第20話 じっとしてられない二人

「リューヤは大人しく待ってろって言ったけどさぁ、正直退屈よね?」

 とりあえずレストナックインダストリー本社の近場のホテルに部屋を取ったクロードとシルヴィだったが、早くも手持ち無沙汰になっていた。

 ホテルの部屋は広いが調度品は少なく殺風景だ。テレビはあるが特に見たいような番組はやっていなかった。

 ソファーに腰掛けながら、テーブルの上に置いた自身の携帯デバイスを指で弄んでいたシルヴィが発したのがさっきの言葉である。

 その声音には退屈さが滲み出ていた。

「おいおい、そんなこと言っても仕方ないだろ? 大人しく待ってるしかないぜ?」

 そう言いながら、彼女の向かい側のソファーへと腰を下ろすクロード。

「そんなこと言って、あんた本当は町を見て回りたいと思ってるんじゃない?」

 クロードにとってこのアルミシティは初めての大都会だ。この町出身であるシルヴィ以上に興味を惹かれていることだろう。

「う、そ、それは……」

「リューヤはいつ戻ってくるかもわからないのよ? その間あたしたちだけここでじっとしてるっていうの?」

 痛いところを突かれて口籠もってしまうクロードに畳みかけるように言葉を続けるシルヴィ。

 彼女はどうしてもリューヤがいない間に外出したいようだ。

「それにさ、あたし思ったんだけど、リューヤがあたしたちに大人しく待ってろって言ったのは敵の襲撃の可能性を懸念しての事よね?」

「そうだな」

「だったらさ、ホテルでじっとしてるよりも人が大勢いる街中の方がむしろ安全かもしれないじゃない?」

 確かに彼女の言う通りなのかもしれなかった。

(それに、携帯デバイスを変えたんだ。もうGPSで位置情報を調べられることもないだろうしな……)

 そう考えたクロードは少し考えてから頷くのだった。

「それじゃ、クロード。また後でね」

 ホテルから出た途端、笑顔で言ってくるシルヴィにクロードは目を丸くする。

 彼としてはシルヴィと一緒に行動するつもりだったのだがどうやら違うらしい。

 せっかくデートができると思ったのにとクロードは慌てて尋ねる。

「おい、一緒に街を回らないのか? この町はお前の故郷なんだろ、案内とかしてくれないのかよ?」

「あたしは行きたいところがあるのよ」

「行きたいところ?」

 胡乱げな眼差しを向けるクロードに構わず、シルヴィは続ける。

「そう! あたしは行かなきゃならないの! これを見てしまった以上はね!!」

 そう言って彼女はホテルの壁に貼られていた一枚のポスターを指差すのだった。そこにはこう書かれていた。

【『ヴェルナー・クランツ』新曲発売記念単独ライブ開催中!! 会場にて限定グッズ販売中!!! 是非お越しください!!! 場所:アルミシティ野外音楽堂】

 そして、ポスターには日時が記載されていた。それによると、今日の公演まではあと1時間ほどだ。つまり、今から向かえば十分に間に合うということになる。

 クロードは口をあんぐり開けたまま硬直していた。

(そういう事かよ……。それでさっきあんなに外へと行きたがってたんだな……)

 しかし、納得はいったものの落胆せずにはいられなかった。せっかく二人きりになれたというのに、すぐに離れなければならないなんて……と、ため息をつくクロード。そんな彼の気持ちなどお構いなしとばかりにシルヴィはうっとりとした顔をしながら両手を胸の前で組む。

「世界最高の術士ヴェルナー・クランツの単独ライブよ!? こんな機会滅多にないわ! ああ、楽しみだわ!」

 シルヴィの頬は朱色に染まっていた。完全にアイドルに心を奪われたファンの顔である。

 ちなみに何故世界最高の術士であるヴェルナー・クランツがライブなどをするのかと言えば、彼は術士としての活動の傍ら、マルチタレントとしても活動を行っているからである。

 歌以外にも映画やドラマへの出演、ファッション誌のモデル、バラエティー番組の出演など多岐に渡っているのである。

 ヴェルナーの凄いところは、それらの全てにおいて完璧なパフォーマンスを見せるところであった。ヴェルナーはその圧倒的な歌唱力はもちろんのこと、演技力も抜群であり、トークも面白いため老若男女問わず幅広い層に支持されているのだ。

 それでいて本業である術士としての活動も一切おろそかにしていないのだから流石としか言いようがないだろう。

 だが、そんなことよりも何よりも、彼が特にシルヴィのような若い女性層に絶大な人気を誇るのは、ある点が関係していると言っても過言ではなかった。それは……。

(まあ、確かにイケメンだけどよ……)

 クロードはもう一度ポスターに目を向ける、そこには雪のように白い髪をした端正な顔立ちをした男性が映っていた。確かに容姿端麗ではあるし、実力も確かだとは思うのだが、いかんせん軽薄そうな印象があるというかなんというか……クロードとしては好きになれないタイプの人物だった。

(嫉妬だな……こりゃ……)

 心の中で呟くが、相手は超有名人の天才術士様だ。自分が勝てる道理はないとクロードはすぐに諦めた。

(ま、シルヴィだって、別にヴェルナーにガチ恋してるわけじゃないだろうし。ここは笑顔で送り出してやって懐の広い男っぷりを見せつけてやるとするか……)

 などと考えながらクロードは笑顔でシルヴィに話しかけるのだった。

「仕方ないな。オレは一人で街をブラついてるからさ、お前はライブ楽しんでこいよ」

 そう言ってやると、シルヴィの表情がぱぁっと明るくなった。そしてそのままスキップをしながら野外音楽堂の方へと向かっていくのだった。

 そんな彼女の後ろ姿を眺めながらクロードは思うのだった。

(それにしてもあいつもやっぱ女の子なんだな、イケメンの有名人に会えるってだけであんなにテンション上がるなんて……)

 そうして一人になったクロードだったが、気を取り直してこの初めて体験する大都会でのひと時を楽しもうと考えるのだった。

「さーてと、とりあえず飯でも食いに行くか!」

 そして歩き出すクロードだったが、ふと、ここであることを思い出した。

(そう言えば、ピリアの奴はどこに行ったんだ……?)

 レストナックインダストリーに赴く前、フレデリックの前で大人しくしていることを強いられるのは息苦しいからと、外で遊んでくると言い残していたことをクロードは思い出したのだ。

(あいつ放っておいてもいいんだろうか? いや、でもリューヤさんは特にあいつに関しては触れてなかったな)

 ピリアはリューヤの相棒である。そのリューヤがピリアの事を特に気にしていないということは、恐らく問題はないのだろうと思い直すクロードだった。

(もしかしたら、リューヤさんにはオレたちが知らないあいつとの独自のコミュニケーション手段があるのかもしれないしな)

 そして、レストランにたどりつく頃には、クロードの頭の中からはピリアの事はすっかり抜け落ちていたのだった。

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