第22話 ピリア、大いに焦る
(しまった……!)
そう心の中で呟くピリアだったがもはや後の祭りであった。
その視線の先では、驚きとも歓喜ともつかない表情をしたクロードがこちらを呆然と見つめていたのだった。
しかし、それも一瞬のことですぐにハッとした表情になると慌てた様子で駆け寄ってきた。
「やっぱり、君だ! こんなところで会えるなんて! いやー、偶然だなぁ!」
そう言ってクロードが笑顔で話しかけてくるが、対するピリアは冷や汗を流しながら目を泳がせていた。
(ど、どうしよう。クロードにこの姿見せたらダメだってリューヤに言われてたのに……)
そう思いながらちらりとクロードの方を見ると、彼はまだ興奮冷めやらぬといった表情でこちらを見つめているではないか!
(これは困った……困ったことになった……リューヤ、教えて……この状況、どう切り抜ければいいのさ……)
相棒に尋ねたいところだが、あいにくテレパシーを使うのには多大な集中力が必要なのだ。とてもじゃないが、今は使うことはできない。
ピリアの頭は今、混乱を極めていた……
一方のクロードは森の温泉で見かけた少女とこんな場所で再会できた運命に感動していた。
(やっぱりあの子は幻とかじゃなかった! こうして再び出会えたんだ、しっかりとお近づきにならなければ!)
少女がピリアだということを知らないクロードは燃えていた。一目惚れに近い感情を抱いてしまった相手との偶然の再会である、ここで逃してなるものかと意気込んでいた。
しかし、ここであまりにがっついた様子を見せて嫌われてしまってはいけないと思い直し、とりあえず心を落ち着かせまずはこっそりと少女を観察、分析することにしたクロードだった。
(間近で見るとますます可愛いなぁ……肌も真っ白だし、睫毛も長いし、目もぱっちりしてるし、まるで人形みたいだ)
そんなことを考えているうちに自然と口元が緩んでしまうクロードであったが、戸惑った様子を見せつつ少女が返してきた言葉に少女以上に焦ってしまうことになる。
彼女はこう言ったのだ。
「え、えーと、ひ、人違いじゃないかな、ボク、君となんか会ったことないし」
一瞬、女の子なのに一人称がボクだなんてそんなところも可愛らしいと思ってしまったクロードであったが、即座にそれを押し流すほどの動揺に見舞われることになったのである。
(し、しまったーーーー!! 確かに言われてみれば、オレこの子に会った事はなかったんだーーーー!!)
クロードは少女を見たことがある、しかし、それは温泉で偶然入浴シーンを覗いてしまった時だけである。つまりクロード自身は少女とは面識がないということになるのだ。
クロードの額からどっと汗が噴き出す。
(やべぇ、やべぇぞオレ。何やってんだ!! 覗き見した相手を見かけて舞い上がって思わず声かけちまったよ!)
うっかりにも程があると後悔するクロードだったが、一方で自分の行動に疑問を持つ。
いくら彼が間抜けであったとしても、偶然の再会にテンションが上がりすぎて面識もない相手に声を掛けるほど馬鹿ではないはずだと……
しかし、先ほど彼は自然と、彼女に声を掛けていたのだ。それこそまるで親しい友人に対するかのように……
そこまで考えてクロードはふと思い出した。それは、温泉で少女が漏らした独り言である。
彼女はクロードの名前を口にし、彼がシルヴィの入浴を覗こうとしたことを知っているような発言をしていたのだ……
(そうだ、この子はオレの名前や行動を知っている……。そして、顔を突き合わせるのは初めてのはずなのに、そんな気がしないこの不思議な感じ……)
クロードは一つの結論を導き出した。
自分はこの少女と(あの温泉以前に)どこかで会ったことがある! しかも顔も名前も知っている間柄だ!
あの時クロードは少女は妖精か何かでクロードの事をどこからか見ていたのだと推測した。
しかし、実在もあやふやな妖精説よりもそちらの方がよほど現実味を帯びていると思ったからだ。
(よし、どっちにしろこのままじゃオレの覗きがバレかねねぇ! オレと彼女は顔を合わせたことがあるという体でいこう!)
