第23話 刺客、現る!
(何やってんのボクはぁぁぁ!)
こけた瞬間、ピリアは心の中で絶叫していた。早くこの場を離れたくて焦っていたとはいえ、こんなミスを犯すなんて……と。
しかしもう遅い、完全にバランスを崩してしまったピリアはそのまま地面へと倒れ込んで行く。それは一瞬の出来事だったが、ピリアには全てがスローモーションのように見えていた……(このままじゃ顔からいっちゃうよぉ)
流石に死ぬことはないだろうが、激痛と鼻血ぐらいは覚悟しなければならないだろう……
(あうぅ……)そんなことを思いながら目を閉じると、すぐに訪れるであろう衝撃に備えるように身を強張らせた……
そして、衝撃は来た。しかし、それは地面への激突によるものではなかった、何か強い力で腕を引っ張られたことによって起こったものだったのだ。
痛みはなく、むしろ柔らかな感触に包まれているような安心感があった。恐る恐る目を開けるとそこにはクロードの顔があった。どうやらクロードが腕を引いてくれたらしい……
そしてそのままピリアはクロードの胸の中へと抱き寄せられてしまう形になったのだ……
(あわわわわっ)
突然のことに混乱してしまうが、それでもピリアはクロードを突き放すようなことはしなかった……というよりできなかったのだ……
クロードのこの行為が転びそうになった自分を気遣う完全なる善意から来るものだとわかっていたからだった……
「大丈夫か?」
その証拠にクロードの掛けた言葉は純粋に心配しているだけのものだった……
「あ、う、うん……」
転びそうになったところを見られたという気恥ずかしさと、助けてもらったという感謝と、クロードに抱きしめられているような状態にあることへの戸惑いと……様々な感情が入り交じり、ピリアはそう返すことしか出来なかった。
(そろそろ放してくれないかな……)
しばらく(と言っても感覚として長かっただけで、実際の時間は数秒程度のものではあったが)そのままの状態が続いた後、ピリアは思うが、クロードはその手を離そうとしない。
恐る恐る顔を上げたピリアはそこでとんでもないものを見てしまった。
なんと、クロードは完全ににやけた表情をしていたのだ……
(こいつ……っ、完全にボクの身体の感触を楽しんでやがる……!!)
そう思い至った瞬間、一気に頭に血が上っていくのを感じた……
最初は純粋な優しさと気遣いから助けてくれたのであろうが、腕の中のピリアの感触に気を良くしたのか、彼の中の欲望が顔を出してしまったのだ。
(そうだね……クロードはこういう奴だったね……!)
少し見直して損をした気分になりながらも、このままではいけないと思いピリアはクロードの腕の中でもがく。
「ちょっと! いつまでくっついてるつもりさ!」
そう言ってクロードの身体を押し退けると、彼は名残惜しそうな表情を浮かべながらも素直に手を離してくれたので一安心する。
しかしクロードはハッとした顔になると、両手を前に突き出していやいやのポーズを取ったかと思うと弁明を始めるのだ。
「いや、違うんだ。オレはただ純粋に君の事が心配だっただけでだな……!」
その必死な様子にピリアは怒るのもバカバカしくなり、小さく肩をすくめる。
「はぁ、まあいいや。助けてくれたのは事実だからね。ボクを抱きしめたことはそのお礼ということにしておいてあげるよ」
そう言いながらピリアはニイッと口元を歪めて見せた。
「あ、ああ。だけどオレは本当に下心とかじゃなくてだな……」
なおも言い訳染みたことを言ってくるクロードに「はいはい」と返しながら、ピリアは「とにかく、ボクはそろそろ行くよ」と今度こそその場を立ち去ろうとクロードに背を向ける。
「ま、待ってくれ!」
呼び止められ、ピリアは(もういい加減にして!)と心の中で叫ぶがそれは表面には出さずに「何?」と首を傾げて見せる。
「あの……こんな事言うのもあれなんだけどさ……オレ、君の名前覚えてないんだ、本当にごめん! だから、もう一度教えてくれないか……?」
クロードが申し訳なさそうに言うのを見て、ピリアは再び身体を硬直させた。
(そう来る……? さて、困った、どうしよう……)
せっかく正体をばらさずに別れられるところだったというのに、ここで「ピリアです」などと言ってしまえばこれまでの苦労が水の泡だ……
しかし、ここで名前も名乗らずに姿を消してしまうのは不自然極まりない。
(こうなったら適当な偽名でも名乗って誤魔化してしまおうかな。だけど、うーん……)
堂々と嘘の名前を言うのはなんとなく気が引ける根が真面目なピリアである。
(それにボクってイマイチセンスが良くないんだよね……)
そんな事を思いながら頭を悩ませるピリアだったが、そろそろクロードがじれてきたのが気配で伝わってくる。
もうこれ以上は返答を伸ばせないと判断し、適当でもいいから何か言わなければと口を開くのだが――
「こんなところでナンパとはのんきなものですね」
唐突に、そんな声が割って入ってきたのだった。
ピリアとクロードがそちらへと視線を向けると、そこにはいくつかの黒い人影が佇んでいた。
(え……? 何?)
