時点では静観するしかないんだろうが……」

 しかしそれも仕方のないことだろう。

 どんなに怪しい組織、人間であろうとも、実際に悪事を行わない限りはあくまでも善良な市民でしかないのである。

 そしてユグドラシルなる組織は少なくとも表向きには悪事を働いていない以上、こちらから手を出すことはできないのだ。

 それがたとえ相手が怪しげ極まりない組織であったとしても、である。

「とにかく、こいつらがバイオモンスターを造りそうな、そして俺たちを狙ってきた組織の第一候補であることだけは確かなようだな」

 呟きリューヤは椅子から立ち上がる。

(だが、それがわかったところで、じゃあどうすればいいんだって話なんだよな……)

 ユグドラシルの本部とされている場所にでも乗り込んで行って抗議したところで、「私たちは関係ありません、悪の組織なんてのはいわれのない濡れ衣です!」などとシラを切られてしまえばそれまでなのだ。

(どちらにしろ今はまだ情報が少なすぎる……敵の方から動いてくれるのを待つしかないってのが、なんとももどかしいところだな……)

 リューヤは思わずため息を吐いてしまうのだった。

 とはいえ、ここで気を落としてなどいられない。リューヤは資料室を後にすると、そのままギルドの建物からも出ていくことにしたのだった。

(さて、クロードとシルヴィのところに戻らなければな……)と、足を踏み出そうとするがそう言えば彼らが取ったホテルの場所をまだ聞いていたなかったことを思い出したリューヤは携帯デバイスを取り出すと、クロードの番号を入力する。

『お掛けになった電話は現在電波の届かない場所にあるか電源が入っていない為掛かりません』

 しかし返ってきたのは無機質な音声アナウンスだけだった。

(ん? 繋がらないな……クロードの奴何をやってるんだ?)

 気になるものの、仕方なく今度はシルヴィに連絡を取ってみることにする。

 こちらはしっかりとコール音が鳴り、しばらくすると繋がったようだった。

『はいはーい! 可愛い可愛いシルヴィちゃんでーす!』

 聞こえてくる声は間違いなくシルヴィのものだったが、妙にハイテンションである。

「お前、電話だと性格変わるのか……?」

『べ、別にそういうわけじゃないけど、いいでしょ、ちょっとぐらいふざけてもさ』

 思わず尋ねてしまうリューヤにそんな返答を返すシルヴィ。

 その答えにリューヤは小さくため息を吐くと気を取り直して要件を伝えようとする、しかし、妙な事に気が付いた。

 それは、電話越しに聞こえてくるざわめきの激しさだ。

 まるでライブ会場にでもいるような騒々しさだったが、一体どういうことなのか……?

「シルヴィ、今どこにいるんだ? やたらと騒がしいみたいだが……」

 そう尋ねるとシルヴィは慌てたような口調でこう返してきた。

『えっ!? あ! テ、テレビ!! そう、テレビ、今テレビでライブ中継をやっててね!!』

 なるほどそういうことか……と納得しつつリューヤは今度こそ用件を伝える。

「ところでシルヴィ、お前とクロードが取ったホテルの場所を教えて欲しいんだが……」

『えっ!? あ、ああ、いいけど。もしかして、もう戻ってくるの? もうちょっと時間潰してきてもいいんだよ?』

 何やら妙に慌てているようだがどうしたのだろうか? リューヤにはその理由がわからなかったがとりあえず答えることにした。

「いや、そうも言ってられないだろう。襲撃の心配がゼロでない以上こうして別行動をしている方が危険だしな……」

『そ、そうね……。じゃ、じゃあ場所教えるわね……』

 渋々と言った調子で答えるシルヴィ。リューヤはホテルに来て欲しくないのかと考えるものの、その理由が思いつかなかった。

 そして、シルヴィが答えたホテルの場所を記憶すると、リューヤは気になっていたことを尋ねてみることにする。

「ところでシルヴィ、お前は今クロードと一緒にホテルにいるんだよな?」

『うっ……え、ええ、そうだけど……?』

 最初の「うっ」はなんだとツッコミを入れたくなるもののぐっと堪えることにする。

「さっき俺は先にクロードに電話を掛けたんだが、繋がらなかったのはどうしてなんだ?」

 そのリューヤの言葉に、シルヴィは電話の向こうで間抜けな声を上げる。

『ふぇ? そうなの?』

「なんだよ、一緒にいるのに分からないのか? というか、そこにクロードもいるんだろ? お前が尋ねるか本人を呼べばいいだけの話じゃないか……」

 呆れながら言うと、シルヴィは慌てて取り繕うように言ってきた。

『え、そ、そうね。じゃあ聞いてみるわ!』

 そう言うと、シルヴィは電話の向こうでクロードと話しているそぶりを見せる。クロードの声は全く聞こえてこないし、テレビの音だとシルヴィが言っていたざわめきが相変わらずうるさいがリューヤは黙って待つことにした。

『ああ、ごめん。クロード出たくないって。ゆっくり寝かせて欲しいからデバイスの電源も切ってるって』

(寝てただけか……)と心の中で呟くとリューヤは小さくため息を吐く。

「そうか。ならいいんだ。てっきりあいつのことだから、ホテルでじっと待ってることが出来ずに外に遊びに出たんじゃないかと心配でな……」

 そう返すとシルヴィは、『うっ……そ、そーんなことあるあるわけないじゃないない! クロードもあたしも、ちゃーんとリューヤの言いつけは守ってるんだから!』と言ってきたので一応信じることにする事にした。

「わかったわかった。じゃあ俺はホテルに向かうよ。じゃあな」

『うん……』

 シルヴィが小さく答えるのを確認すると、リューヤは電話を切り。ホテルへと向かって歩き出すのだった……。

(シルヴィの奴、妙な態度を取りやがって……。まさかとは思うが、ホテルを抜け出してこのライブにでも出かけてんじゃないだろうな……)

 リューヤの視線の先には、建物の壁に貼られたヴェルナー・クランツのライブのポスターがあった。

(まさかな……)

 しかし、すぐに頭を振るとその考えを振り払うように足早にその場を後にするリューヤだった。

「あー、危なかった。あたしがホテル抜け出してライブ見に来てるなんて知られたら何を言われるか分かったもんじゃないからね……」

 先ほどまでリューヤと繋がっていた携帯デバイスを見つめながら冷や汗を流すシルヴィである。

「まあ、でも結局リューヤがホテルに行っちゃうんじゃ、あたしとクロードがいないのバレちゃうわね、仕方ないけど……」

 今から戻ればリューヤより先にホテルに着けるだろうが、このライブを途中で抜け出すことなど出来るわけもない。

「それにしても……」とシルヴィは先ほどのリューヤの言葉が気になっていた。

「クロードってば、携帯デバイスの電源切ってどこへ行ったのかしらね……」

 クロードは今何をしているのだろうと考えるも答えは出ないのである。

 しかし、会場へと戻り、再びヴェルナー・クランツの姿を目にした瞬間シルヴィの頭の中からは、クロードの事も、リューヤの事も消え去ってしまっていたのであった……。

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