クロードはその結論に賭けることにしたのだった。
「な、何言ってんだよ! ほ、ほら、オレだよオレクロード! 君、オレと会ったことがあるだろ! ほら、あそこでさ!!」
叫びながら、グイッと身を乗り出すクロード。少女は上体を逸らしつつさらに戸惑った様子を見せるも、反論はしてこない。
その様子を見てクロードはさらに確信を深める。もし本当に顔を合わせたことがないのなら、君の事なんか知らないと即座に返せるはずだ、この間こそが何よりの証拠だと……
そんなクロードに詰め寄られ、少女ことピリアは完全に頭がパニック状態に陥いっていた。
(ま、まずい……クロード、まさかボクがピリアだって気づいてるんじゃないよね?)
そんな考えも思い浮かぶが、流石にそれはないかと即座に否定する。もしピリアだと気づいていたらそれを口に出さないわけがない。
しかし、本能的な何かで、クロードはこの人間形態の自分が知り合いであることを察してしまったのは間違いなかった……
(どうする? 誤魔化す?)
だが、今から誤魔化しても逆効果のような気がしていた。
抜けているところがあるとはいえ、クロードもハンターの端くれ。相手の嘘を見抜く程度の観察眼はあるだろう。
下手に誤魔化そうとすれば逆に怪しまれるかもしれないと思い至ったところで、クロードが口を開いた。
「なぁ、オレたち前に会ったことあるよな?」
クロードの言葉にピリアは一瞬だけ逡巡するとこう答えることにした。
「あ、ああ、ああ。君かぁ! 思い出した思い出した、ごめんね気づかなくて」
とりあえず顔見知りであることだけは肯定してやるのだ、その上で特に深い知り合いではないと匂わせることでこれ以上追求されないようにしようと考えたのである。
そんなピリアの思惑など知らず、顔見知りであることを肯定されたことでクロードの顔がパッと明るくなった。
「そっかぁ! やっぱり会ったことがあったんだな! いやぁー良かったぜ!」
(よしよし、後は二言三言会話をして、頃合いを見計らって「ボク忙しいから、じゃね」なんて言いながらこの場を離れれば完璧だ!)
内心でそんな計算をしながら、ピリアはクロードの次の言葉を待つ……。
(やっぱりオレはこの子と会ってた! 全く思い出せないが……。とにかくこれで温泉での覗きの件だけは誤魔化せたはずだ!)
クロードは自分の目論見が上手くいったことに内心ほくそ笑む……。
(さて、後は何とかこの子の事を聞き出しつつ、上手いことやって関係性を築かなくては……)
「な、なあ。せっかくここで再会できたのも何かの縁だしさ……どこかゆっくり話せる場所に移動しないか?」
クロードが言った瞬間少女の顔がピシッと固まった……。
その様子にクロードはしまったと再び心の中で叫ぶ、あまりにも性急すぎたかと……。
自分が全く覚えていないことから考えて、少女と自分は顔見知りではあるようだが、親しくはないはずだ。いきなりお茶に誘うなど馴れ馴れしいと思われても仕方がないかもしれないと思ったからだ。
クロードは慌てて訂正しようとするも、その前に少女が口を開いた。
「ああ、ご、ごめん。少しびっくりしちゃって。お誘いは嬉しいんだけどさぁ、ボク今ちょっと忙しくてさ……」
その言葉を聞き、クロードはとりあえず少女が自分に嫌悪感を抱いたとか怒ったとかではないことにホッと胸を撫でおろす。
しかし、こう言われてしまったらこれ以上強引に誘えないのも事実だった。どうしたものかと考えているうちに少女は言葉を続ける。
「そんなわけで、ボクはもう行くね! じゃあまたどこかで会おう!」
少女はひゅっと片手を上げると、クロードに背を向ける。
(嘘だろ!? 美少女と仲良くなれるこの大チャンスを!!)
そう思うも、引き留めるわけにも行かないクロードであったが、その時一歩足を踏み出した少女が焦りのせいか足を縺れさせてしまいバランスを崩す。
「わっ」と少女の短い悲鳴が耳に届くより早く、クロードはとっさにその手を伸ばしていたのだった……。
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