全身を覆う真っ黒いマントを纏った謎の人物たちを前にして戸惑うしかないピリアであったが、すぐに気を取り直してそいつらに疑問の声を飛ばす。
「なんだ、君たち!?」
ピリアの声に触発されたように、クロードもハッと我に返ると、続けて叫んだ。
「何者だ!? 名を名乗れ!!」
クロードの言葉に答えるかのように、黒マントの一人が一歩前に出ると、ゆっくりとフードを外してその顔を見せた。
そこから現れたのは美しい少女の顔であった。
年のころは15、6歳。クロードと同い年か少し年下と言ったところであろう。少なくともピリアの人間形態よりは大人びて見える。
髪は金色、瞳はブルー。作り物染みたその顔にはどこか挑戦的な笑みが浮かんでいる。
思春期の青少年の
「馬鹿、何を見惚れてんの!? どう見ても怪しいでしょ!」
クロードの様子を見て呆れた声を上げるピリアであったが、そんな彼女に構わず少女は話し始める。
「お初にお目にかかります、私の名はブリュンヒルデ、『ユグドラシル』のヴァルキリーです。以後お見知りおきを」
そう言うと、少女は大仰な仕草で頭を下げる、そして顔を上げるとニヤッと笑って見せた。
(ユグドラシル……!?)
『ユグドラシルにやられないよう頑張ってくださいね』
ピリアの脳裏に先ほどティアリスという少女から言われた言葉が浮かぶ。
(あの子はこのことを言ってたの? でも、だとしたら……)
「あの……ブリュンヒルデ様。一応我ら秘密結社なので、堂々と名乗られるのはどうかと……」
ピリアが心の中で色々と思考を巡らしているうちにブリュンヒルデと名乗る少女の横に控えていた黒づくめの一人が小声でそう言う。
しかし、ブリュンヒルデはそれを一瞥すると、さらっと言う。
「かまいませんよ、どうせ彼らはここで死ぬのですから。ねえ、そうでしょう? クロードさん?」
「え……?」
突然名前を呼ばれ、呆けたような声を出すクロードに対し、彼女は続けて言う。
「何を間の抜けた声を上げているのですか? 私がここにいるということはどういうことか……聡明な貴方ならとっくに理解しているでしょう? それともまだ理解していないとでもいうつもりですか? そんなはずはないですよね? だって貴方は賢い人なんですから!」
まるで挑発するかのように捲し立ててくるブリュンヒルデだったが、クロードには状況がいまいち理解できていなかったため困惑していた。
(何を言ってるんだこの子は……?)
クロードがそう考えた時だった。ピリアが彼を押しのけるようにずいっと前へ出ると、ブリュンヒルデに人差し指を突き付けながら叫んだ。
「お前たち、バイオモンスター事件の黒幕の組織の刺客だな! 自分たちの計画を邪魔したクロードを始末しに来たってわけだ!」
ピリアの言葉を聞いてクロードはようやく思い出した。自分たちが何者かに狙われていることを……。
(携帯デバイスを変えたから、もうGPSでオレたちの居場所を探れないと思って油断してた……!)
