第21話 ピリアと謎の少女

 アルミシティ中央公園――その名の通りアルミシティのほぼ中心に位置する巨大な公園だ。芝生や木々が生い茂っており、市民の憩いの場となっている。

 公園内には様々な施設が存在し、スポーツジムやアスレチックコース、プールなどもあるため市民たちの生活に欠かせない場所の一つとなっていた。また、敷地内には美術館や博物館なども存在し、文化的な催し物も頻繁に行われているため訪れる人々も多い。

 その公園の片隅の森林エリアの木の上で一匹の銀色の体毛を持つリスに似た生物が、瞳を閉じ何やらぶつぶつと呟いていた。

「――そっか、それでリューヤはハンターギルドで調べ物をするつもりなんだね」

 その生物の名はピリア、リューヤの可愛らしい相棒である。

 ピリアは今、リューヤとのテレパシー通信を試みているのだ。

「うん……うん……シルヴィとクロードはホテルに行ったんだね。じゃあボクもそっちで待ってるよ。リューヤも気を付けてね、それじゃ」

 交信を終えると、ピリアは木の上から飛び降りた。それなりの高さからの落下ではあったが空中でくるっと回転し、軽やかに着地してみせるとそのまま歩き出した。

 そして、歩きながら少し意識を集中する。

(あれ? シルヴィとクロードは一緒にいるわけじゃないのか?)

 ピリアには仲間の居場所を察知できる能力がある、それによって二人が泊まるホテルを探してそこへ向かおうと考えていたのだが、シルヴィの反応とクロードの反応は別々の場所から感じられた。

(もしかしてあの二人、リューヤの言いつけを守らず二人で街へ遊びに行ってたりするのかな……)

 そんな考えが頭をよぎるとピリアはやれやれとため息を吐く。

(一応狙われてる身だってのに呑気だなぁ。お説教してやらないと)

 そう決めると、ピリアは今いる場所から近いところにいるクロードの反応の場所へと進行方向を変える。

 その時だ、ピリアの前を一人の少女が通り過ぎて行く。

 ピリアはその少女の姿を見て思わず目を見開いた。

(あの子……)

 少女は銀髪をポニーテールにまとめており、服装はローブ姿だった。

 しかし、ピリアを何よりも驚かせたのはその少女の容姿だ、彼女の顔は人間に変身した時の自分の姿と瓜二つだったのだ。

 それを認識した瞬間ピリアは自然と体が動いていた。

 少女の後を追いかけるために。

「ま、待って!」

 思わず叫んでしまい、ハッとなる。

 呼び止められ、少女がゆっくりと振り向こうとする、このままでは喋るリスとして捕まってしまう。

(周囲には誰もいない、こうなったら!)

 一瞬の判断でピリアはその姿を人間の少女へと変える。振り向きつつある少女そっくりの姿へと――

「何か御用ですか?」

 突然声を掛けられたというのに、少女は一切動じることもなく無感情な声で答える。

 ピリアは内心冷や汗をかきながらも平静を装う。

「ごめんなさい、いきなり声をかけちゃったりして」

 ピリアは少女の目の前まで歩み寄りながら謝った。

「いえ、別に構いませんが」

 少女はそう言うと、無感情な表情のままピリアを見つめている。

「あ、ありがとう」

 ピリアはホッとしたように微笑む。

「それで、私に何か用でしょうか?」

 ピリアが安心していると、少女が話しかけてきた。

 その言葉を聞いてピリアは戸惑ってしまった、思わず声をかけてしまったが、特に話したいことがあるわけではないからだ。

 とはいえ今更引き返すわけにもいかないのでピリアは覚悟を決めて尋ねることにした。

「あ、あのさ、君って、その……ボクと、似てるね……」

 ピリアは言いながら自分は何を言っているんだろうと恥ずかしくなってきた。

 しかし、少女が発した言葉を聞いて固まってしまう。

「そうですか? 私はあなたのようなちんちくりんではありませんが」

「ち、ちんちく……!?」

 ピリアは思わず絶句してしまう。

「私はあなたより背が高いです、胸も大きいです、見た目的に年齢も上です、だからあなたのことをちんちくりんと言いました」

 淡々と告げてくる少女に、ピリアは顔を真っ赤にして反論する。

「そ、それはそうかもしれないけどぉ、そんな言い方ないじゃない!」

 ピリアの言葉を聞いた少女はため息をつく。

「そうやってすぐにムキになるところがちんちくりんなんです」

「ムキー!!」

 いきり立つピリアに少女は肩をすくめ首を振ると小ばかにしたような表情で言う。

「それよりも、あなたはただ似ているという理由だけで、私に声をかけたのですか?」

 ピリアは思わず言葉に詰まる、実際にそうなのだが、改めて言われるとなんとなくバツが悪い気分になってしまうのだ。

(でも、この子は一体誰なんだろ?)

 ピリアは目の前の少女を見ながら考える、見た目は自分と似ているが、雰囲気が違うのを感じる。少女からは冷たい印象を受けた。

 その時、じっと見つめるピリアの視線を受けて少女のピリアと同じ赤い瞳がわずかに揺れるのを感じた。

 少女はふいっとピリアの視線から逃れるように顔を逸らす。

「用がないのでしたら私は行きますよ……」

「ま、待って」

 立ち去ろうとする少女をピリアは慌てて呼び止める。

「なんですか? 用があるのでしたら早く言ってください、私も決して暇ではないのです」

 ピリアは少し迷ったが意を決すると少女に質問する。

「君は……ボクのこと知ってる?」

 ピリアは自分の口をついて出てきた言葉にわずかに驚く、しかし、つい少女を呼び止めてしまった理由がそこにあった。

 自分に似ているこの少女、もしかしたら過去の記憶を失う前の知り合いかもしれないと考えたのだ。

 少女はピリアの質問を聞くと少し驚いたような顔を浮かべたが、すぐに表情を戻すと逆に聞き返してきた。

「それはどういう意図の質問ですか? あなたが私を知っているのならば私もあなたを知っているでしょう、あなたが私を知らないのならば、私もあなたを知らないはず、そういうものではないですか?」

 少女の言葉はもっともだった。

 しかし、過去の記憶を失っているピリアの場合はそれが当てはまらないのだ。

 ピリアはわずかに逡巡したのち、素直に自分の素性を話すことにした。

「実は……ボクは、過去の記憶がないんだ」

 ピリアが発した言葉に少女はほんのわずかに眉を動かしたものの、相変わらず無感情な様子で言う。

「なるほど、それで姿が似ている私を見てもしかしたら身内か何かと思ったのですね」

 ピリアはこくりと小さくうなずく。

「そう……だね、うん、そんな感じ」

「なるほど……期待した私がバカでしたね」

「え?」

 ボソッとつぶやいた少女の声にピリアは首を傾げる。

「いえ、気にしないでください、こっちの話ですから。それより、申し訳ありませんが私はあなたのことなどまったくこれっぽっちも全然本当に一切知りません」

 やたらと強調して言う少女。

 その口調はどこか拗ねた子供のようだった。

 ピリアはそんな少女の様子にますます困惑する。

「そ、そう……」

 ピリアはそれだけ言うと黙り込んでしまう。

 あからさまに落ち込んだ様子のピリアに少女は小さくため息をつくとまるで元気づけるように言う。

「そう落ち込むものではないですよ、記憶なんてある時ふと思い出したりするものです。それにあなたには今があるじゃありませんか。過去に縛られる必要などないんですよ」

 少女はあくまでも無表情に、淡々と言う。

 その言葉にピリアは思わず顔を上げる。

「……君って、優しいんだね」

 ピリアは少女を見つめながらそう言った。

「別に優しくなどはありませんよ。私はただ思ったことを言ったまでです」

 少女は相変わらず無表情だ、しかしピリアには彼女の表情がわずかに柔らかくなったように見えた。

「そっか、でも嬉しかった。ありがとう」

 にっこりと微笑みながらまっすぐに少女の瞳を見据え、ピリアは感謝の言葉を口にする。

 少女はしばしそれを受け止めていたが、やがれふいっと顔を逸らしてしまう。

「感謝は必要ありませんよ。それより、もう話は終わりですよね? それでは失礼します……」

 少女はそう言い残すとくるりと踵を返して歩き出そうとするが、再びピリアは呼び止める。

「ま、待ってよ!」

「まだ何か? 先ほども言ったように、あなたの素性に関して私は何も知りませんよ?」

 ピリアの言葉に足を止めると顔だけをこちらに向けながら少女は答える。

 ピリアは少し躊躇ったあと意を決して言うことにした。

「それはわかったよ、けど良かったらもう少しだけお話してくれない? 何故かはわからないけど、ボクは君ともっと話がしたいんだ……」

 しかし、ピリアの言葉に少女は静かに首を振る。

「申し訳ありませんが、先ほども言ったように私も決して暇ではないのですよ。それに、あなたにもそんな事をしている暇はないのではないですか?」

 言われてピリアは、クロードやシルヴィとさっさと合流しホテルでリューヤの帰りを待つ約束をしていたことを思い出す。

(確かに、これ以上時間を無駄にはできない、けど……)

 ピリアには今の言葉に少しだけ引っかかることがあった、少女はまるでピリアに予定があるのをわかっているかのような口ぶりだったのだ。

 しかし、それも一瞬のことですぐに気のせいだろうと結論づけてしまう。そして、少し考えてから口を開く。

「……そうだね、うん、わかった……。だけど、一つだけ教えて欲しいんだけど……」

 ピリアはそこまで言うと一度言葉を切る。それから意を決して聞くことにした。

「……君の名前を教えてくれないかな? ボクは君の名前が知りたいんだ……」

 そんなピリアの質問を予測していたかのように、少女は静かな口調で、しかしピリアの瞳をしっかりと見つめながら答えるのだった。

「ティアリス……私の名前はティアリスです」

「ティア……リス……」

 ピリアは静かにその名を反芻する。聞いたことのない名前だ、しかし、その名前を口にすると不思議な懐かしさを感じることができた。

(やっぱり、ボクの記憶に関係があるんだろうか……でも、ティアリスは知らないって言うし……)

 僅かに俯き顎に人差し指を当て考えこむピリアにティアリスと名乗った少女は言う。

「運が良ければまた会えますよ。とりあえずは『ユグドラシル』にやられないよう頑張ってくださいね。

「え?」

 ティアリスの言葉にピリアは思わず顔を上げる。

 その瞬間、一陣の風が吹いたかと思うと、そこに少女の姿は無かった。

「……消えた? いったいどこに……」

 ピリアはあたりを見回すがその姿を見つけることはできなかった。

「不思議な子だったな……ティアリスか……。本当にまた会えるかな? それにしても、ユグドラシルって一体……?」

 首をひねるピリアだったが、もう一つあることに気が付いた。

「あれ、最後にあの子ボクの名前を……名乗ったっけ、ボク?」

 記憶喪失云々の話をするときに名乗ったような気もするし、そうでない気もする。

 だが、もし名乗っていなかったとするならどうして彼女は自分の名前を知っていたのだろうか?

 ティアリスのもたらした様々な謎について考えていたピリアであったが、そんなピリアの考えを吹き飛ばすような声が唐突にその耳を打った。

「あー、き、君は!!」

 それは、ピリアの知っている声だった。そして今から彼女が捜しに行こうとしている相手の声でもあった。

 しかし、同時に今聞こえてきてはまずい声でもあった、何故ならピリアは今人間形態を取っている、つまり今の姿を見られては非常にまずいことになるのである。

 ピリアはぎぎぎっと音がしそうなほどにゆっくりと声のした方向を振り返る。そこには予想通りの人物が立っていた、その人物とは……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る