だが、今更後悔してももう遅いだろう。それに今はそんなことを考えている場合ではない……。
目の前にいる謎の集団は明らかに自分たちに敵意を向けているのだから……。
(しかし、それにしてもバイオモンスターじゃなくて組織の構成員らしき奴らが直接、しかもこんな街中で襲ってくるなんて……)
クロードがそんなことを思っていると、ブリュンヒルデは自分たちの正体を看破して見せたピリアに視線を向け、首を傾げながら言った。
「ご明察ですが、一体あなたは何者ですか? あなたのような者がいるという話は聞いていなかったのですが……」
(そりゃそうだろうね……。ボクとリューヤの存在はこいつらには察知されてないはずだし、仮にされてたとしてもこいつらが知ってるのは小動物の姿のボクだけだしね……)
そう思いながらも、ピリアは答えた。
「君なんかに教えてあげる義理はないね!」
「そうですか、まあいいでしょう。何者であれ、私たちの邪魔をするのであれば排除するまでです」
その言葉にピリアは身構えるが、横からクロードが肘で小突いて来たのでそちらへと視線を向ける。もちろんブリュンヒルデからは意識を逸らさない。
クロードは小声で言う。
「君がバイオモンスターの事まで知ってたとはな。驚きだったが、これはちょっとまずいぜ? あの女オレだけじゃなく君まで始末する気だ……」
「そうみたいだね……。でもまあ、ボクも無関係ってわけじゃないし、君を見捨てるわけにはいかないからね……」
クロードの言葉にそう返すと、ピリアは再びブリュンヒルデを睨みつけるのだった……。
「おい、まさか戦うつもりか? 無理すんなよ。あいつらの力は未知数だが、どんなに低く見積もってもバイオモンスタークラスはあるはずだ、君みたいな小さい子が敵う相手じゃないぞ?」
小さい子という言葉に、ピリアは少しムッとした表情を浮かべるがすぐに口元をニヤッと歪めると、こう返した。
「ずいぶんな言われようだね。大丈夫だよ、ボクは強いから。それより君こそ気をつけなよ?」
そう言ってピリアがウインクしてみせると、クロードは少し驚いたような表情を浮かべた。彼女の言葉が決して強がりなどではなく、本心から出ているものだと理解したからだ。
「ほう、面白いですね。ではそのお手並みを拝見させてもらいましょうか」
二人のやり取りを黙ってみていたブリュンヒルデは楽しそうに笑いながら言うと、右手をさっと上げる。
それが合図になったかのように、彼女のそばに控えていた黒づくめたちが一斉に動き出した!
「くっ!」
クロードは先ほどから敵に悟られないよう剣の柄へと添えていた手を握りしめると、一気に引き抜く。そして、黒づくめを迎え撃つべく身構えるが……。
「ハッ!!」
クロードの横をすり抜けるようにして飛び出した小さな影が敵の一人の懐へと飛び込むと、目にも留まらぬ速さで拳を放つ! すると敵は吹っ飛び、壁に激突して動かなくなった。
もちろんその影の正体はピリアである。クロードは彼女の鮮やかな身のこなしを見て感嘆の声を漏らす。
「どう? ボク強いでしょ?」
そう言って自慢げに胸を張って見せるピリアだったが、クロードは彼女の背後から迫るもう一人の敵を見逃さなかった!
(危ない!!)
クロードがそう思った時には既に遅く、敵が手にしたナイフが振り下ろされようとしていた……しかし、次の瞬間には敵の身体が宙を舞っていた……!
それは目にも止まらぬ速さで繰り出されたピリアの回し蹴りによるものだった……。
クロードはその見事な技に思わず見惚れてしまう……が、もう一つ、彼の視線を釘付けにするものがあった……。
彼女が回し蹴りを繰り出した瞬間彼は確かに見てしまったのだ、彼女の短いスカートから覗く純白の布地を……
(あ、あんな短いスカートで蹴りなんぞ放つからだ! オレは悪くない、これは不可抗力だ!)
心の中でそう叫ぶがもちろん本人に聞こえるはずもない。そしてそんなクロードを尻目に、彼女は再び敵の群れに飛び込んでいくのだった……。
「ほう、なかなかやりますね」
高みの見物を決め込んでいるのか、少し離れた場所からブリュンヒルデが感心したような声を上げた。
そんな彼女に対し、クロードは自分に襲い掛かる黒づくめを撃退しつつ叫んだ。
「何がやりますねだ! こんな街中で仕掛けてきやがって! 何を考えてやがる!!」
クロードが気にしているのは、無関係な一般人を巻き込む可能性だ。いくら何でもやりすぎだろうと思ったのだ。
だがブリュンヒルデは平然と答える。
「ご安心を、私たちも一般人を巻き込むのは本意ではありません。なので、すでにこの周囲には結界を張ってありますので無関係な一般市民に被害が出ることはありませんよ?」
その言葉にクロードは安堵するものの、結界という言葉に秘められたもう一つの意味を悟り戦慄する。
つまりそれは、彼らはここから逃げることも、助けが来るのを期待することも出来ないということだ。
(くそったれ……つまりこの場を切り抜けるためには、否が応でもこいつらを倒すしかないってことか……)
クロードの予定では、ある程度敵を減らしたら、この場から全速力で離脱するつもりだったのだが、それも叶わぬ夢となってしまったようだ……。
(まあいい、とりあえず今はこいつらの数を減らすことだ!)
幸い黒づくめたちはクロードでも倒せる程度の実力の持ち主だった。それに、ピリアの実力も目を見張るものがある、このままなら何とかなるかもしれない。
クロードは剣を握る力に手を込め、敵集団を睨みつけると一気に駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます